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弐話 もののけ

「よし……これで見れるんだ……よな?」


 あれから数日が経った頃……。

 

 快適とは言えないがそれでも暑かった時よりはマシの気温になったころ――簡潔に言うと夕暮れなのだが、その時間帯になってようやく正一はSNS登録ができ、やっと『『牛の首』の真実を見つけた。』のツイートを見ることができた。


 長い間黙々と登録をしつつ、どう登録すればいいのかという模索もしながらだったので時間を食ってしまったが、ようやく見るところまで行きつくことができた。


 SNSというものを全くしたことがない正一にとってSNSと言う世界はまさに未知数……ではなく、まさにつり橋を渡っているかのような危険も漂わせていることもあって少々後悔もあったが、例のツイートを見たいという好奇心が勝ったおかげでここまで行きつくことができたが、正直ここまで時間がかかるとは思っても見なかったのも本音である。


 そのいきさつに関しては省くが、色んなことがあったがようやく見れるという嬉しさに正一は安堵のそれを吐きながらスマホと向き合い、リスイン限定のツイートに指を添える。


 そっと添えて、指の影になっていたリツイート数を見た正一は再度驚きの声を上げて見直すように見つめる。


 前回は一万九千リツイートだったツイートが、今は五万以上のリツイートになっていたのだ。


 このリツイート数は正一なりに考えて『バズっている』と言ってもおかしくないのでは? と思ってしまうほどのリツイート数なのだが、それと同時に正一は違和感を覚えた。


 リツイート数は確かに多い。多いのだが、『いいね』とコメントが全くないのだ。


 誰もコメントも『いいね』もしていないツイートを見て、正一はSNS初心者であったからか、こう言う事もあるのかなと思いながらそこまで気にしていなかった。


 気にしていなかったからこそ正一はその違和感を見終えた後、躊躇いもなくそのツイートのリンクに指を乗せる。


 とんっと――タップをして……。


 が……。


「ん?」


 と、正一は首を傾げるような声と動作をしながらもう一度タップしたスマホの画面をのぞき込む。覗き込んで、画面に映っているそれを見て彼は再度『ん?』と零してしまう。


 零すと同時に彼の目に入ったものは――意外にも真っ黒い画面で白い文字でこんなことが書かれていた。



『これは忠告です。もし興味本位で見るのであればブラウザバックして下さい。覚悟が決まったのであれば下記のリンクをクリックしてください』



「…………………………これって、ワンクッション?」


 真っ黒の画面に浮かびあがった白い文字の下には、文字の言うとおり青い文字のリンクが張られている。それを見て正一は再度首を傾げ、少しの間思案をした後――「あ」と声を零して彼は思った。


 ――そう言えば、『牛の首』ってなんかホラー物って調べている時に聞いたけど、きっとホラー嫌いな人のためのワンクッションなんだろうけど、俺は耐性があるから大丈夫だ。


 ――てか今の今までこれ見たさに頑張ったんだからやらないと損だろうが。


 そう思いながら正一は躊躇いもなくまたリンクに向けて指を押し付ける。


 元々これ見たさに頑張ってきたものなのだ。


 平凡で何の無い刺激から逃れるために、刺激を得たいがために彼はここまでやってきたのだ。


 ここで逃げてしまえば苦労が水に泡になってしまう。そう思った正一はワンクッションをものともしない気持ちで再度リンクに指を乗せて、今度こそ真実に目を通すことになる。


 ほんのり赤い壁紙に貼られた白い文字の数々に目を通して……。



 ――――――――――――――――――――



 もし……、この時から違和感を違和感として感じて居れば、正一の未来は変わっていたかもしれない。しかしその未来は彼の行動一つで崩れ去ってしまった。


 後戻りも許されない。恐怖への歩みを……。



 ―――――――――――――――――――― 



 西暦千八百六十五年。


 慶応元年。


 その日、とある村である事件が起きた。



 ――――――――――――――――――――



 事件が起きたその村は山々に囲まれた小さな村であり、緑豊かな世界で満たされた――平和な日常という小さな幸せの名がふさわしい村だった。


 旅の者も通らないような深い深い森の中に、ひっそりと存在するその村に名などない。人口も数えるほどしかない――今の時代で言うところの過疎の村だ。


 認知されているかどうかもわからない。知名度と言うもので言うとあまり知る者がいない村。


 血生臭い世とは程遠い世界。


 貧しいながらも幸せの日々を過ごしていたその村だが、突然その幸せが砕け散ってしまった。


 過疎の村且つ血生臭さとは無縁の村で、血生臭い凄惨な事件が起きた。


 最初の犠牲者は畑作をしている老夫婦。


 老夫婦は事件があった日の深夜、寝ているところを襲われたのか、寝たままの状態で首を斬られていた。いっそひと思いと言わんばかりの斬首で。辺りに飛び散る凄惨の色、惨く辺りを彩っている生命の色を残したまま老夫婦は死んだことすらわからないまま殺されていた。


 ご丁寧の枕元に骸の首を置き――首のなくなった死体の腹部に手を重ねた状態で。


 その現場を見つけたのは村長の息子。


 村長の息子のことを仮に『一郎』と呼ぶことにする。


『一郎』は老夫婦の家から出てきた人影を偶然見かけ、その人物が手にしていた鋭利で長いものを見て『一郎』は嫌な予感を感じ老夫婦の家に赴いた結果――凄惨な弦間の第一発見者となったのだ。


『一郎』は凄惨な光景を見て叫びを上げてしまった。


 初めて見てしまった常軌を逸した光景。


 惨い、血生臭いとは無縁の村で起きたこの事件は瞬く間に村中に広がり、村の若者総出で人斬りを行ったものを捜索することにした。


 この時代奉行というものが存在し、奉行所と言うものがあるのだが、不幸なことにその村から奉行所まで百二十五里 (現代で言うと五百キロ)の距離があり、奉行所の者が来るまでの間待っているなど死を待つのと同じと考えた村の人たちは行動することにした結果――捜索することにしたのだ。


 若い男衆を中心とし、女、子供、老人は家の中で待機してもらい、片手に松明、もう片方の手に武器となるものを手にして村の男は捜索を始めたのだ。


 決して無理はしない。人斬りを見つけ次第気絶させて木に括り付けるくらいしかできない彼等にとって、それが最善の方法として行おうとしていた。


 勿論『一郎』も一緒になって捜索を開始する。


 深夜の村は現在で言うところの街頭もない時代で、松明だけが足元を照らす唯一の明かり。


 その光だけで人斬りを行った犯人を探し回る『一郎』と村の若者たち。


 山奥、山岳、ありとあらゆる隠れることができる場所をくまなく、できるだけ思い出しながら彼等は人斬りを捜索し――ようやく人斬りを見つけることができた。


 見つけた人物は『一郎』。村長の息子であり、惨事の第一発見者である彼が人斬りを見つけたのだ。


 場所は草木が生い茂っている場所で、深夜のような時間帯であれば明かりなしでは歩むことができないほど木々に覆われている場所。一言で言うと樹海のような場所と言った方がいいだろう。


 その場所で『一郎』は鋭利な刃物を持った男――刀を持った男と出くわしたのだ。


 偶然――ではない。相手が自ら『一郎』に会うために『一郎』が探していた場所に人斬りが歩んできたのだ。


 暗い世界の中、唯一の光によってきらりと怪しく光る鋭利な刃物――刀。


 刀の刀身のべったりと付いている真っ赤なそれはまだ乾いていない様子で、未だに刃の先からぽたぽたと垂れ流し、枯れかけの雑草や青臭い草木に黒い彩を与えていく。


 綺麗とは言えない――悍ましい彩を。


『一郎』は驚きのあまりに声を上げて尻餅をついてしまう。


 尻餅をついたまま『一郎』は狼狽した面持ちで、がくがくと震える眼で目の前に現れた人斬りに向けて手にしていた武器を振るおうとした。攻撃をしようとしたのだが、その攻撃をする前に人斬りは言った。


 にやりと――暗がりの中で狂気に満ち溢れたどす黒い笑みを浮かべて人斬りははっきりと言ったのだ。



「あぁ、もう聞こえない」



 人斬りの言葉に『一郎』は驚きの眼で見上げて呆けた「え?」という声を零す。零して人斬りのことを見ると、人斬りは『一郎』のことを見下ろし、狂気の笑みを浮かべたまま続きの言葉を吐いて行く。


 笑顔のその顔にはうっすらとだが赤という名の赤の結晶がこびりついている。歯にもこびり付きが見え、着ている着物や草履、あろうことか髪の毛や肌が見えているところにもついている。


 人斬りは赤を浴びていた。全身に浴びる程――男は浴びた状態で『一郎』に言ったのだ。


 その浴び具合を見て畏怖の視線を送っている『一郎』を無視して……。


「もううるせぇ()()()()が聞こえなくなった。『おとき』に化けた家畜も、『おとき』をかどわかし、(おれ)から奪いやがった野郎の家畜も、みんなみんな聞こえなくなった……」

 

 人斬りは続ける。けらけらと力なく笑いながら続ける。


「『おとき』もあいつも(おれ)を捨てて、自分達だけ幸せになりやがってなぁ……。もう『もうもう』鳴いてうるせぇったらありゃしねぇ。幸せそうに『もうもう』牛のように幸せそうに鳴きやがって……、うるせぇったらありゃしねぇ」


 人斬りは言う。力ない笑みを浮かべ、天を見上げながら続ける。


「どいつもこいつも結局は獣。獣の本能に従って獣になる。あいつらの場合は牛だ。家畜だ。だから(おれ)は殺したんだ。自業自得だ。あいつらは(おれ)を裏切った。家畜に成り下がった。だから斬った。みんな斬った。幸せそうにしている牛どもを首から斬った。幸せを(おれ)に見せるな。(おれ)をどん底に突き落としたくせに、幸せそうに笑うじゃねぇ。家畜が幸せとは滑稽だ」


 滑稽。


 滑稽。


 滑稽滑稽滑稽滑稽滑稽滑稽滑稽滑稽滑稽滑稽滑稽滑稽滑稽滑稽滑稽滑稽滑稽滑稽滑稽滑稽滑稽滑稽滑稽滑稽滑稽滑稽滑稽滑稽滑稽滑稽滑稽滑稽滑稽滑稽滑稽。


 人斬りは言う。頬を伝うそれを拭うことなく、力ない笑みのまま人斬りは手にしている赤い彩の刀を逆手に持ち、その矛先を、刃の先を己の首元に突きつける。


 まるで――己の首にそれを突き刺さんばかりに……。


 突き刺すことをしている所為で刃ごと掴んでいる人斬りの手から真新しい……、否。彼自身の赤が肘に向かって伝って落ちていき、肘からぼとぼとと零れ落ちては緑を赤く染めていく。


 凄惨な光景を見て、真新しいそれを見て上ずった声を上げた『一郎』は後ずさりしようとしたが……、人斬りは『一郎』のことを呼び留めた。


 呼び止められたせいで『一郎』は止まり、人斬りは『一郎』のことを見下ろし、再度「おい」と低い音色で『一郎』のことを呼ぶと、『一郎』は驚きの声を上げて人斬りのことを見上げる。すると人斬りは言った。


 首に突き付けたそれを柔らかい首に向けて――彼は言う。


 真っ赤な顔を見せ、『一郎』のことを見てから人斬りは言ったのだ。


「どこの誰なのかは知らねぇが、(おれ)はもう未練なんてねぇ。何の関係もねぇ老夫婦を斬っちまったんだ。煮るなり焼くなりすきにしてくれ。好きにした後で好きに棄ててくれや。何の役にも立たねぇかんな(おれ)は」


 (おれ)は――人間でも家畜でもねぇ。


 もののけになっちまったからな。


 そう言った瞬間、人斬りは己の首に向けて赤の刃を突き刺した。


 何のためらいもなく――貫通するほど。

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― 新着の感想 ―
[一言] ヒトはケモノ。 そして人斬りは……殺人“鬼”はもはやモノノケ……言い得て妙ですね(゜Д゜;)
[良い点] 平和な村で起こる陰惨な事件の物語、大好きです。 人斬りは人間でも家畜でもなく、もののけになったんですね……。 その後どうなったのか、すごく気になります。
2022/07/19 21:21 退会済み
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