1 アラサー冒険者、10年支えてきたパーティーを追放されてホームレスになる!
パーティーを結成して10年。
その日、俺のパーティー『プロテイン』は、ついにCランク冒険者に昇格した。Cランクは、中堅といわれるランクだ。
ここまで、長かった。才能にも運にも、めぐまれなかった俺達は、Fランクが4年も続いた。
ちなみに、ギルドの公式ランクはEからだ。つまり、Fランクは、ランク外の見習い冒険者。
Fランクの間、俺達は、食べ物を買うお金にも困っていた。
ようやくEランク昇進の条件である初心者用ダンジョンを攻略できたのが6年前。それから、地道に冒険者稼業を続けて、ついにCランクに上がれたのだ。
Cランク昇級の祝杯をあげるため、いつもの酒場「ニククイ亭」でテーブルに着くと。おれは、いきなり、パーティー結成以来の仲間である、リーダーのビフに、こう言われた。
「ナットゥー。言いづらいことなんだが。おまえには、今日限りでパーティーをやめてもらう」
「え? なんだと? 冗談だろ? 俺達、10年も一緒にやってきたんだぞ?」
「ああ。おまえは、最古参で、地元も同じ。苦しい時期をずっと一緒にやってきた仲間だ。だから、ずっと、言おうと思いながら、言えずにきたんだが。だが、これからは、Cランクのダンジョンに挑戦するんだ。もう、これ以上は、おまえには無理だ」
「なんでだよ。ビフ。俺達、これまで、うまくやってきただろ? そりゃ、たしかに、俺には、戦闘向きのスキルはない。後方支援しかできないかもしれない。でも、俺なりに、パーティーを支えてきたんだ」
ビフは、深くうなずいた。
「ああ。わかっている。最初の頃は、本当に、おまえのスキルの世話になった。おまえがいなかったら、俺達は、飢え死にしていただろう。でもな、この先は、もう無理だ。だって、おまえ……」
ビフは、そこで一度黙ると、言いづらそうに言った。
「スキルが『納豆生成』しかないだろ?」
そう。その通り。
俺のスキルは『納豆生成』一つだけ。『納豆生成』は世界中で俺だけがもっているユニークスキルだ。
俺は、これまで、とにかく、この超レアなユニークスキルだけを鍛え上げてきた。
そして、俺は、今では、「最上級納豆」を超える「究極の納豆」を生成可能なレベルにまで、到達している。
もう一人の最古参メンバーであるポクは、そこで、俺に言った。
「最初から、思ってたんだけどよ。『納豆生成』ってスキル、意味不明なんだよ! 冒険者のスキルじゃねーだろ! なのに、なんで、おまえ、そのスキルしか鍛えないんだよ! ふつうのスキルをおぼえろよ!」
たしかに、『納豆生成』は、戦闘では、全く役に立たないスキルだ。
納豆に攻撃力はないし、回復効果もない。
だけど、Fランク冒険者時代、俺達は、このスキルのおかげで、飢え死にすることなく、タンパク質を摂取し、体を鍛え続けることができたのだ。
つまり、今の俺達があるのは、まったくもって、このスキルのおかげだ。
だが、俺の仲間たちは、愚かにも、このスキルの重要性を理解していないようだった。
「それに、後方支援とかいって、おまえは、戦闘中は、後ろで納豆をかきまぜているだけで、なんにもしてねぇだろ!」
ポクは、吐き捨てるように言った。Dランク時代に加入した、わりと新しいメンバー、マトンは、さらに許せないことを言った。
「それに、納豆は、臭いんだよ。人の食べ物とは思えないね。このパーティー、君がいるおかげで、ギルドの女の子たちに、臭いって嫌われてるんだ。だから、女の子が、ひとりも加入してくれないんだよ」
ちなみに、マトンには、親が決めた婚約者がいる。織物屋の娘なんだが、顔はブサイクな上に、性格もひどい。いじめっ子のようなご令嬢なので、マトンはなんとか婚約破棄をしようと、ナンパと合コンをくりかえしている。
「そうだぜ。オレに彼女ができないのは、おまえの『納豆生成』スキルのせいだ!」
豚みたいな顔でメタボ体形のポクは、そう言った。誰がどう考えても、ポクに彼女ができないのは、俺のスキルのせいではない。
俺は、信じられない気持ちで、うろたえながら、訴えた。
「でも、でも、俺がいなかったら、おまえ達、もう、納豆、食えないんだぞ? 納豆が食べられなくなっても、いいのか?」
ビフは、申し訳なさそうに言った。
「悪いが、正直、納豆は、そんなに食べたくないんだ。食べ物を買うお金がなかった昔は、いやいや、食べてたけどな。今は、もう、見たくもない」
マトンは、バカにしたように言った。
「あのネバネバとか、始末に負えないよ。腐ってるでしょ」
ポクは、吐き捨てるように言った。
「オレは、あんな臭くてネトッとしたもんじゃなくて、肉を食いてぇんだよ!」
「そんな……。おまえら、納豆になんてことを言うんだ……」
「もう新しい仲間も見つかってるんだ。じゃあな。ナットゥー。元気でな」
「納豆屋でもやりなよ。売れるとは、思えないけどさ」
「あばよ。もう二度と顔見せんな」
こうして、Cランクに昇格したその日、俺は、10年、納豆で支えてきたパーティーを追い出された。
パーティーを追放され、3日後。
俺は、路上生活者になっていた。
もともと、底辺冒険者で、貯蓄なんてないから、あっという間に宿代すら払えなくなってしまったのだ。
他のパーティーに入ろうとしても、『納豆生成』スキル以外に何もない、おまけにアラサーで今さら成長も期待できない俺を雇ってくれるところはなかった。
「あぁ。『納豆生成』スキルにかけてきた俺の15年は、まちがいだったのか……」
俺は、町はずれの道端で、嘆きながら、納豆をかきまぜていた。
今日は、ここで野宿する予定だ。
知り合いが通行するかもしれない街中でホームレスしているのは、恥ずかしいから。町はずれで、ひっそり路上生活をすることにしたのだ。
幸い、この『納豆生成』スキルのおかげで、俺は、一文無しになっても、飢え死にすることはない。夜中に凍死することはあるかもしれないけど。
「なんで、みんな、わかってくれないのかなぁ。このスキルのすばらしさ」
俺が、嘆きながら、納豆を食べていると。
どこからか野良犬が、クンクンと臭いを嗅ぎながら、近寄ってきた。
ぼさぼさの白い毛が、汚れて灰色になっていて、ところどころに、赤い血のようなものまでついた、うす汚れた、みすぼらしい犬だ。
野良犬は、俺のもっている納豆を見ている。
「食べるか? 納豆」
俺は、納豆を手に取り、野良犬に差し出した。
野良犬は警戒したように、鼻を近づけて臭いを嗅いだ後、納豆をペロリと食べた。
すると、野良犬は、ハァハァと興奮したように息をしながら、叫んだ。
「この臭さ! ネバネバ! た、たまらん! なんだコレは!?」
「うん? あれ? 今、なんか聞こえたような。気のせいかな」
俺は周囲をみまわしたけど、他に人はいない。
「もっとくれ! もっとくれ!」
野良犬は、ハァハァ言いながら、俺の手をなめまわしている。
「犬がしゃべっているような気がするけど。気のせいかな」
子どものころから犬を飼っていた俺は、表情や気配から、犬が何を言ってるのかは、だいたいわかる。不思議なことに、人間の女子の考えることは、まったくわからないけどな。
俺も、今は、疲れはてているから。きっと、疲労のせいで、犬が話しているように感じているんだろう。
と思って、俺は、犬がしゃべっていることをスルーすることにした。
野良犬は、俺にむかって吠えるように言った。
「おい! この臭くてネバネバでねっとりしたモノを、もっとよこせ!」
「この納豆のよさがわかるか。みどころのある犬だ」
俺は、お椀に入っていた納豆を、犬に差し出した。
犬は、ペロリとたべてしまい、納豆まみれのよだれをだらだら垂らしながら、俺にむかって吠えるように言った。
「もっとくれ! もっとくれ!」
「待ってくれ。もうないんだ。納豆生成は、けっこう時間と魔力をつかうから、すぐには……」
俺のもつレアスキル『納豆生成』は、原料を何も必要としない。
何もないところから納豆を作り出すという、超高等魔法に匹敵するスキルなのだ。
だけど、『納豆生成』の魔力の消費はけっこう激しい上、俺は、もともと大して魔力をもっていないから、一日に作れる量には、限りがある。
まるで納豆中毒になったように、ダラダラとよだれをたらし、ギラギラとした目で俺を見ながら、野良犬は言った。
「もっとくれ! もっとくれ! この臭いネバネバをくれたら、なんでもやろう。なにが、ほしい? そうだ。くれたら、これをやる」
野良犬は、口の中から、納豆まみれになった平べったい石を出した。
平たい石には、文字が光り輝いている。
「これは、ルーン?」
ルーンというのは、様々な効果を付与する魔法アイテムだ。
1流の冒険者なら1つくらい持っていてもいいアイテムだが、俺は持っていない。だって、俺、3流だから。
なにはともあれ、こんなに激しく納豆を求められるとは。
俺はうれしくなったので、納豆を作ってやることにした。
「わかったよ。どうせだから、「究極の納豆」をつくってやるよ」
さっきまで、俺が食べていたのは、量産型の「ちょっといい納豆」だ。
「究極の納豆」は、俺の魔力では、1日1杯分しか作れない。だから、これを作ると、今日の俺の夕飯がなくなってしまうけど。
ここまでの納豆好きに出会ったのだ。
作るしかない。
さて、約30分後。「究極の納豆」ができあがった。
その間、野良犬は、ずっとお座りをして、ハァハァしながら待っていた。
俺は、究極の納豆が入ったお椀を、野良犬の前に差し出した。
一瞬にして、野良犬は納豆を食べてしまった。
「こ、これは!!!」
野良犬の毛が逆立ち、ふくらんだかと思うと、一気に、毛並みがよくなった。
薄汚れた野良犬から、ふわふわの気品すら漂う大型犬に。
「俺の「究極の納豆」には、こんな効果があったのか……」
俺が食べても、変化はなかったんだけど。きっと、犬の健康に納豆はとってもいいんだな。
「究極の納豆」を食べおえると、美しい白銀の毛並みの犬は、ふらふらと、立ち去って行った。
さっきまで犬がいた場所には、ルーンが放置してあった。
俺は、ルーンを拾って、装備した。
特に変化は感じなかったけど、冒険者人生で、はじめて手に入れた高級アイテムなので、気分はよかった。