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プロローグ

初めての投稿になります。

拙い文章ですが、お読みいただければ幸いです。

 キンコーン、キンコーン、キンコーン…


 深夜2時。ナースセンターの集中監視装置が異常発生を告げる。詰めていた看護師が素早く監視装置に駆け寄り、異常の起きている部屋番号を確認して駆け出す。目的地の403号室に到着するまで十数秒。引き戸を開けて部屋に飛び込む。


 ピーーーーーーー


 生命監視装置が放つ無機質なアラーム音が、静かな病室内に鳴り響いていた。ディスプレイには0と数字が表示され、グラフプロットは横一直線。

 看護師は胸ポケットから内線用携帯電話を取り出し『緊急』と書かれたボタンを押すと電話機を耳にあてがう。スピーカーから聞こえる呼び出し音を六回数えた時に、相手が電話をとった。


「どうした?」

「先生。403号室の柏崎さん、HR(心拍数)フラットです!」

「わかった。すぐ行く。」


 必要な情報だけ伝えて電話を切ると胸ポケットに戻し、患者が被っている掛け布団を剥がす。胸部に両手を当てがうと心臓マッサージを開始した。

 

 ナースセンター奥にある宿直室のソファで仮眠中だった当直医は、電話をきると体を起こした。靴を履き、机に置いてあった聴診器を掴むと宿直室から飛び出る。


「ICUに連絡。403号室に緊急キットと除細動器!あっ、あとご家族の方に連絡!」


 ナースセンターに残っていた看護師達にそう告げると403号室へと駆け出していった。緊急キットと呼ばれる医療用具が揃えられたワゴンカートを押しながら看護師が後に続く。

 

「これで4度目か。ヤバいな…」


 今まで積み重ねてきた経験からくる勘は外れる事がなかった。




◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇




 数時間後。


 病院内の小さな会議室に、中年の男女が並んで椅子に座っていた。女性は俯いているので直接は見ることができないが、目は充血し瞼が赤く腫れていた。未だ溢れ出る涙をハンカチで拭っている。隣に座る男性は彼女の背中を左手でさすりながら、テーブルを挟んで向かいに座る主治医の説明を聞いていた。


「以上が綾香さんに施した治療経緯になります。」

 

 当直医から引き継いだ主治医がそう告げると男性は頭を下げて言った。

 

「色々とご尽力いただき、ありがとうございました。」

 

 男性に合わせるように女性も頭を下げた。

 会議室の空気が重く沈む。

 

「移植コーディネーターの牧野と言います。この度はご愁傷様でした。」

 

 主治医の隣に座っていた淡いグレーのスーツ姿の女性が男女に向かって頭を下げた。それを受けて男女も牧野に向けて頭を下げる。

 牧野は緑色のカードをテーブルの上に置いた。

 

「こちらは綾香さんが生前にご記入され、入院時に綾香さんからお預かりしていた臓器提供意思表示カードになります。」

 

 男女はカードに視線を移すと無言で頷いた。

 このカードは綾香が通っていた中学校で催された社会奉仕についての講演会で配られた物である。

 講演内容に共鳴した綾香は、その日の夜に自らの意思をカードに記入し、『柏崎綾香』と署名した。

 

「綾香さんは脳死および心停止時における臓器提供を意思表示され、ご署名いただいています。ご家族の署名も記入いただいています。内容についてお間違いありませんか?」

「間違いありません。家族代表として私が署名しました。」

 

 牧野の問いに対し、男性が明確に答えた。

 男性の名前は柏崎修司。綾香の父である。

 碧眼から溢れる涙が収まらない女性が柏崎エリーゼ。綾香の母である。

 

「では意思表示カードの内容とおり、綾香さんの意思を尊重し臓器提供いただくことにご了承いただけますね。」


 牧野が最終確認するとエリーゼが鼻をぐずりながら修司に向かって言う。

 

「い、嫌です。あなた…あの子を切り刻むだなんて…綺麗な…綺麗な体のまま家に連れて帰ってあげたい…」


 そう言って再び号泣しだした。


「私だってそうしてあげたい。でもな、エリーゼ。綾香は…綾香は自分の身に何かが起こった時、誰かの役に立つのであれば、自分の体を捧げて欲しいとあの日、私達に署名を願い出てきた時にそう言っていたじゃないか。親として綾香の気持ちを精一杯受け止めてあげよう。」

「でも…でも…」

「今、病気で困っている方の体の一部となり、綾香は生き続けるんだ。そう考えると綾香は今、終わってしまった訳じゃないだろ?綾香は誰かの為に生き続けるんだよ。」

 

 修司はエリーゼを諭す様に言った。が、膝の上で握り締められている右手拳はワナワナと震えている。断腸の思いなのだ。エリーゼは泣き続けた。修司は彼女の背中を優しくさすり続けている。牧野も主治医は黙って二人を見守り続けるしかなかった。

 

 十分ぐらい経っただろうか。

 エリーゼが落ち着きを少し取り戻し、声を発した。


「ええ、そう。そうですね。わかりました。私も綾香の気持ちを受け止めます。」

「エリーゼ、ありがとう。綾香の喜ぶ事をしてあげよう。」


 修司とエリーゼのやりとりを聞いて、牧野は再度確認する。


「では、綾香さんのご意思を尊重いただけると言う事でよろしいですか?」


 修司は無言で頷いた。エリーゼは「はい」と小さな声で返事をした。


 それを聞いて主治医が再び説明を始めた。


「綾香さんの場合、内臓器には1年に及ぶ治療で投薬された影響があると考えられます。したがって内臓器については移植への提供をいただけません。眼球だけを提供いただく事になります。」

「目ですか。目玉を丸々とってしまうんですね。」


 修司は主治医に尋ねた。


「私は移植手術に携わるのではないので何とも言えません。」

「そうですか。」


 しばらく沈黙が続く。牧野がその沈黙を破る。


「出来るだけ綾香さんのご意思に沿う様にいたします。」

「はい、よろしくお願いします。」

「よろしくお願いします。」

 

 牧野の言葉に対し、修司とエリーゼは頭を下げた。





 柏崎綾香 享年十四歳。

 彼女の想いは確かに引き継がれていく。

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