7 碧眼
「そんなんほっといて、俺らと遊ぼうや。」
男の子と二人で砂場で遊んでいると、体格の良い男の子がやってきて、私の右手を掴んで連れて行こうとした。その後ろで二人の男の子がニヤニヤしてるのが癇に障る。
「あんた達と遊ぶんは嫌や。」
「ちょっとくらいええやん。」
「嫌なもんは嫌や。」
「ええから、ええから。」
男の子は掴んだ右手をグッと引っ張り、歩き出そうとした。
「痛いって。引っ張らんといて!」
右手を大きく降り、男の子の掴んだ手を振り払った。
私と遊んでいた男の子が立ち上がり、割って入ってきた。
「綾香ちゃん、嫌がってるやろ。」
「こりへん奴やなぁ、ええカッコしぃが。」
体格の良い子が、男の子を両手で押した。男の子はよろけて砂場に倒れた。
「弱タンのくせに、ええカッコすんなや。」
「なんやとぉ。」
男の子は立ち上がると殴りかかっていったが、ヒョイと交わされる。勢い余っているところを足を引っ掛けられて、転んでしまった。
「翔悟君、大丈夫?」
私は男の子のそばに駆け寄り、しゃがみ込むと声をかけた。振り返り、体格の良い男の子に言った。
「うちな、あんた達みたいに弱いモンいじめする子、嫌いや。」
キッと睨みつけた。
「もうええわ。行こか。」
三人は滑り台の方へと去っていった。
「ゴメンな、綾香ちゃん。」
男の子は立ち上がると謝ってきた。
「なんで翔悟君が謝るん?」
「俺の事なんかほっといてもええのに。」
「うちが一緒やと嫌?」
「嫌やない。」
「うちな、翔悟君のこと、好き。優しい翔悟君が大好き。」
「俺も綾香ちゃんのこと、好きや。絶対に強ぉなって綾香ちゃんを守れるようになる。」
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
美乃梨は目を覚ますと目覚まし時計を手に取って確認した。
時計の針は8時を少し回ったところだった。今日は日曜日なので、この時間に起きてもなんの問題もない。
体を起こしベッドに腰をかける様に座る。
『変な夢だったなぁ。』
美乃梨は夢の内容を思い出す。いつもなら夢に見た事をあまり気にする事はないのだが、今朝の夢は気になった。違和感の多い夢だったからだ。
『私が通った幼稚園とは違う制服だった。』
『私、関西弁を話してた。』
『綾香ちゃんて誰?』
『翔悟って子、カッコイイ感じだったなぁ。』
美乃梨は立ち上がり、部屋を出ると階段を降りてダイニングルームへと入る。美代子が朝食の準備をしていた。
「母さん、おはよう。」
「おはよう。って、美乃梨。どうしたの?その目は。」
美代子は美乃梨の顔を見て驚いた。
「えっ?ナニ?」
「カラコン入れたの?」
「え?何言ってるのかわからないんだけど。」
顔を洗い終えた亜矢子がダイニングルームに入ってきた。
「おはよう、騒がしいけど何かあったの?って、ンゲッ!なに?その目!」
「お姉ちゃんまで、なによ。私の目、どうかしてるの?」
「どうかしたもなにも…」
「?」
?と言う言葉があるのかと言われると難しいのだが、美乃梨の心境を?でしか表現できない筆者の力量不足をお許し願いたい。
「とにかく、鏡を見ておいで。」
亜矢子に言われ美乃梨は洗面台へと向かった。
鏡に映る自分の目を見て驚愕する。
「なんで目が青いのよ〜?!」
叫んだ美乃梨の様子は、筆者が表現するよりムンクの叫びを検索してもらう方が的確だろう。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
翌日の月曜日。
美乃梨は自ら学校に電話をかけ、病院に行くので休むと連絡を入れた。心配そうに応対した黒木の事を良い先生だなと思った。
沙也加には病院に行くので一緒に投稿できないと昨夜のうちにメッセージで伝えていた。
『代筆してもいいよ?』と返信があったのは謎だ。
電車で一時間ほどかかる総合病院に九時頃に着いた。ここは美乃梨が角膜移植手術を受けた病院だった。
美乃梨は先天性の水疱性角膜症を患っていた。軟膏などの薬で痛みを和らげる事はできても、根治するには角膜移植に頼るしか無かった。移植なのだから当然、拒絶反応という副作用がある。拒絶反応を抑える点眼薬は生涯の友となった。
病院には月に一度、拒絶反応の定期検査を受けに来ている。定期検査は予約して受診しているのだが、今日は予約無しなので受診に時間がかかると受付で断りを入れられた。
待ち合いで待っている間、美乃梨の目をジロジロと見る興味本位の視線に、美乃梨はたじろいだ。今まで美乃梨の美貌に向けられていた視線とは質が異なる為であろう。下を俯き、持ってきた文庫本から視線を逸さなくなった。
「桧山美乃梨さん、お入り下さい。」
呼び出しがかかり、診察室に入る。
主治医の田沼が美乃梨の目を見て、一瞬戸惑った様に思えた。
「今日はどうされました?と聞く事もありませんね。」
田沼は優しく微笑んだ。
「詳しく話してもらえますか?」
田沼の問いに美乃梨は昨日の事を話した。話すと言っても、朝起きたら目が青かったというだけの事なのだが。
美乃梨の話を聞いて、田沼は悩んだ。
「うーん。なんと言えば良いのか。」
頭の中を整理するかの様に田沼は話しだした。
田沼の説明を要約すると次の様になる。
目の色というのは眼球の『虹彩』といわれる組織のメラニン細胞と周囲の細胞の関係性で決まる。メラニン細胞の色素は黒が基本。メラニン細胞の密度により色の濃淡がうまれ、メラニン細胞以外の細胞の色との比率で黒以外の色の目になる。メラニン細胞以外の細胞色は遺伝子により決まっていて生後半年程で目の色は定まり、後天性で変化する事は無い。
美乃梨の場合、角膜移植により美乃梨の細胞とは異なる細胞組織を組み込んだのだが、角膜は無色であり、虹彩を覆っているだけなので目の色に影響を及ぼす事は無い。
実際に移植手術から一年以上過ぎているが、目の色についてなんら異変がなかった。
何を言っているのか理解できない。
とりあえずWikiさんありがとう。
説明を聞いてキョトンとしている美乃梨に対し、田沼は言い切った。
「つまるところ、原因不明なんです。」
医学は現代においても未完成な学問である。
風邪ひとつとってもそうだ。風邪の原因は解明されていない。
「精密検査を受けてもらいましょう。」
そう言うと控えていた看護師に色々と指示をだした。指示を受けた看護師がこちらへどうぞと美乃梨を案内した。
採血したり、頭部のMRIを撮ったりと様々な検査を受けた。病院を出た時には、辺りが黄昏に包まれていた。
最寄駅まで帰ってきた。改札口を出たところで美乃梨のお腹がグーと鳴った。
「お腹空いたなぁ。」
お昼を食べていない事に気がつくと、いっそう空腹感が美乃梨を襲う。
歩いているとすれ違う人々が美乃梨の目を凝視する。
電車の中でもチラチラと見られていたが、目を閉じていれば問題なかった。
今は歩いているので目を閉じる訳にはいかない。
「食べるのは後回しかな。」
美乃梨は眼鏡店に向かって歩きだした。
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