1 はじまりの村
まず、体がふと軽くなった。次に、水の冷たい感触が全身を襲った。思わず目をつむり、反射的に息を止めて正解だったのだろう。もしそうしていなければ、肺に水が入り、溺れる事になる。
この男の生まれ故郷には海や湖といったものが無く、王国から泳ぎの訓練は受けていたものの、生まれつきの水への恐怖心は完全には拭えていなかった。
(溺れるっ!)
なんとか水面に浮上すると、辺りは水ばかりで、遠くには山頂が白く染まった山やいくつかの小屋、のどかな集落が見えた。
この状況に、この男、勇者はとても驚いていた。というのも、この勇者は先ほどまでこういった自然とはかけ離れた、魔境とも呼べる地にて、魔王を討つべく進んでいたはずだったのだ。
しばらくの間、完全に思考は停止していた。しかし、なんとか情報を掴もうと、必死に周囲をよく観察した。魔法、剣、学問と、世にはいろいろなものがあるが、観察はこの男の得意とする所だった。それが功を奏したのか否か、自分が全くのものを身につけていない、生まれたままの姿であることに気がついた。
いわゆる素っ裸である。
藻が脚をくすぐり、警戒心の無い魚が股間をつつこうとするのを見て、勇者は酷く怖じけ付いた。
(こんな所、嫌だ! 早く岸に上がらないと……)
今まで戦ってきた魔物がしてきたような、皮膚が切り裂かれ、骨が砕かれることよりも、藻のひとなでや魚のつつきが怖いというのは、ちゃんちゃらおかしい話である。
だが、忘れてはいけない。この男は勇者なのだ。仁を忘れず、人に報い、世界の命運を背負わされ、聖剣に選ばれた男なのだ。
そんな男が、これからいったいどうなっていくのか、これから語っていく