壱話 ツイート
唐突に聞こう。
『牛の首』という都市伝説をご存じだろうか。
都市伝説の中でも特に怖い話とされているお話で、三日経たずに恐怖で命を投げ出してしまうほど、その物語は恐ろしいと噂されている。
しかし内容を知る者はいない。
知ってしまえば恐怖で身投げをしてしまうほどの恐怖の物語であり、昔この都市伝説を知る者達はこの話を二度と他者に語ることなくこの世を去り、現在『牛の首』と、内容が怖いという二つのことしかわからない状態になってしまった。
題名と内容が怖いという二つのワード。
しかし、インターネットやSNSと言ったものが普及してきた今の時代になった頃、とある人物が偶然見つけてしまう。
仮説でも何でもない――一つの真相が書かれた書き込みを。
● ●
ちりぃん……。
ちりぃんちりぃん。
と、鈴とは違う透き通った音が鼓膜を揺らし、音を聞くだけで涼しさを体感しているような、錯覚に似ている空気を感じてしまいそうになる。
なる……が、音を聞いただけで涼しくなるわけではなく、音を聞いただけで涼しくなるならそうなってほしいと嘆きそうになる。
虚しい嘆きを嘲笑う様にじわじわと容赦なく降り注ぐ熱の光線は、長時間浴びてしまうとのぼせてしまいそうになるほど暑く感じてしまう。
…………いいや、暑い。
暑いのだ。
正直な感想で言うと暑いのだ。
暑くて死んでしまいそうになる。例え話ではなく本気でそう思ってしまう。
思ってしまいそうになりながら部屋の主は一つ溜息を吐く。暑くなってしまった部屋の床でだらしなく寝そべりながら部屋の主――新隈正一は零した。
「あー…………。あっちぃ」
そう気怠く、正一は黒いカーペットが敷かれた床に寝っ転がり、暑さに耐えながら彼は言葉を零す。もうこれで何回目かわからない言葉を吐き捨て、その度に寝っ転がってうつ伏せになり、寝っ転がって仰向けになるといった行動を繰り返しながら……。
「あー…………。あっちぃ」
数えきれないほど口にしてきた言葉。
言えば言うほど暑くなるという言葉があるが、そんなことお構いなしに正一は言い続ける。
そうでもしないといけないくらいここ最近暑い日が続いているのだ。
現在季節は夏。夏で気温三十度という猛暑。夏休みという時期で遊びの誘いも来ない状況の中での自室サウナ状態。
猛暑の中と言う事もあって部屋の湿度も熱気もどんどん上がって来ているような感覚に次第にイラつき始める正一。これで学校があればまだよかったかもしれないという思考が芽生え始めてきたのも事実。
あんなにも嫌だった高校も今日は行ってもいいかもしれないと思ってしまうほどの暑さ。買い食いならばいいかもしれないが、目当てで行く気になれないという都合のいい気持ちのまま溜息を吐き捨てる。
床に無造作に置かれているマンガ、本棚に置かれている参考書にマンガや小説。机の上に無造作に置かれている勉強道具に数々と溜まってしまったゴミ箱から零れ出ている紙屑。
もう何日も掃除していないなということを頭の片隅で思いつつ、暑さと言う弊害を使って今日は無理だと諦めながら正一は近くに置かれていたスマホに手を伸ばす。
右手の中指に当たるスマホの端。
端が指に当たると同時にそれを手に取って彼はスマホの画面を開き、動画サイトに何か面白いものがあるかどうか探したが、面白い動画は投稿されていないことに苛立ちの舌打ちを零し、次に彼がしたことは――SNSをサーフィンすることだった。
正直、正一はSNSをしていない。登録作業が面倒くさいこと、そして炎上が怖いという理由でしていないのだが、他人の呟きに関しては少しばかり覗いている。覗いているという言葉だと悪く聞こえてしまうかもしれないが、それでも彼は覗いていた。
ニュースのツイート。話題のツイート。イラストのツイートやいろんなツイート。
色んなところにサーフィンしながら正一は情報という名の情報を目で追って朧気に記憶していく。しっかり覚えることはない。暇潰しと言う名目で、暑さをしのごうと思ってのことなので覚えることなどしない。
内心――なんか面白いツイートないかなと思いながらついついとスワイプしていくと……。
「ん?」
と、正一はとあるツイートに目を付けた。
「なんだこのツイート」
正一は一人ごちりながら目に入ったツイートを凝視する。凝視して、更に首をかしげるようにしてスマホの画面とにらめっこをし始める。
ちりぃん。
窓に掛けていた風鈴の音が鼓膜を揺らすが、正一はその音に気付くことなくツイートに視線を与えていく。
奪われて行くように、一直線に向かって――
ツイートに書かれている内容はこうだ。
『『牛の首』の真実を見つけた。リスイン限定で公開』
それだけ。それだけの文面で、下にはリンクだろうか……、黒い画像が添付されている状態で、上にはハッシュタグで真実を知りたい。で投稿されているものだった。
「牛の……首」
正一は小さく言葉を零した。
小さく、疑念も何もないような音色でその言葉を口にし、再度首を傾げながら心の中で――何が真実だと思いながらそのツイートを更に詳しく見る。
見て――正一は目を疑った。
「わ?」
と、驚きと疑問の声が混ざったかのような声で正一はそのツイートの情報に食いつく。
なにせ、そのツイートは今から三ヶ月前に投稿されたものなのだが……、一万九千ものリツイートがされている状態だったのだ。
リツイートはツイートを再びツイートすると言う事なのだが、このリツイート数を見て正一は驚きを隠せず食い入るようにそのツイートを見る。
「マジかよ……、滅茶苦茶バズってんじゃんか……。あ、これ投稿した人は……」
と思い、正一は食い入るように見ていたその状態でツイート投稿をした人の画像にタップする。
とんっと指を置く音がスマホの画面から聞こえ、その音が聞こえると同時に出てきたのは……。写真も何もない、何も書かれていない紹介文と、そしてたった一つの――『『牛の首』の真実を見つけた。リスイン限定で公開』というツイートしかしていない内容のものだった。
名前は『もぉぉ』という名前だけのそれを見て、正一は呆れるような声と共に起き上がり、頭をがりがりと書きながら溜息交じりの文句を零した。
「これだけ? 名前も適当だし……、てかなんでこれだけなん? もっと他にもあるだろうが。何がしたかったんだこいつ。てかマジでこれだけ? これだけのツイートでこんなにリツイートって。………………………」
と一通り思ったことを口にしたところで、正一はじっと『もぉぉ』のツイートの画面をもう一度見つめる。見つめて、真っ黒の画面に向けて、リスイン限定という言葉を一瞥しながら彼は小さく、ぼそりと呟いた。
気怠くも感じてしまいそうだが、その眼に写り込む光が彼の心の照らしを表すように彼は呟いたのだ。
「……なんか、調べていくうちにだんだん見たくなっちまうなー」
見れない分、余計に見たくなっちまう……。
彼が放ったそれは、少しの好奇心。
好奇心という感情が彼の心を動かし、行動や思考を支配していく。
好奇心という名のリモコンによって動かされているかのような気持ちだが、それでも彼は自分の意思で思い、そして行動に移そうとしたのだ。
気になる内容を見てしまえば見たい。見なければ後悔してしまう。そう思った彼は――
「……見よう。うん。暇だし、気になっちまったら見た方がいいだろう? 見れないままもやもやするのも嫌だし、うん! よし!」
見る選択をし、そのために彼はやる気などなかったSNSの世界に入る決意を固め、行動に移した。
ちりぃん――と、もう涼しくなった夕暮れの空に
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この時、彼は選択を間違えた。
あの時、諦めて部屋で自堕落に過ごしておけばよかったのかもしれない。
そうであれば、彼は後悔などしなかっただろう。
好奇心という名の邪が彼を誘い、後戻りできない奈落へと突き落としていく。
これは知ってはいけない真実。
知ってしまったら、その恐怖から逃れることなど――できない……。