謎の少女
「いててて!!」
空達は現在、医療室で怪我した部位の手当てを受けていた。自分では自覚していなかったつもりだが、爆弾の近くにいた事や影の少女に踏みつけられた事から、多少なりに怪我もしていたらしい。消毒液を押し付けられ、空は涙目になった。
「無理をするからよ。ほら、腕を出して」
空はズキズキとする痛みから気を逸らそうと、治療室の周りに目を凝らした。治療室には軽症から重症の患者まで治療員の手当てを受けている。安心する事に死亡した子供はいないらしい。
「よし、終わったわよ。さっさとお部屋に戻りなさい」
空の傷の治療を担当していた女の子は医療ボックスを両手で持つと次の患者に取り掛かろうとしている。このままここにいても邪魔になるだけだろう。
「部屋に戻る前に団長の部屋に行かないと」
団長に話があると口約束をしていたのだ。そろそろ太陽も沈み、夜に差しかかる時間。今なら団長も多忙ではないだろう。空は治療室から出ると、真っ直ぐに団長室は向かった。団長室は一番上階にあるが、階段を猛ダッシュすれば早いものだ。
その証拠にもう団長室のドアが目の前に見える。そのままドアノブに手を掛けようとしたところで、空は中から話し声が聞こえる事に気づいた。
「この声、副団長……?」
副団長が団長室にいる事はそんなに珍しい事ではない。なんの話をしているか気になり、空はドアに耳をくっつけた。
「すみませんでした。団長、奴を取り逃してしまいました」
「謝る事はない。君はよくやってくれた方だよ。被害も最小限に収められた。責任はむしろこの事態を予測出来なかった僕にある事さ」
「……。お気遣い感謝いたします」
どうやら副団長は日本刀を持っていながら影を取り逃したらしい。その事に関して責任を深く感じているようだが、団長は何もしていなさそうだ。
「怪我をしているのだろう? 治療室で治療を受けてくるといい。これからの話はそれからさ」
「分かりました。では、後ほど……」
話が終わった直後、こちらに歩いてくる副団長の足跡がする。会話を盗み聞きしてしまった事への申し訳なさから空は廊下の花瓶が置いてある置物の裏に隠れた。
副団長は考え事をしていたのか隠れるのが下手くそな空の様子に気づきもしない。
副団長がいなくなったのを確認すると、空は置物の裏から出た。
「空、そこにいるんだろ? こちらへと入ってくるといいよ」
それからしばらくもしない間に団長室にいる団長から声が掛かる。何故、見えないのに空がいる事が分かったのか疑問に思ったが、考えても仕方ないと思い、空は扉を開けた。
「し、失礼します」
中に入ると、団長は座り心地の良さそうな椅子に深く腰をかけていた。その余裕そうな表情はいつも通りだ。
「僕に用があるんだってね。ひょっとして前に話した事と関係があるのかな?」
「はい、ちょっと疑問に思った事があって……。前に会わせてもらえた人はまだ生きてますか?」
「……。いや、もう死んでしまったよ」
「そうですか。あの、死ぬと遺体はどうなるんですか?」
前に亡くなった人が死んでしまった事にショックを受けながらも、空はいちいち一つの事に落ち込んでいられないと、気持ちを切り替えた。この世界ではどんどんと人が死んでいく。一人一人が死ぬたびに悲しんでいては心がもたない。
「やっぱりその事は気になるよね。結論から言うと、消えてしまうんだ」
「消える……」
「そうだよ。骨も残らずだ。どうやらかなり厄介なウイルスのようだね」
「大人達は僕達が寝ている間に消えてしまったということですか?」
「そう考えるのが普通だろうね。誰かが片付けたとしてもそれを一人も目撃していないのは変だ」
「……」
「あまり深く考えない方がいい。未知のウイルスなんてそういうもんさ。人間の今までの常識など通用しない。大事なのは未知の事は常に非常識な範囲で考えると言う事なんだ」
「ありがとうございます! お陰で謎が晴れたような気がします」
団長の言い回しは難しい。けれど!理解できないわけではない。団長の発する言葉一つ一つには言葉では表せない説得力がある。これがリーダーシップというやつなのだろうか?
「そういえば、君は赤月を救ったみたいだね」
「ああ、銃のことですか?」
空の確認に団長は静かに頷く。すっかり頭から抜け落ちていたが、早朝に銃を使用したのだ。
「あの僕が撃った影は?」
「残念ながら、自害してしまったよ。相手に自分の情報をばらさないようにだろうね」
「自害……」
と、いうことは空が足を撃った影は死んでしまったのだ。その事に空はショックを受ける。出来るだけ人を殺さないようにと致命傷にならなそうな足を狙ったつもりだった。しかし自ら命を絶ってしまうなんて、空のした事が無意味だ。
「今日は休むといいよ。色々と疲れているだろう?」
「はい。そうします」
空の気持ちを察したのか、団長は早めに休む事を勧めてくれる。空は団長の言葉に従うと、団長室から出た。しばらく廊下を歩いていると、前の廊下から誰かが走ってきた事に気づいた。4歳ぐらいの小さな女の子だ。何度か瑠花と遊んでいるのを見た事がある。
「おーい、どうかしたの?」
「あ、瑠花ちゃんのお兄ちゃん。あのね、私の猫ちゃんがいなくなっちゃったの〜」
少女は目に涙を浮かべ、今にも泣き出してしまいそうだ。確かにいつも少女の近くを彷徨いていた黒猫がいない。
「ママとパパがいなくなって、あの子だけが、ロロだけが唯一の家族だったのに……」
「分かった。僕も一緒に探してあげるよ」
「本当!? じゃあ、お兄ちゃんは一階を探して! 私は上を探すから!」
「分かったって、もういないし……」
返事をする前に少女は廊下の向こう側に走っていってしまった。余程、猫の事が心配なのだろう。
「さてと、猫はどこだ?」
空はあまり動物に好かれるたちではない。近づいたら逃げられてしまう事が殆どだ。しかし探すと言ってしまった以上、猫は必ず見つけなくてはならない。
空は一階にたどり着くと、誰もいない暗がりに目を凝らした。もう夜の遅い時間ということもあり、皆寝てしまっているのだ。
「フニュア〜」
「ん? どこだ?」
一瞬、猫の鳴き声がした。空が辺りを見渡すと暗がりに光る緑色の目が見えた。しかしそれは空が近づく事で消えてしまう。急いで目が見えた場所に向かうとそこには壁に小さく穴が開いていた。ちょうど子供一人が入れるぐらいの穴だ。猫はここから外に出てしまったのだろう。
「外に出るのはやっぱり危ないよな」
基本的に光のルールでは外に出る事は原則、禁じられている。
「でも、僕は光の一員じゃないしな」
空は言い訳をするように自分自身を言い聞かせると、穴の中に入っていった。




