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第2話『いつかみた、知らない場所』-1

〈登場人物〉

朝霧綾……武術家系に生まれた、赤髪の女子高生。

叶大輔……綾のクラスメイト。剣道部のホープ。

日高颯太……綾のクラスメイト。転校生。

西井香織……綾のクラスメイト。綾の親友。

鷹山岬……綾のクラスメイト。陸上部。


第二話 『いつかみた、知らない場所』


「………………大、輔……?」

 

 呆けたように、綾はクラスメイトの名前を呼んでいた。

 ほんの五メートルほどの間合いを挟んで、真剣を構える叶大輔の姿がある。


 剣道部に所属している大輔は、他校の選手達からも、その強さが恐れられているらしい。高校無敗の看板を掲げるほどの実力というのだから、それも納得である。

 

 実際、彼の練習には鬼気迫るものがあり、綾は武道場から逃げ出していった下級生を何人も見ている。部活動とはいえ、全国トップに立つにはそれにふさわしい努力が求められるのだ。

 その点において、叶大輔は十分にトップ選手の条件を満たしているといえた。


 しかし、綾は今まで見た事がない。

 完全な殺意をもって相対する、このクラスメイトの姿は。


「今日という今日は逃がさねえ。まぁ、そんなザマじゃ、逃げるどころか俺の『剣弾(けんだん)』も避け切れねえだろうが、な」


 大輔はそんなわけの分からない事を、ぶつぶつと呟くだけだった。

 しかし同時に彼は、今この場で起こっている事が、遊びやおふざけの(たぐい)であるとは微塵(みじん)も感じさせない。


 深夜の雨は綾のうなじを伝っていたが、気にしている場合ではなかった。街は漆黒の闇に包まれたままで、誰かがこの異常事態を目撃している様子もない。

 動機を抑えつけ、綾はようやく二の句を継いだ。


「どういうつもりよ? 一応聞いとくけど、昨日あたしが怒った事を逆恨みしてるわけ? だったらもう救いようがないけど。か、刀投げるなんて……。あんた正気なの?」


 言葉にすると、綾は自分がもはや怒りを通り越して、呆れていくのがわかった。

 ところが、大輔は刀を構えたまま、眉間に深い(しわ)を刻んでいた。


「ああ? 何言ってやがる。トボけんのもたいがいにしやがれ。分かってんだろ? ()()()()()()()()()()、いまさら言い訳するつもりかテメェ」

「だから、それが意味分かんないって言って――」


「――いいから、黙って死ねよ」


 五メートル、あったはずだった。

 綾と大輔の間に存在していた間合い、その五メートルは、彼の踏み込みで(またた)く間に消え失せた。


 冷静に考えてみれば、当然の結果だった。

 大輔は、普段でこそあのような馬鹿を演じているものの、いざ剣道の試合ともなれば鬼のような強さを発揮する。一流のセンスと実力を兼ね備えた剣道家にとって、たったこれだけの間合いなど充分に射程圏内なのだ。


 しかし、上段に構えた真剣が袈裟斬(けさぎ)りに振り下ろされるのを、綾は驚くべき反射神経で回避する。

 振り抜かれる刀と逆方向に跳ねた彼女の体は、道幅七メートルはある道路の中央から、瞬時に隣家のブロック塀の上まで移動していた。

 コートの裾が、風にはためく。


「……おい。なんだ今のは?」


 起こった事がまるで信じられない様子で、大輔は己が諸手に握る日本刀を見た。


「やっぱりあんた、今日はおかしいよ。さっきのもシャレにならないけど、今のは、もう……」


 綾はこの状況の異常さに、本気で不安を覚え始めていた。

 やはり、今の大輔は完全におかしい。これではまるで殺し合いだった。


「聞いてねえぞ、なんだそりゃ? いつの間に、そんな動きができるようになりやがった? 言ってる意味もはっきりしねえし、頭がイカれちまったのか」


 イカれてるのはお前だ、と、綾は思った。

 足場の悪いブロック塀から地面へ着地した彼女は、油断なく腰の位置を低くした。前後左右、どの方向にでも逃げられるようにしておく。

 もう間違いない、大輔は本気で綾を殺すつもりなのだ。


 再び刀を構え直すと、大輔はじりじりとすり足で間合いを削っていく。

 剣道の試合ではまずみられない脇構え――。腰に刀を添えたままにする居合いの型が、相対する綾には、猛獣が攻撃を繰り出す予備動作のようにみえた。


 さすがの綾も、剣術の最速技を避け切る自信はない。

 西洋剣術とは一線を画す、日本剣術の居合いの早さ。その秘訣は、刀を抜いてから切るまでの予備動作がないことだ。

 気が付いてみれば、一刀両断。それが、相手に出所を予測させない居合い斬りの必殺性だ。


 有効射程距離まで、残り一メートル。

 大輔の腰間(ようかん)から(ほとばし)る剣気が、死の手招きを始めていた。

 

 一か八か、居合切りを見切って反撃する、という手立てはある。

 しかし、綾はとっさの判断で背後のブロック塀を蹴り飛ばし、大輔の狙いとは見当違いの方向へ跳躍する。そして着地するのと同時に、彼女は相手に背を向けたまま、その場から逃亡する選択をした。


「ま、待ちやがれッッッ!?」


 アスファルトを蹴る綾の姿は、すでに大輔から十メートルほども先にある。

 大輔も慌てて必殺の構えを解き、彼女の後を追った。

 

 雨ざらしの刀をその場に突き刺したまま、二人は夜の市街地へ駆け抜けていく。


 疾駆しながら、綾は蛇穴市に起こった異常を目の当たりにしていた。

 ()()()()()()()

 それどころか、街中から生き物の気配が失せていた。


 二人の追走劇は、街の端にある児童公園に辿り着くと唐突に終わった。

 お粗末な遊器具が立ち並ぶスペースを抜け、だだっ広いだけのグラウンドの中央にでる。綾はそこでようやく足を止めた。


「ここなら邪魔が入らねえ、ってか? 周囲に配慮するなんざ、テメエらしくねえな朝霧」


 遅れて到着した大輔が、闇の中から現れる。ここまでの疾走で互いに息を切らしていないのは、二人がともに驚異的な運動能力を持っている証拠だった。


「あのさぁ。なんかもう、根本的な事を聞くんだけど……、あんた、ホントに大輔なの?」

「……どういう意味だ? そりゃ」


 やはり、要領を得ない。

 この時点で、綾は何か、目の前にいるクラスメイトと自分の間に、ただならぬ認識のズレが生じているのだと確信した。

 

 だが、彼の殺気は一向におさまる気配をみせない。距離を保っておくのが無難、と綾が判断したその時、何を思ったか大輔は、腰に差した刀には手をかけず、かわりに地面へ利き手を突いていた。


「何を…」と、綾が疑問を口にしかけた、次の瞬間。


 地面に向けられた大輔の手元が――、爆発した。


 正確にはその下から、点火したロケット花火のように“土色の剣”が飛び出したのである。

そのあまりの勢いに、綾は回避の不可能を悟ったが、彼女の体はすでに、やるべきことを脊髄反射でこなしていた。


「…………。おいおい。そりゃあ、ねえだろ……」


 先じた声は、大輔のもの。


「――は、はッ……あんたこそ、手品の練習でもしてきたの?」


 遅れた声は、綾のもの。

 

 綾は地面から発射された土色の剣を、両の手で挟み込んで、止めていた。

 剣道に通じる叶大輔ですら初めてみる、正真正銘の『真剣白刃取り』である。


 元々、朝霧家に伝わる武術『白仙』は、対剣合戦法としての側面を持つだけに、この技術の習得は必須だったといっていいだろう。綾自身、まさか実践する日がこようとは夢にも思っていなかったが。

 

 受け止められた西洋剣の切っ先は、綾の鼻先わずか一センチで止まっている。


 絶句する大輔の前で、綾が受け止めた西洋剣を打ち捨てた。奇妙な事に、土色の剣は地面に落下するなり、さらさらと砂塵になって、風に(さら)われてしまった。


「……わかった。あんたがあたしを本気で殺しに来てるのは、もう分かったよ。でもさ、やっぱりあたしには身に覚えがないわけ。お願いだから理由だけでも教えてくれない?」


 一体、何が彼をこうまで殺気立たせるのか。

 大輔の口から出た言葉は、綾を困惑させるのに充分な破壊力を持っていた。


「は! 理由だぁ? 寝ぼけンじゃねえッ! ()()()()()()()()()()()()()()()()()()!」


……朝霧綾が、日高颯太を殺した?


「はぁ!? ちょ、ちょっと待ってまって! あたしそんなの知らない! 意味分かんないって。だいたい日高君、昨日も学校に来てたじゃん。何言ってんのあんた……?」

「ははッ! 今の言葉で確定だな、朝霧。どうやらお前、マジに頭がイカれちまったらしい」


 ここへきて大輔は、初めて笑った。ただし、その笑いがさらなる殺意にとって代わるのに、時間はかからなかった。彼は冷え冷えとした視線で、朝霧綾を睥睨(へいげい)した。


「日高の葬式は、二週間も前に終わってんだろ。日高が殺された『あの日』、あいつの死体のそばで何をしてた? 俺が日高を見つけて駆け寄った時、どうして『お前』は逃げたんだ?」


 大輔の言っている事はあきらかに常軌を()していた。


 彼の言葉通りなら、綾が日高を殺したように聞こえる。しかし、二週間前に葬式が行われたという日高に、綾は昨日も顔を合わせているし、それは大輔とて同じはずである。

 そもそも、日高が転入してきたのはつい一昨日の事だ。

 話の時系列があべこべである。


 話し合いの余地を放棄して大輔は、再度距離を取った。もちろん、その手は地面に下ろされている。

 それが彼の『構え』なのだという事を、綾はもう知っている。ただ、これ以上、大輔が一方的な攻撃を続けるつもりなら、彼女も身に着けた技術で反撃をせざるを得なかった。


 ところがいよいよ切羽詰まった状況を、いつの間にか児童公園を取り囲んでいたパトカーのサイレンが寸断したのである。

 大輔は忌々(いまいま)しそうに舌打ちした。


「さっきまで誰もいなかったのに、警察が? チッ、テメエのほかにも妙な『セカンドスキル』を持ってる奴がいるわけか。……朝霧、日高の(かたき)は必ず取るぜ。次に会う時で、終わりだ」


 一方的に言うと、大輔は愛刀を腰に差し、来た道を小走りに戻っていった。


「一体何なの……? あいつ……」


 大輔の態度には大きな疑問が残ったものの、綾もじっとしているわけにはいかなかった。

 ただでさえ、赤い髪の色で極端に目立つのだ。ここで警察に見つかれば、余計な難癖(なんくせ)を付けられて、厄介事になるのは目にみえている。


 公園を出て裏路地へ入った綾は、知るかぎりの裏道を使って帰路を急いだ。

 住宅街に降り注ぐ雨は、激しさを増していた。驟雨(しゅうう)の中、外灯の光を浴びた綾の髪が、テールランプのように赤く輝く。彼女はそこかしこの闇の中から、まだ大輔が自分を狙ってきているような気がした。

 

 大輔は、本気だった。

 本気で殺しにきていた。

 懸命に走りながら、綾はそれだけを考えていた。


 静まり返った朝霧家がみえてくる頃には、全身びしょ濡れの有様だった。

 無事に自室へ舞い戻り、入ってきた窓の鍵をかけると、綾はようやく一息をついた。

 少し、鼻がぐずぐずしている。


「か、風邪引いたらどうしてくれんのよ。あンのバカ……」


 こんな時間にシャワーを浴びるわけにもいかないので、体をタオルで拭くだけ拭いて、綾は濡れた衣類をハンガーに掛けてしまう。朝方には洗濯するつもりだった。

 いうまでもないが、外出前の空腹感などすっかり失せている。

 

 まだ水気の残る髪をタオルで包み、綾は下着姿のままで布団へ潜り込んだ。興奮はいつの間にか収まっていたが、冷静になればなるほど、先ほどの出来事が不可解に思えてくる。

 

 綾を殺しに来た大輔と、彼女に殺されたという日高。まだ理解が追いついていなかったが、全ては明日、学校で明らかになるはずだ。少なくともこの時点で、綾はそんな風に考えていた。


 不思議なことに、七時間も寝ていたにもかかわらず、睡魔はすぐにやってきた。


◆     ◆     ◆


ここまで読んで下さった読者様、ありがとうございました。


感想・レビューなど頂ければ幸いです。


この後も、お楽しみ下さい。

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