第1話『女子高生 朝霧綾』-4
庭のあたりから、秋らしい、鈴虫の音が聞こえはじめた。
稽古を終えて道場を後にした綾は、風呂場でシャワーを浴びていた。
湯に晒された彼女の髪は、水分を含むと一層赤みが深くなる。額に張り付こうとする前髪をかき上げて、悪い癖だとは思いつつ、綾は大きなため息を吐き出した。
長身も、赤髪も、周囲の人間には一目瞭然だ。
自分という人間が見た目で判断されてしまうのは、ある程度仕方のないことだという諦めが、綾にはある。そうでなければ、彼女は誤解を生みやすい自分の個性に対して、とっくに嫌気が差していただろう。
だが、自分が人外の拳法を使えるという事実は違う。ただでさえ人目を引いてしまう綾だけに、これだけは秘密にしなければならない、と、彼女は心に決めていた。
綾が自分から見せないかぎり、白仙が世間に知られる事は決してない。
だからこそ綾はこれまで、自分の運動能力を周囲に隠し続けてきた。
香織も岬も、無論大輔も、綾の真の力を知らない。知らないままで、いいのだ。
長身赤髪、そして白仙という不幸のセットメニューには、綾もずいぶんと頭を悩ませてきた。
重要なのは、白仙の継承者が『赤髪の長子』に限られるという点だった。
白仙の継承権が『赤髪の長子』に限られるのには、理由がある。
まず、そもそも赤髪が長子にしか現れないという事。
そして次に重要なのが、体格である。
遺伝構造にそうなる因子が含まれているのか、朝霧家に誕生する赤髪の長子は、肉付きや背丈が全く同一に成長するのだ。
これは、白仙を妖拳法たらしめる理由の一つである。
確かに、成長後の最終体型があらかじめ分かっていれば、拳法を教えるには何かと都合もいいだろう。事実、この夏には綾自身も、拳法を教わった祖父と同じ身長になっていた。
ただし綾にかぎっていえば、少々事情が複雑だった。
四百年の歴史を持つ朝霧家の白仙継承者。その歴代の使い手達を見回しても、赤髪の長子が『女』であった前例がないのだ。
一子相伝の白仙史上、唯一無二の性別イレギュラー、それが朝霧綾なのである。
見るからに女性らしい肉体を持つ綾にとって、これもまた一つのコンプレックスに違いなかった。
周囲の抱く他愛ない誤解も、それに拍車をかけている。
「……なんで女に生まれるかなぁ。あたし」
苦笑いを浮かべた綾は、うらめしそうにシャンプーで髪を洗いあげていく。
普段は後ろで纏めてアップにしているが、今はほどいているので、胸の辺りまで赤髪が届いている。泡をシャワーで洗い流すと、それは透き通るように輝いた。
(この色だけなら、嫌いじゃないんだけどな……)
直毛のさらりとした感触が、指先へ溶けるように梳いていく。
朝霧綾の白いうなじに張りつく、赤い劣等感は、今日も皮肉なほどに美しい。
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