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6 ヴァルキリーが青ざめているけど、そんなことより、超大粒納豆は大味なんだよな。

 納豆犬に引きずられるように、しばらく散歩を続けた後。おれは、つぶやいた。


「うーん。この先は、「深淵の森」だなぁ」


 納豆犬は「深淵の森」と呼ばれる場所に向って進んでいるように見える。

 深淵の森は、この辺りで、もっとも難易度の高い場所で、Aランク以上の冒険者しか立ち入ってはいけない場所だ。当然、俺は、深淵の森に足を踏み入れたことはない。


「あすこは、Aランクの強い魔物がうろうろしているって噂だからな。納豆犬フェンリルよ。深淵の森には散歩にいけないぞ?」


「問題ない。おまえは、わしがくれてやった『テュールの右手』を持っているだろう。あれは、その昔、わしが食いちぎった、テュールという神の右手でな。その辺の、人が造ったまがい物のルーンとは、出来がちがうぞ。本物の神の右手だからな。人界ならば、どんな戦闘にも勝利できそうなほどに、幸運をあげてくれる」


「幸運を上げる? ひょっとして、それで、サイバシの攻撃で、ドラゴンが即死したのか……」


 どうやら、急所にあたると即死させる効果をもつサイバシと、「テュールの右手」という幸運を爆上げするルーンの組み合わせによって、俺は、強敵であっても一撃で倒せる力を手に入れたようだ。


「なるほど。じゃあ、今の俺は、Sランクの敵でも倒せるのか? まぁ、納豆の役にはたたないから、どうでもいいか」



 俺達は、深淵の森を散歩していった。

 納豆犬が言った通り、俺は、出くわすモンスターを、たいてい、サイバシの一撃で倒すことができた。

 とはいっても、俺の防御力は変わらないから、敵の攻撃を受ければ死ぬ。

 ルーンの効果か、不自然なほどに敵の攻撃は、はずれていくけど。

 でも、サイバシを敵に突き刺すのは、けっこうむずかしいのだ。

 もともと、納豆をかきまぜたり、つまんだりするものだからな。刺すものじゃ、ないからな。


「うーん。幸運爆上げでも、けっこう危ないな。やっぱり、帰った方がいいな」


 その時。周囲から、無数の唸り声が聞こえた。前後左右、あらゆる場所から。

 木々の間から、顔に赤い模様のある狼が姿を出した。ブラッディウルフだ。群れで狩りをする賢い魔狼だ。

 一匹一匹は、BランクからAランク程度の強さだけど、群れで出てくるから、ちょくちょく、Aランク冒険者が全滅させられている。

 どうやら、俺たちは、いつのまにか、ブラッディウルフの群れに囲まれてしまったようだ。


「まずいぞ、まずいぞ」


 俺は、絶望した。すべての狼に、サイバシで攻撃することはできないし、周囲から、一斉に攻撃されたら、避けられない。

 勝ち目はない。

 俺は、速攻、ギルドへ救援を頼むための信号を出そうと思った。救助が到着する頃には、俺と納豆犬は、食べつくされて、骨までしゃぶられているだろうけど。


 でも、俺が救難信号を出す前に、納豆犬フェンリルが唸った。


「不届き者ども!」


 すると、ブラッディウルフたちは、おびえたように伏せて、そして、一目散に、逃げていった。


「すごいぞ、納豆犬フェンリル! ただの犬ではないと思っていたが、やるな!」


 俺がほめると、納豆犬は、すました顔で言った。


「ふん。彼奴らは、わしの眷属だからな。下等すぎて、わしに気づくことすらできなかったようだが」


 納豆犬は、頭をふった。


「だが、やはり、早く魔力を取り戻さねば。このフェンリル様が下賤な雑魚に殺されては、笑うに笑えぬ。「テュールの右手」をもってしても、苦戦するとは。おぬしは、ネバネバかき混ぜ棒の一撃以外に、なにもないのか? か弱き人の子にしても、弱すぎるぞ? もうすこし体を鍛えたらどうだ」


「悪いが、俺は納豆に関係ないものは鍛えない主義なのだ」


 納豆犬フェンリルは、感心したように唸った。


「なるほど。そのストイックさが、あの極上の臭いネバネバを作り出すのだな」

「その通り。だから、俺のことは、おまえが全力で守ってくれ」

「しかたのないやつだ」



 やがて、俺達は、小さな洞窟の入り口にやってきた。

 そこは、生い茂った植物に囲まれていて、洞窟があるとは簡単に気がつかないような場所だ。

 洞窟の入り口に鼻をつっこむ納豆犬に、俺は言った。


「納豆犬は、散歩好きだなぁ。そろそろ帰らないか?」


「なにを言っている。これからが本番だ。ここから入るぞ。ここは、ヴィーグリーズにつながっていてな。だから、この辺りには、ヴィーグリーズから出てきた魔物がうろついていたのだ」


 納豆犬は、俺を引きずり、洞窟の中に入った。

 洞窟の入り口は狭かったが、中はけっこう広かった。

 俺達は、どんどん進んで行った。

 1時間くらい歩いた後。俺達は、広い草原のような場所に出た。

 キラキラと、光り輝く何かが空中に漂っている、神秘的な草原だ。

 昨日見た、隠しダンジョンの草原にも似ている。


「地下に、こんな場所があったなんてな。うん? ひょっとして、あの川は、隠しダンジョンの池とつながっているのか?」


「ここが、ヴィーグリーズ。かつて我らが、神々と戦った地だ。さて、ここには、オーディンのせがれがわしを刺した、忌々しい剣があってな。あの剣が、わしの魔力を封じておる。臭いネバネバをたくさん作るために、あれを引き抜いてくれ」


「剣を探すのか?」

「なに、すぐに見つかる」


 納豆犬は、俺を先導して進んで行った。

 たしかに、すぐに、その巨大な剣は見つかった。巨大な剣が、地面に刺さっている。


 ただし、見つかったはいいが、とても、引き抜けそうにはない。

 あまりに大きすぎて、俺の手が、剣の柄に届かないのだ。

 この巨大な剣は、俺の身長よりはるかに大きい。

 こんな大剣、伝説に出てくる巨人族でもなければ、持てないだろう。

 しかも、地面に深く刺さっている。

 刀身を横からけっとばしても、びくともしない。


「これは、とてもじゃないが、引き抜けないな」


 俺が、大剣を眺めていると、納豆犬フェンリルは、俺の横で唸った。


「うむぅ……。今のわしの力では、これを引き抜くことはできん。どうしたものか」


「あきらめて、帰ろう。この大剣が、地面に突き刺さっているのも、なんか、こう、モニュメントみたいな感じで、いいじゃないか」


「うむぅ。思い出したくもない記念碑だ。それに、そうはいかん。ヴァルキリーの小娘どもに見つけられる前に、あの剣を引き抜かねば。今のわしとおまえでは、未熟なヴァルキリー相手にも、おくれをとってしまう。やつらが守りを固めたら、封印を解くことができなくなるぞ」


 納豆犬は、お年頃なセリフでだだをこねている。どうやら、納豆犬は、まだ散歩を続けたいようだ。

 うーん。帰るには、おやつでつるしかないかな。と思って、俺は、納豆犬に提案した。


「そういえば、ずっと散歩をしていて、小腹がすいたな。納豆犬よ。おやつの納豆、食べるか?」


 納豆犬は、尻尾をブンブンと振った。


「くれ! 早く、くれ!」

「じゃ、おやつの納豆を食べたら、町に帰るんだぞ?」

「うむぅ。しかたがない。臭いネバネバの魅力には、あらがえん」


 納豆犬フェンリルは、お行儀よくお座りをした。


「じゃあ、せっかくだから、ちょっと特別な納豆を作ってやろう。その巨大な剣を見ていて思い出したんだけどな。昔、巨人豆っていう豆を見た時に閃いた、超大粒納豆だ」


「ほう。おもしろい。まだ見ぬ納豆があるのだな」


「ああ。俺は、納豆の材料になりそうな新しい豆を見ると、新作納豆を閃くからな。納豆レパートリーは広いんだ。じゃ、納豆犬フェンリルよ。納豆生成中、俺は無防備になるから、俺の背中はまかせたぞ」


「うむ。任せろ。臭いネバネバのためならば、全力で、守ってやろうぞ」


 俺は、精神を集中して、「超大粒納豆」を生成した。

 幸い、納豆生成中にモンスターに襲われることはなかった。


「さぁ、できたぞ」


 俺は、両手にずっしりとした重さを感じながら、超大粒納豆1粒を、納豆犬にさしだした。

 納豆犬は、興奮したようすで、ハァハァ言いながら、尻尾をふった。


「な、なんという大きさだ! これが、あの、臭いネバネバなのか!」


「すごいだろ。前に作った時は、ポクのやつに、「1粒が、どでかステーキサイズの納豆なんて、見たくもねぇんだよ! 誰がこんなの食うんだよ!」と、言われたけどな。じゃ、食べていいぞ。俺は、前に食べたことがあるからな」


 俺は、超大粒納豆1粒を、納豆犬フェンリルにあげた。

 すると、納豆犬フェンリルは、むくむくと巨大化して、さらに、まるで人間の巨人のような姿に変化していった。


「納豆犬が、狼人間に!? いや、巨人に!?」


 狼人間っぽい巨人は、かみ砕かれた納豆の欠片を、口からたらしながら、唸り声をあげた。そして、ヴィーザルの剣を一気に地面から引き抜いた。

 轟音が響き、地面が、揺れた。


 約1分後。

 俺の横には、舌で口の周囲をなめている、いつもの納豆犬がいた。

 さっきのは、気のせいだったかな、と思ってしまうが、大剣は草原に寝かされている。幻では、なかった。

 超大粒納豆を食べた納豆犬は、約1分だけ、巨大化した。


 口のまわりの納豆のかけらをなめとった納豆犬は、言った。


「うむ。味は、ちょっと大味だったな」


「その通りだ。納豆犬フェンリルよ。やはり、おまえは、納豆の違いがわかる犬だな。超大粒納豆は、見た目のインパクトは強いが、味はそれほどではない。だから、俺は、めったに作らない納豆なんだ」


「そうだな。これは、一度食べれば、満足だ。だが、おかげで、この地の封印は解けたぞ。では、ヴァルキリーの小娘どもに見つかる前に、退散するとしよう」


「そうだな。町に戻って、落ち着いて納豆を作ろう」


 俺達は、来た道を戻った。



 深淵の森を抜けて、町の近くまで戻った時には、すっかり夕方になっていた。


「納豆犬の散歩は、一日がかりだな」

「まだまだ他の封印もあるぞ。忌々しい神々のやつらめ」


 どうやら、納豆犬は、まだまだ散歩に行きたいらしい。明日から、散歩が大変だな。

 さて、俺達が町に入ろうとしたところで。

 俺は、『ヴァルキリー』の少女たちを見かけた。隠しダンジョンの探索から帰ってきたところらしい。4人とも、蒼白な顔をしている。


「なんということだ……」


 剣姫スルーズは、そうつぶやき、うつむいている。弓使いのサン、格闘家のフロック、魔法使いのミストが口々に言った。


「フェンリルの祠とヴィーザルの剣を見つけられたことは、よかったですが」

「全然、良くないって。あの状態じゃ……」

「フェンリルを閉じこめていた祠が壊れているうえに、フェンリルの力を封印しているはずの「ヴィーザルの剣」まで、引き抜かれていましたからね」


 スルーズは、こぶしを握りしめて、悔しそうに言った。


「神を食らいし魔獣フェンリルの封印が、すでに解かれていたとは……」


 少女たちは、俺と納豆犬がすぐそばにいることにも気がつかないほど、動揺している。

 アーチャーのサンは、理解できない、というように頭を振った。


「ヴィーザルの剣。あんな巨大な剣を、いったい、誰が、どうやって……」

「きっと、フェンリル復活をもくろむ邪悪な軍勢が、ヴィーグリーズに入り、我々が到着する前に封印をといたのです」


 魔法使いのミストはそう言い、赤髪のフロックがうなずいた。


「轟音が響いていたもんな」

「おそらく、敵は、あの場にいたのだろう。一足、遅かった……」


 スルーズは、そう悔しそうに言った。

 俺が、すぐ後ろで声をかけようか迷っていることにも気がつかず、『ヴァルキリー』の少女たちは、なおも、深刻な表情で話し合っている。

 サンとミストが、暗い声で、つぶやいた。


「神亡き時代の始まり、ラグナロクにおいて、最高神オーディンを殺した魔獣フェンリル……」

「復活すれば、この世を破壊しつくすと言われている魔獣です」


 フロックが、悲痛な、泣き出しそうな声で言った。


「その神殺しの魔獣が、野放しになっているなんて」

「一刻も早く、警報を出し、そして、犠牲者が出る前に、フェンリルを見つけ、倒すのだ!」


 スルーズが決意を力強く語り、『ヴァルキリー』の少女たちは、ギルドに向かって走って行った。

 結局、気がつかれず、置いてけぼり状態な俺は、納豆犬に話しかけた。


「なんだか、よくわからないが。大変なことになっているっぽいな。納豆には、関係なさそうな話だったが」


「うむ。灯台下暗しとは、このことだな。愚かなヴァルキリーの小娘どもめ。そんなことより、おぬしは、早く、あの、一番いい納豆を、作るのだ」


 納豆犬は、「神々の納豆」を期待して、しっぽをブンブン振っている。


「ああ、そうだな。なぜか、さっきから、無尽蔵に魔力があふれ出てくる気がするんだ。きっと、今日は、最高の納豆が作れるだろう」



 その晩、俺は、「神々の納豆」を、もう一度作り、今度こそ、「神々の納豆」を味わった。

 その味は、この世のものとは思えない、すばらしい味だった。

 もはや、ドラッグのように、幻覚を見せるほどに。

 だって、夜なのに銀髪の少女が遊びにきていたからな。

 あの子、いつのまにか、納豆犬から首輪とリードを奪って、自分につけて。


「ほれ、ほれ。このグレイプニルをにぎって、納豆を、もっと作れ。もっと作れ」


と、やたらと、納豆をねだっていた。

 幻覚にしては、妙にリアルだったなぁ。

 それとも、あれ、現実か? あの子は本物で、あの子の家は、育児放棄の虐待家庭なのか……? 

 だとしたら、かわいそうだな。今度来たら、もっと納豆食べさせてやろう。


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