3 久しぶりにギルドマスターに会ったけど、そんなことより、お礼は納豆が一番だよな?
ダンジョンを後にした俺は、『ヴァルキリー』の少女たちと一緒に、冒険者ギルド『オーディンの館』に向かった。ほとんど連行されるような状態で。
というのも、実は、あのダンジョン探索は、『ヴァルキリー』のみに下された、かなりの極秘任務だったらしいのだ。
だから、俺があの隠しダンジョンに入りこんでしまったことを、ギルドマスターに報告しないといけないらしい。
ダンジョンからの帰り道、『ヴァルキリー』の少女たちは話していた。
「結局、「フェンリルの祠」は見つかりませんでしたが。あの隠しダンジョンが、本当に伝説の地「ヴィーグリーズ」なのでしょうか?」
「見たことのない植物が生い茂り、高ランクのモンスターが徘徊しています。ただのダンジョンではないと思います」
「だが、結論を出すのは早すぎる。まだ隠しダンジョンの半分程度しか探索できていない」
「そうだな。また明日、だな」
ヴィーグリーズか……。と、俺は少女たちの会話を聞きながら考えていた。
この地に伝わる神話によると、かつて、この地をおさめていた最高神オーディンは、ヴィーグリーズという地でフェンリルという魔獣に殺されたという。
そして、伝説によると、その場所は、この町の近くにある。
だから、俺たちのいる町は、別名「神殺しの町」と呼ばれていた。
たしかに、この町の周囲には、ダンジョンが多い。
だけど、数多の冒険者たちが、ダンジョンを徹底的に探索してきたにも関わらず、これまで、伝説の地ヴィーグリーズが発見されることはなかった。
もちろん、かの地に封印されたと伝えられるフェンリルの姿を見たものもいない。
ま、しょせんは伝説。おとぎ話の類なんだと、俺は思っている。『ヴァルキリー』の少女たちは、信じているみたいだけどな。
ギルドマスターの執務室。
『ヴァルキリー』の報告を受けた、ギルドマスターの気の強いメガネ女は、俺を見下ろし、冷たく言った。
「封印の扉を開け放していた。そして、そこに迷いこんでしまったのが、納豆狂いの変人ナットゥー、ですか。まったく。死者がでなかったのが奇跡です。ナットゥー、今日見たことは、内密に。あなたの言うことを信じる人は少ないと思いますが」
ちなみに、このギルドマスター、ヒルドは、俺と同期の冒険者だった。俺より、いくつか年下だけど。
向こうはあっというまにAランクまであがって、そこで現役引退したと思ったら、ギルドマスターにのぼりつめていた。
優秀で、きれいだが、性格がきつくて、全くかわいげがない。というのが、冒険者の間での評判だ。
昔は、色々と世話になったんだけど、あいつがギルドマスターになってからは、いそがしそうだし、めったに会うこともなくなっていた。
さて、封印の扉を開けっぱなしにしていた『ヴァルキリー』の少女たちは、ヒルドに、こってり説教された。
ずいぶん、きつく叱りとばされていたので、ギルドマスターの部屋を出たところで、俺は少女たちを励ましておいた。
「あんまり、気にするなよ。あいつ、やたらと性格きついからな」
でも、少女たちは、元気になったようすはない。むしろ、心配そうな顔で、俺を見ている。
「あの……」
「おっさん、後ろ、後ろ」
俺がふりかえると、ギルドマスターのヒルドが、ほおをひきつらせながら、立っていた。
「お? なんだ? ヒルド。忘れ物か?」
メガネをクイッとあげると、ギルドマスターは咳ばらいをして、言った。
「ひとつ、言い忘れたことが。ナットゥー。あなたは、本当に『プロテイン』をやめるつもりですか?」
やめるつもりも何も、俺は、すでにパーティーを追い出されちゃっている。すでに、りっぱな路上生活者だ。
俺は、やせがまんで言っといた。
「心配はいらない。俺には、納豆があるからな」
「あなたの心配はしていません。あなたが納豆さえあれば幸せなのは、よく知っています。私が心配しているのは、残されたパーティーの方です」
そう指摘され、俺は、気がついた。
「たしかにな。ビフ、ポク、マトン。あいつら、肉ばっか食べてるからな。動物性プロテインだけだと、健康によくない。やはり、納豆の植物性プロテインがないとな」
「そういう心配ではありません。10年前の結成以来、3バカ・ミートだの4バカ・ミートだの、バカにされてきたギルドの面汚し……もとい笑いものパーティー、『プロテイン』のあなたたちですが。あなただけは、まともな判断力……があるとは、到底いえない、頭の中が納豆まみれの納豆バカで、本当にバカで、バカの中のバカで……」
ヒルドは、やたらとバカバカ繰り返している。
いつだったか、あいつがバレンタインデーのチョコレートとやらをくれた時に、「なんだ、納豆じゃないのか。じゃ、いらないな」と、俺が言ったことを、あいつは、やたらと根に持っているからな。
ちなみに、礼儀正しい俺は、要らないものをもらっても、ちゃんとお返しには、究極の納豆をあげておいた。
あと、あれだな。昔、「私と納豆、どっちが好き?」と聞かれたときに、「もちろん、納豆だ」と言って以来、あいつ、本当に、冷たくなったんだよな。
ヒルドは、話をつづけた。
「あらゆるバカを超える納豆バカですが、冒険に関する最低限の判断力はあります。ですが、あなた以外のメンバーは、なんというか……ギルドマスターとして、はっきり言うわけにはいきませんが……」
ヒルドは、そこで言葉をにごした。ギルドマスターとして、ギルドメンバーの悪口は言いたくないのだろう。ついさっき、『プロテイン』のことを、面汚しとか笑いものとか、言っていたような気はするけど。ギルドメンバーである俺のことを散々、バカバカ言っていた気がするけど。
ヒルドは、ため息をつき、首を横にふった。
「……ですが、あなたに戻る気がないというのなら、しかたがありませんね」
「いや、戻る気はある。ぜひ、あいつらを説得してくれ」と、俺が言う前に。ギルドマスターは執務室に帰っていき、バタンとドアを閉めた。
追いかけて行って頼むのも恥ずかしいので、俺は、そのまま帰ることにした。
さて、ギルドを出た後、巻きこんでしまったお詫びにと、俺は『ヴァルキリー』のメンバーに食事をおごってもらった。
十歳は年下の女の子たちにおごってもらうわけだが、俺ほどになると、遠慮はない。
それに、俺のようなベテラン冒険者の話は、まだ若い彼女たちの役にも立つだろう。
食事をおごってもらうお礼がわりに、俺は、剣士のスルーズに「すべての刃物はひきわり納豆を作るために存在する」という説を、語っておいた。
他の少女たちは、なぜかドン引きな表情だったが、剣姫と呼ばれる少女は、まじめな顔で聞いていた。
うむ。この子は、見こみがある。
別れ際に、フロックという赤髪の少女とミストという魔法使いの少女が、げんなりした顔で、俺に言った。
「おっさん、顔はいいのに、すんごい、残念なんだな」
「なぜあなたに恋人がいないのかが、よくわかりましたよ」
意味がわからないな。俺は、食事中、すばらしくおもしろい納豆の話しか、していないのだから。