5 元仲間が困っているみたいだけど、そんなことより、納豆犬は中二病だ!
翌朝。納豆犬と朝納豆を食べたあと、俺は今日こそ何かをゲットするため、ダンジョン探索に向かうことにした。
「さぁて。今日もダンジョンでも行くか」
「うむ。今のままでは、納豆をつくるための魔力が足りんな。わしの力は大半が封印されたまま。封印をとかねば。よし、ヴィーグリーズに行くぞ」
納豆犬の口から、そういうお年頃なセリフが聞こえてきた気がした。
納豆犬は、リードを引きずったまま、とても散歩に行きたそうに、俺の方を見ている。
「しかたがない。まずは納豆犬の散歩に行くか」
俺は、リードを手に取って、町の周辺の散歩に出かけた。
しばらく行くと。
「おーい、ナットゥー」
知り合いの冒険者たちに会った。
俺は、あいさつをした。
「おう。納豆、食べてるか?」
「食べてないよ。それより、ビフ・ポクがおまえを探していたぞ?」
「なんだ、あいつら。やっぱり、納豆が恋しくなったのか……」
しかたがないな。納豆作ってやるか。
「あいつら、クエスト失敗続きで、ギルドマスターに言われたらしいんだ。ナットゥーを戻すか、新しい仲間をいれるまで、Dランクに降格するって。あいつら、バカだからな」
たしかに、ビフ、ポク、マトンは、ダンジョンでも、ことごとく、間違った方に進んで、トラップに引っかかろうとする。
ダンジョン攻略は、的確な判断をくだせれば、実力以上のダンジョンであっても攻略できるし、判断をまちがえば、低ランクのダンジョンでも、死ぬことがある。
だから、以前は、俺が地図を読み、トラップの有無を判断し、戦闘でもあいつらに指示を出していたのだ。「おまえは戦わないくせに、うるさいんだよ」と文句を言われながら。
「だけど、すでに新しい仲間をみつけてあるって、ビフは言ってたんだが」
「チキンのやつな。たしかに、1度はパーティーに入ったらしいけど。あいつ、すぐ逃げだすからな。もうやめちゃっただろ。『プロテイン』は、昨日も、ダンジョンで全員戦闘不能になって、救出クエストの対象になってたんだぜ? 悪運の強いやつらだけど、さすがに、その内、モンスターに食われちゃうんじゃないかな。うまそうだし」
どうやら、あいつらだけでは、やっていけないらしい。
あんなやつらでも、10年以上のつきあいだ。見捨てるには、しのびない。
「しかたがないな。戻ってやるか……」
俺がそう言ったところで、知り合いの冒険者は、信じられないことを言った。
「だから、ビフ・ポク、言ってたぜ。ナットゥーが『納豆生成』をあきらめて、まともな冒険者になるなら、パーティーに戻してやるって」
「断る!」
「だろうな。じゃあな」
冒険者たちは、去って行った。
さて、俺が納豆犬に引きずられながら、散歩をしていると。俺達は、昨日のダンジョンにやってきた。納豆犬は、迷いなく、ダンジョンの中に入っていく。
やがて、俺達は、隠しダンジョンの入り口にやってきた。
今日は、扉が閉まっている。
「ふむ。新たな封印がほどこされているな」
そう納豆犬は言った。朝も思ったが、やはり、俺には納豆犬の声がきこえるようだ。俺は、この事実を当然のこととして受け入れはじめていた。
「納豆犬よ、その扉の先には、行けないぞ。やたらと強い敵がいるからな。さて、どうせここまで来たんだから、奥で鉱石でも探すか」
俺が、そうつぶやいた時。
「あ、納豆のおっさんだ」
「ナットゥーさん。こんにちは」
ダンジョンの入り口の方から、『ヴァルキリー』の少女たちがやってきた。
俺は、あいさつを返した。
「おう。納豆、食べてるか?」
「食べてません」
「納豆なんて、食べないって」
「入手が難しく……」
「スルーズ、余計なことを言わないでください。納豆を送りつけられても困りますので」
どうやら、納豆が手に入らなくて、困っているらしい。俺は、親切に申し出た。
「納豆がほしいなら、いくらでも作ってやるぞ?」
アーチャーの黒髪少女サンと、格闘家の赤髪少女フロックは、あわてたようすで、手をふった。
「けっこうです」
「い、いらないって」
その後ろで、魔法使いのミストは、剣士のスルーズに、ささやいていた。
「やっぱり、そうきましたか。スルーズ、これ以上、余計なことを言わないでください」
「すまない、ミスト」
黒髪のアーチャー、サンが、おれにたずねた。
「ナットゥーさん、それより、そのワンちゃんは?」
「俺の相棒、納豆犬だ。今は散歩中だ」
俺は納豆犬を紹介しておいた。納豆犬は、くるっとしたお目めのかわいい表情になって、お座りをして、かわいらしく、しっぽをふっている。
『ヴァルキリー』の少女たちは、複雑な表情をしていた。
「納豆犬……なんというネーミングセンスでしょうか」
「おっさんらしいけど」
「あまり、かわいい名前とは、いえないな……」
魔法使いミスト、格闘家フロック、剣士スルーズが、それぞれコメントした後で、弓使いのサンが、言った。
「ナットゥーさん。さすがに、ワンちゃんが、かわいそうです。もう少し、ましな名前をつけてあげてください」
「なに? 納豆犬の名前を変えろと……? うーむ」
俺が、納豆犬の名前について考えている間に。
「では、私たちは、ダンジョンの探索にむかいますので」
「おっさん、またな」
「失礼する」
「むだな時間を費やしてしまいました。早く行きましょう」
『ヴァルキリー』の少女たちは、封印の扉をあけ、隠しダンジョンに入っていった。
封印の扉は、閉まった。
納豆犬は、お座りとかわいい顔をやめると、にやりと笑った。
「オーディンの眷属たるヴァルキリーの小娘どもめ。わしの正体には気がつかなかったな。ノームに改造させたこの首輪の効果は、たしかなようだ」
やはり、納豆犬は、そういうお年頃らしい。俺は、納豆犬の「設定」はスルーしてやることにした。
「そうか、そうか。その首輪が、お気に入りなのか。よかったな」
「このグレイプニルを改造した首輪は、魔力と邪気を完全に隠すことができるのだ。ついでに、流出する魔力をおまえが持っているロープに流すこともできる。それはそうと、わしの名は、フェンリルだ」
「フェンリルか。神殺しの魔獣にちなんだ、りっぱな名前だな。だが、実は、俺が昔、飼っていた犬もフェンリルという名前だったんだ」
フェンリルは、とても有名な伝説の魔獣だし、そういうお年頃な少年が大好きな名前だから、犬の名前としては、町内に一匹はいるポピュラーな名前だ。ちなみに、我が家の犬は、はじめは、ラブリーという名前だったんだが、俺がお年頃な時期に、フェンリルに改名させた。
俺は、決めた。
「よし。区別するために、かつての相棒はラブリーフェンリルと呼び、そして、新しい相棒である、おまえの名前は、納豆犬フェンリルにしよう」
「よかろう。そのような名で呼ばれたことはなかったが、その称号、悪くないぞ。まるで全身から臭いネバネバがしたたり落ちていそうだ。さてと。このルートは避けた方がよかろう。ヴァルキリーの小娘どもに見つかると、面倒だ。別の入り口に向かうぞ」
納豆犬フェンリルは、ふさふさのしっぽをふりながら、俺を先導して、ダンジョンの外に出た。