食べる
今回のお題は
「ありがとうたまご2」です
音声配信アプリRadiotolkにて配信をしております。
https://radiotalk.jp/program/67074
けいりんさん(https://radiotalk.jp/program/59156)という方の企画「お題で創作」に参加して書いたものです。今回はひがたまさん(https://radiotalk.jp/program/61444)という方の企画「ありがとうたまご2」にも参加しております。
作者を明示していただければ、ご自由に朗読発表できます。特に連絡は不要ですが、ご連絡いただけたら喜んで聞きに行きます。
コンコン、ぱかっ。
じゅわじゅわとおいしそうな音を立てて、卵の白身が泡立つ。蓋をして弱火に。
今朝の気分は目玉焼き。うっすらと膜を張ってピンク色に見える黄身は、固めの半熟。白身はぷりっと弾力ある固さで、ふちはカリカリに。おいしそう。
「いただきます」
手を合わせてからフォークを取る。何で味付けするかでけんかする人もいるけれど、その時の気分で決めればいいと思う。わたしの今の気分はスパイシーなケチャップ。とろりと真っ赤なケチャップと、やさしい白の卵のコントラストが鮮やかで、元気が出てくる。
黄身がこぼれそうでこぼれない、絶妙な固さの半熟をすくって食べる。うん、おいしい。まろやかな黄身に、ぴりっとしたケチャップの刺激がたまらない。
「ごちそうさまでした」
食べ終えたわたしは口元を拭いて、手を合わせる。今日もおいしいごはんに感謝。ありがとう、たまご。
「おはようございます。今朝のニュース、まずは速報です。S県で行方不明になっていた女子高生のAさんが今朝、遺体で発見されました。警察は事件と事故の両方で捜査を進めています――」
今朝の気分はゆで卵。ゆで卵作りは時間が決め手。わたし好みの固さは、卵をお湯に入れてから9分間。キッチンタイマーとにらめっこをしながら、お湯から上げる瞬間を待つ。
ピピピッ
最初の「ピ」が鳴ったと同時に、あなじゃくしで卵をすくい上げる。すぐに水につけて、触れる程度に冷めたら殻を剥く。細かくたくさんひびを入れて、つるんと一気に剥けたら爽快。うまく剥けなくてぼこぼこと傷だらけになってしまうと、悲しくなる。
今日はちょっぴり傷がついてしまったけど、おおかたきれいに剥けたのでよしとする。
まあ、今日はつぶしちゃうからでこぼこでもいいんだけどね。
卵をざくざく刻んで、マヨネーズをたっぷり。練りがらしを少し。刻んだ玉ねぎも少々、よく混ぜる。バゲットにたっぷり乗せて、オープンサンド。
「いただきます」
固いバゲットにやわらかい卵の絶妙な食感。玉ねぎのしゃきしゃきの歯ざわりと、鼻に抜ける辛みがいいアクセント。こぼれそうになるフィリングを相手にすると、どうしても顔が上を向いてしまう。真っ直ぐ前を向いてオープンサンドを食べられる人、いるのかな。
「ごちそうさまでした」
満足のため息をついて、手を合わせる。今日もおいしかった。
「おはようございます。今朝のニュースです。今朝6時頃、N坂交差点付近でバイクと乗用車が正面衝突する事故がありました。乗用車を運転していた40代の女性は軽傷です。バイクを運転していた20代の男性は病院に運ばれましたが、まもなく死亡しました――」
コンコン、パカッ。
今日の気分は出汁巻き卵。めんつゆで手抜きをしてしまうが、それはそれでおいしい。
「いただきます」
「先日、B百貨店のエスカレーターで、13人が転倒する事故がありました。8人が軽傷、1人が脚の骨を折る重傷です。一番下に倒れた女性は意識不明の重体でしたが、今朝、死亡が確認されました――」
今日の気分はスクランブルエッグ。ごくごく弱火で、へらで絶えずかき混ぜるのが、うまく作るコツ。
「ごちそうさまでした」
「速報です。立てこもり事件が発生しました。場所はM銀行中央橋支店、犯人は銃を所持しており、駆けつけた警察官一人が撃たれ意識不明の重体です――」
コンコン、パカッ。
今日はオムレツ。
「――この事故で、都内の会社員、Dさんが――」
コンコン、パカッ。
今日はポーチドエッグ。
「――この部屋にすむTさんが、遺体で発見されました――」
コンコン、パカッ。
今日は炒り卵。
「死亡しました」
コンコン、パカッ。
「亡くなりました」
コンコン、パカッ。
「こんにちは、死神のおねえさん」
そう声をかけてきたのは、年も性別もよくわからない、奇妙な人だった。見たそばから印象が消えていくような、不思議な……怪しい人物。わたしは相手を注意深く観察しながら答えた。
「……どちら様ですか?」
「あなたと同じく怪しい者です」
その人はおどけたように手の平を広げて見せた。
「いえね、あなたが卵好きなのは別にいいんですけど、食べすぎはよくないと思って」
「……何なんですか」
わたしは眉をひそめる。この人物は危険だ。立ち去ろうとするわたしに、その人はつかず離れず、うろうろとついてきた。
「生き物が他の生き物を食べるのは自然の摂理ですからね。止めるつもりはないんですけど。でも最近ちょっと数が多いと思いません?」
「ついてこないでください。大声出しますよ」
わたしはその人をきっとにらみつけた。その人は視線をかわすようにひらりとターンして、にんまりと笑った。
「捕食者が自分だけだと思わない方がいいですよ」
そう言って、すれ違うように歩き去っていった。振り返るともういない。わたしは唇を噛むと、足早に家へと急いだ。
何者かはわからないけれど、あいつはわたしの卵のことを知っている。早急に手を打つべきだ、と心の中で警報が鳴る。
はやく――はやく、あいつの卵を食べなければ。
コンコン、パカッ。
「う……っ」
わたしは突然の痛みに胸を押さえた。息ができない。
「は……あっ……」
周囲の人が異変に気付き、膝をついたわたしに声をかけてくる。
「どうしました?」
「救急車呼びますか?」
顔を上げると、人混みの先に、あいつが。さっき声をかけてきた人物が。歪んだ笑みを浮かべた口は、小さなゆで卵を食んでいた。
(やめろ……!)
声にならない悲鳴を上げる。思いも空しく卵は嚙み砕かれ、わたしの意識はそこで途切れた。
「自分が持ってる卵を、どうして人が持っていないと思ったのかね? ……ごちそうさまでした。
ん……? あらら、見てました? やだなあ、そんなおびえなくてもいいじゃないですか。取って食やしませんよ。こう見えて、ぼくはえり好みをするタチなんです。あなたの卵は――食べませんよ」




