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7 神殺しの魔獣が復活したらしいけど、そんなことより、納豆万歳!

 さて、翌朝。町は、大騒ぎだった。

 神を食らいし魔獣フェンリルが復活したというニュースで、町中もちきりだ。

 今にも、フェンリルが町を襲い、人々を皆殺しにするのではないかと、みんな、震えあがっていた。


 我らがギルド『オーディンの館』では、さっそく、全ギルドメンバーが召集された。

 俺も、納豆犬フェンリルといっしょに、ギルドに集合した。

 ギルドのホールに、たくさんのギルドメンバーたちが、集まっている。納豆犬は、俺の横で、かわいい顔でおすわりをしていた。


 ギルドマスターのヒルドが檀上にあがった。手には、代々ギルドマスターに伝わる神槍を持っている。

 久々に、ヒルドが槍を手にするのを見たな。

 ヒルドは勇ましく、宣言した。


「なんとしてでも、フェンリルを討伐する! 町の人間に、ひとりたりとも犠牲者を出すな! それこそが、最高神オーディンに忠誠を誓いし我がギルドの使命!」


 そういえば、俺のギルドって、フェンリルに殺されたオーディンに忠誠を誓ってるんだっけ。と、俺はそれを聞いて思い出した。ま、俺が本当に忠誠を誓っているのは、納豆だけどな。


 それから、任務の分担表が発表された。もちろん、伝説の魔獣フェンリルと戦うのは、『ヴァルキリー』をはじめとした、Aランク以上のパーティーだけだ。

 俺をふくむ低ランク冒険者たちは、町の警備にあたることになった。


「さてと。俺たちは、郊外の牧場の見張りだな。報酬もくれるっていうし、馬小屋に泊めてもらえるらしいから、ラッキーだ。路上生活卒業だぞ」


 牧場に向って歩きながら、俺は、納豆犬フェンリルに言った。

 納豆犬は、ぶるんと身ぶるいをした。


「ふむ。ひやっとしたぞ。あのヴァルキリーの槍使い、やたらと、こちらを気にしておった。よもや正体はバレておらぬと思うが……」


「槍使い? ヒルドのことか。気にしなくていい。あいつは、昔から、みょうに、俺のことを見てくるんだ。俺が思うに、きっと、あいつは、素直じゃない隠れ納豆好きなんだろう。きっと、俺の納豆が忘れられなくて、納豆がほしいのに、素直にほしいと言えないから、いつも物欲しそうに俺を見ているんだ」


「なるほど。素直に欲しいと言えばよいものを」


「まったくだな。それより、神殺しの魔獣は、ほんとうに、町を襲ってくるんだろうか? 俺は、ラグナロクの伝説なんて、信じていないんだが」


「来るわけなかろう。わしはここにおるのだ」


 こうして、俺たちは、牧場で見張りをすることになり、屋根のあるところで眠れるようになった。

 俺たちが入ったとたん、馬小屋の馬たちが、怯えてパニック、半狂乱になって逃げだそうとして、大変だったけどな。


「落ち着け。安心しろ。俺たちは、おまえたちをフェンリルから守るために来たんだ」


と、俺ががんばって説得しても、馬には伝わらなかった。




 さて、町中が神殺しの魔獣フェンリルの来襲にそなえたわけだったが。

 結局、神殺しの魔獣が町を襲ってくることはなかった。周辺でフェンリルの目撃証言も出なかった。


 一月もたった頃には、みんな、神殺しの魔獣フェンリルが襲ってくるなんて噂は忘れ、町には平穏が戻っていた。

 ただし、一つだけ、困ったことがあった。

 神殺しの魔獣フェンリル復活の報告があった、あの日を境に、この町の周囲の魔物は、やたらと強くなってしまったのだ。

 神を食らいし魔獣フェンリルの封印が解かれた影響らしい。


 そのため、いまや、この町の周辺に、Dランク以下の冒険者が攻略できるダンジョンは皆無。

 隠しダンジョンがあった、あの初心者ダンジョンなんて、いまや、AランクやSランク相当の魔物が徘徊しているらしい。町の近くで危ないからと、入り口が封じられていて、もう中に入ることはできない。

 あまりに魔物の強さがインフレしたせいで、ギルドでは、Sランクの上に、SS、SSSをつくったそうだ。


 というわけで、Dランク以下の低ランク冒険者たちが、失業してしまった。

 町にあふれる、食べるのにも困る失業者たち。

 同じような困窮経験をしてきた俺にとっては、他人事ではない。


 だから、俺は、始めたのだ。

 納豆の炊き出しを。



 近頃、納豆犬のリードを持つだけで、なぜか無限に魔力がわきだしてくる俺は、ふつうの納豆程度だったら、毎日トン単位でつくれる。

 そして、今日も、納豆の炊き出しには、長蛇の列ができている。


「うむ。納豆だらけだ。納豆まみれだ。充満するこの臭い。覆いつくすネバネバ。すばらしいぞ」


 俺の横で、納豆犬フェンリルが、うれしそうに、ハァハァ言っている。

 俺は、納豆生成を終了し、立ち上がった。


「さてと。これだけ生成すれば、今日の分は足りるな」

「うむ。では、新作納豆のための豆探しと、魔力解放のための封印探しに行くぞ。もっと色んな納豆を、もっと大量に作るのだ。この世界を臭いネバネバで覆いつくそうぞ」


 納豆犬フェンリルは、散歩に行く気満々で、しっぽをふっている。


「じゃ、今日の散歩に行くか」



 俺は、炊き出しボランティアの少女たちに、納豆の配布を頼むことにした。


「ここは、任せたぞ。納豆分配班。俺は、納豆犬フェンリルの散歩に行ってくる」

「わかりました。ナットゥーさん」

「おっさん、その犬の名前、どうにかしてよ。よりによって、なんで、フェンリルなんだよ」


 文句を言うフロックに、俺は言っておいた。


「俺の相棒犬は、代々、フェンリルと名乗るのだ。嫌なら、略して、納豆犬と呼んでもいいぞ」


「納豆……フェンリル……。どちらも、今は、聞きたくもない名前です。なんで、ヴァルキリーが、こんなことを……」


 そう嘆く魔法使いのミストに、剣姫スルーズは言った。


「私が言い出したことだ。嫌なら、帰ってくれ、ミスト」

「スルーズがやるというのなら、わたしもやりますが」


 嫌そうに、そう言う魔法使いのミストに、スルーズは言った。


「これが、私たちがフェンリル復活を防げなかったがために苦しんでいる仲間にできる、せめてもの罪滅ぼしだ」

「スルーは、責任感が強いからなぁ」


 フロックがそう言ったところで、剣姫スルーズはつぶやいた。


「それに、納豆は興味ぶかい……」

「え?」

「スルーズ!?」


 さて、『ヴァルキリー』の少女たちに炊き出しをまかせて、俺は、納豆犬の散歩に出かけた。

 俺が歩いていると、炊き出しの納豆を待つ失業者の列に、元仲間たち、ビフとポクの姿を見つけた。

 噂によると、マトンは冒険者を引退して、婚約者と結婚、織物屋の婿養子になったらしい。幸せかどうかはわからないが、新婚生活を送っているらしい。

 筋肉以外に何もないビフとポクは、仕事がなく、このありさまだ。


「また、ナットゥーの納豆の世話になる日がくるとはな……」

「まったくだぜ。ああ。肉くいてぇー」


「おう。ビフ、ポク。納豆、食べてるか?」


 俺があいさつをすると、ビフは投げやりな声で言った。


「食べてるよ。毎日な。うんざりするが、他に食べ物を買う金がない」

「つーかよ。ナットゥー。なんで、おまえ、『ヴァルキリー』と仲良くなってるんだよ」


 なぜか、ポクは、うらやましそうだ。俺は、答えておいた。


「納豆の縁で、ボランティアをしてくれているだけだ。たぶん、スルーズは、ひきわり納豆を極めたいんだろう」

「それだけは、ないな。……無いと、信じたいな。俺たちのアイドル、剣姫スルーズだぞ?」

「なぁ、ナットゥー。パーティーに戻ってこねぇか? オレたちが悪かったよ。どうせ納豆食って暮らすんならよ。また3人で楽しく冒険してぇんだ」


 ポクは、俺に謝った。納豆をバカにしたことを謝るというのなら、俺は、こいつらに恨みはない。

 だけど、今、話をしているひまはない。納豆犬が、リードを引っ張っている。


「悪いが、俺には、もう新しい仲間がいるんだ。納豆のねばついた糸でつながった相棒、納豆犬フェンリルが。納豆犬は、一日8時間は散歩に行かないといけないから、おまえ達とは冒険できない。じゃあな。俺は、今日は、深淵の森の向こうの台地まで散歩に行かないといけないんだ。またいつか、暇な時に話そう」


 そうだ。今さら、戻って来いと言われても、遅い。

 俺には、この相棒がいる。

 俺は、納豆を愛する我が相棒・納豆犬フェンリルとともに、まだ見ぬ納豆を求め、散歩を続けるのだ。


 すべては、納豆のために。


 End


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