1 入学式(1)
四月八日、朝六時半。
ピピピピッ、ピピピピッ…
目覚まし時計のアラームで目を覚ました美乃梨は、ゆっくりと体を起こした。
「ふぁああ、あふあふ。」
大きく口を開けてあくびをした。
ベッドの端から足を出すと床につけ立ち上がり、壁に向けて歩きだした。壁には制服がかけられていた。制服の前で立ち止まり、二ヘラ〜と表情を緩めながら呟いた。
「今日から高校生なのよねぇ。ムフゥフゥ〜。」
パジャマを脱ぎ制服に着替え始めた。
着替え終わると全身が映る姿見に自身の姿を映す。
制服の構成は、白のブラウスに緑のリボンタイ。その上にキャメル色のダブルブレザー。濃い緑のスカートは遠目では分かりにくいが、赤や青の糸が織り込まれたタータンチェック柄。
ちなみにリボンタイの色は他に赤と濃紺があるが、学年の識別となっている。一年生は緑、二年生は濃紺、三年生が赤である。
「いいねぇ〜いいねぇ〜。なかなかイケてる感じ?」
自画自賛の様に思えるが、実はそうではない。美乃梨の美醜に関して言えば、十中八九の人が美人だと称するだろう。
漆黒と言える髪は腰まであるロングストレート。
顔の輪郭は卵型で、眉・目・鼻・口の均整が取れていて、美形と言って過言ではない。広めの額については本人が気に入らないようだが。
目元はくっきりした二重瞼、目尻は少し垂れ気味。瞳の色は日本人一般的なダークブラウンである。
体型はと言うと、身長は163cmあり日本人女性としては背が高い方である。胸の双丘も大きい(推定65E)。くびれるところはくびれていて、いわゆるボン・キュ・ボン。腰位置も高く脚はスラっと細長い。
制服試着会でゆったりめサイズのブラウスを購入したはずだが、リボンタイに隠れている第三ボタンが「勘弁して下さい」と言っている。破壊力は成長の一途を辿っている様だ。
真新しい黒革の通学鞄を持ち部屋を出る。階段を降りてダイニングルームへと入る。
「母さん、おはよう〜。」
「おはよ。いよいよ高校生ね。」
美乃梨が朝の挨拶をするとキッチンから母親である美代子が出てきた。
美乃梨は鞄を床に置くと、その場でクルンと一回りターンを決める。
「どう?どう?」
「いいわねぇ。制服、似合ってるわ。」
美代子が褒めると美乃梨はエヘヘ〜と照れ笑いした。
ダイニングテーブルの上に一人分の朝食しか用意されていないのを見て、美乃梨は尋ねた。
「お姉ちゃんは?」
「オープン担当だからってもうバイトに行ったわよ。」
四歳年上の姉は大学二年生。小洒落たカフェでアルバイトをしている。今日はオープニングスタッフ担当という事で、六時頃には家を出ていた。
父親は単身赴任中で、今は北海道に居る。
「母さん、顔を洗ってくるからパンを焼いといて。」
「はーい。」
美代子は六つ切りの食パンを一枚、トースターに入れてスイッチをひねった。
洗面台で美乃梨は歯磨き、洗顔を終え軽く化粧した後、手にヘアオイルをとると髪全体にオイルが行き渡る様に撫でつけ、ドライヤーとブラシで丁寧に髪を整える。
チーンとトースターが鳴った。
「パンが焼けたわよ〜。」
「はーい。」
そう返事してパタパタと廊下を駆け抜け、ダイニングに戻ってくる。
椅子に座ると合掌して感謝の言葉を述べる。
「いただきます。」
美乃梨はトーストに苺ジャムをたっぷり塗る(盛る?)とガブっとトーストにかじりつく。
朝食の献立は目玉焼き、ボイルしたソーセージ、ほうれん草のソテー、コーヒー。
美乃梨は目玉焼きはオーバーイージー派だ。筆者はオーバーハード派なのだが、それがどうした?と読者は突っ込んで欲しいところ。
「今日は何時頃に帰ってくるの?」
「入学式だけだから午後一時くらいかな。」
「そう。お母さん、今日はこの後出かけるからお昼ご飯は適当にお願いね。夕方には帰ってこれるかな。」
「じゃ、晩ご飯は母さん作れるのね?」
「そうね。でも冷蔵庫の食材が心許ないから、学校の帰りにスーパー寄ってくれると助かるなぁ。」
「え〜。ヤダ。」
「何でよ?」
「この前もそう言って買い物して帰ると、なし崩し的に晩ご飯作らされたもん。その手は二度とかかりません。」
「あらあら、バレちゃったかしら。」
「魂胆見え見えです。」
そんな会話をしながら朝食を食べ終えた美乃梨は、
「ごちそうさまでした。」
と合掌して立ち上がった。
鞄を持つと玄関へ向かう。
新しい革のローファーが出番を待ち構えていた。
靴ベラを使って靴を履いていると、美代子が玄関まで見送りに来た。
「行ってきます。」
「行ってらっしゃい。気をつけてね。」
「はーい。」
玄関ドアを開けて美乃梨は出発した。
学校は最寄駅から各駅停車で五駅とそこそこ遠い。家から最寄駅は徒歩で数分程度だ。
美乃梨が駅に着くと手を振っている少女がいた。
「美乃梨〜!おはよ〜」
「おはよ〜沙也加!」
少女の名前は池上沙也加。美乃梨と同じ中学校出身で、美乃梨の親友の一人だ。
「また同じ学校だね。」
「うん。沙也加がいてくれると何かと助かるから嬉しい。」
「何たって私は美乃梨の用心棒だからねぇ。」
「頼りにしてます。沙也加様。」
「ドーンと任せなさ〜い!」
などと軽口を叩きながら改札を抜け、ちょうど到着した電車に乗り込む。車内は通勤通学時間と言うこともあり、そこそこ混んでいて椅子に座る事は叶わなかった。仕方がないのでドア付近に二人で立つことになった。
美乃梨達が乗車した途端、車内の空気が一変した。乗り合わせた男性、特に男子高校生達の視線が美乃梨に集まりだしたのだ。
「予想はしてたけど、これ程とは〜。」
「ゴメンね、沙也加。」
「いやいや、美乃梨が謝る事では無いよ。美乃梨は大丈夫?」
「まぁ、慣れるしかないって事ね。」
その後は今流行りの歌は何だとか雑談しているうちに、学校の最寄駅に着いた。
電車を降りると同じ制服を着た生徒達がゾロゾロと改札口に向かっている。改札を抜けたら学校まで徒歩十分の道のりである。
学校まで歩いていると、ここでも美乃梨は注目の的となっていた。美乃梨は気にせずに歩く事にした。まぁ、小学校・中学校と似た状況だったので、今更感と言う事だ。
程なくして学校の校門が見えてきた。
『第九十四期生 入学式式典会場』
と書かれた立て看板が門柱に立てかけてある。
「美乃梨、写真撮ろ。」
沙也加が美乃梨の右手を取って校門へと駆け出す。
「ちょっと待ってよ、沙也加。」
急に手を引っ張られたので美乃梨は躓きそうになった。
校門の前では記念写真を撮ろうと生徒でごった返していた。でも生徒ばかりで保護者の姿は見受けられない。
高等学校教育は義務教育ではない。十五歳からは就労しても良い事になっている。高校生といえど立派な社会人なのだ。(と筆者は思う)
校門には
『私立 星城学園高等学校』
と書かれたプレートが門柱に埋め込まれている。
質実剛健をモットーとし、つい二十年程前までは男子校であった。少子化の影響で生徒数を確保する為に共学校へと転進して、今に至る。
この辺りでは有数の進学校として知られており、一般入学試験の設問難易度は高い。
大事な事なのでもう一度復唱する。
一般入学試験の設問難易度は高い。
校門で看板と一緒に収まった写真をお互いに撮りあってから、校内へと足を踏み入れた。生徒用玄関の入り口前に新入生のクラス分け表が張り出されていた。
「あ、あった。C組だ。美乃梨も同じクラスだ。」
「ほんとだ。沙也加と同じクラス!」
ヤッホーと言わんばかりのハイタッチをしたのはいいが力を込めすぎた為、二人とも右掌がジンジンと痺れる。アハハと苦笑いしながら玄関の下駄箱へと向かった。真新しい上履きを鞄から取り出して履き替え、既に名前の表記された下駄箱へと脱いだ革靴を収納する。
玄関を入ったロビーにある掲示板に校舎の案内が貼られていた。二人は一年C組の教室の位置を確認する。
「C組の教室はっと…あった!」
沙也加が声を上げる。教室棟四階に『1-C』と書かれた教室がある。
「四階ね。行こっ。」
「うん。」
美乃梨が促すと沙也加も応えた。
二人が階段を上って教室へ向かおうとした時、数名の男性教職員が大慌てで玄関から外へと飛び出していった。




