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焦がれるような恋の色が

作者: ヤミ狐


 私の世界には色がなかった。

 だが、一概に色がなかった訳ではない。


 例えば、熟れたりんごを見せられてこれは何色か、と問われれば私は間違いなく赤と答えるし、また、まだ若いりんごを見せられて同じように問われれば、私は緑と答えるだろう。


 私には全てが色褪せて見えていたのだ。

 ただただ私の活きるこの世界がつまらなかっただけ。


 両親もそうだった。上司に頭を下げ、懸命に働いて私たちを養ってくれる父。私たちの弁当を作ってくれたり、毎日忙しなく動き回って一家を支えてくれる母。

 我が両親は尊敬するに値する人ではあったものの、それと同時につまらない人間でもあった。限りなく普通だった。努力すると褒めて駄目なところを叱るだけだった。いっそのこと、酒でも呑んで怒りに任せ、私を殴ってくれたらなんて考えたこともあったくらいだ。

 まして、同級生たちなど、私から見るとまるで他人ひとの操る糸をくくりつけられた木偶の坊であった。言われたことをただただやってのけるだけで、しかも周りと溝ができることをビクビクと怯えて、これほど見ていてつまらない人間ものがこの世にあっただろうかと失望さえした。いや、失望するのをまぬがれなかった。そのため、私は学友などというものを作ることもなく、することもないのでひたすら勉学に打ち込んだ。

 高校を卒業する頃には学力も中々のものになっていて、私はそこそこいい大学に進学することができた。大学では何か面白いことがあるかと淡い期待を抱いていたがそれも無駄な期待だった。



 それどころか色はどんどん褪せていった。



 大学に入って二月ほどたった頃、ふと同じ講義で目にした女性がいた。ここにきて初めて見る女性であったが、彼女を見て驚いた。彼女には色があった。私はそれを見るといてもおられず、席を移動して彼女の近くに腰を下ろした。そして、講義中に失礼、私はあなたを初めて見たもので、と声をかけた。彼女は驚きながらも首を縦に振ってくれた。最初は世間話から始め、趣味や休日の過ごし方などについても話した。途中、講師に注意されたので授業が終わってから私は彼女をお茶に誘った。


 それからというもの、人と同じにいることを嫌っていた私は彼女といる機会が徐々に増えていった。そんな中、私の中には表しがたい感情が育っていることに気付いた。そのことに気付いた私は行動するが早かった。ある大学からの帰り道に告白をした。正直、返答を聞くのが恐ろしかったが、二つ返事で了承をもらい、思わず飛び跳ねてしまった。彼女は子供みたいだ、と言いながらもかわいらしい、ずっと大人な人だといった印象が抜けた、と笑ってくれた。その時の私は嬉し恥ずかしでたいそうほおが緩んでいたことだろう。


 彼女との交際は何か問題が起きるわけでもなく、順調に進んだ。翌年の彼女の誕生日に合わせ、食事の予約をとり、身を引き締めるために今日日きょうび珍しい黒のスーツに袖を通して指輪も用意した。


 待ち合わせの場所につくと彼女の姿はまだ見えなかったが、秋の冷たい風に吹かれながらも待っていると、しばらくして彼女の姿が見えた。綺麗だった。ただその一点に尽きる。髪を一本の三つ編みにまとめ、口紅をで染めた艶のある真紅(あか)色の唇と夜空のような紺色のドレスが彼女の美しさを一層際立たせており、私は見蕩れていた。いつもは地味目な服装のほうが多かったのだが、ドレスを着て、少しばかりの街灯に照らされた彼女は本当に綺麗だった。食事を終えて少し先にある川沿いの公園で美しい月の下で私は結婚を申し込んだ。

 今度も二つ返事で了承こそしてくれなかったが、その旨は貰えた。ただ、まだケジメをつけないといけないことがあるから待ってほしい、と伝えられた。その日の私は帰り道にやけに浮かれて帰ったのを憶えている。そこから一ヶ月もせぬうちに、彼女と同じ屋根の下で暮らすようになった。小さなアパートだったが、むしろそちらの方が私も彼女も好みだった。それからも喧嘩などなく、何度か彼女に不満を聞いてみたこともあったのだが、私の美味しそうに飯を食べているところが好きだ、と不満ひとつも上がってこなかった。私も不機嫌などの気持ちの荒ぶりがいつの間にか消えることが日常になり、アパートの戸を開ける頃には不機嫌さなど一切なくなっていた。そんな暮らしをいくらか続けてもお互いに不満がなかった。


 休日、彼女と買い物に言った時に向かい側から歩いてくる一人の若い男に彼女があっ、と驚き慌てた様子で私に、少し話があるから先に帰っていて、と言われて少し戸惑ったものの、大丈夫だから、と言い聞かせるように彼女が言った。私はそこで買ったものを持って先に家に足を進めた。道中、除け者にされたような気がして、憤りに近い不快感を抱いていたのだが、イラついていても仕方ない、と割り切った。彼女が居ない間に晩御飯の支度を済ませ、一人寛くつろいでいると、扉が開いた音がした。彼女が帰ってきて、私の顔を見て開口一番にごめんなさい、と謝った。私はそれほど怒っていない、と言ったのだが、机の上に置いていたコーヒーを飲もうとして、目に入ったそこにはそれはそれは眉をひそめ、不快感を全面的に出している私が映っていた。


 以来、時折あの男を初めて見た時のことを思い出すのだが、そのたびに、私は怒り、焦燥、不安のような、よくわからなくて形容しがたいものに駆られるのだ。今となってあの日のことがじわじわとよくわからないものをを焚き付ける。そのせいか、講義中など、外でイライラしていることが前にもまして多くなった。


 その日は、雨だった。正確に言うならば、その午後である。私はその日、午前で終わりだから、と高をくくっていた。しかし、思いのほか講義の片づけに手間取ってしまった。おかげで濡れて帰る羽目になってしまった。大学から小走りで、水溜まりを踏まないよう気をつけながら帰路に着く。屋根のある商店街をふぅっ、と一息つき、歩いて抜け、また走り出す。いつもと少し違う道だが、わからない訳でもない。だいぶアパートに近づいてきたところで道の先にアンティーク調でガラス張りのカフェを見つけた。今度、彼女と一緒に来ようか、そんなことをふと思いながらも足を急がせる。カフェの前を曲がろうとした時、見覚えのある横顔が。彼女だ。だが、一人でお茶を飲みにきているのか。いや、向かいに一人、座っている。以前、買い物の帰り道で会ったあの男だ。


 何を話しているのか。一度、彼女が嬉しそうにしていた。見間違いであって欲しい。あれは彼女なんかではない。これは嫉妬だろうか、妬みだろうか。


分からない。分からない。


私はただただがむしゃらに雨の中を走った。


 アパートに戻り、扉を開けたが、靴がなかった。彼女の姿はなかった。どれだけ呼んでも返事もない。


ぁああ、ああああああ。


膝から崩れ落ちる。ズボンが汚れた。目から涙が頬を伝い、落ちる。服が濡れた。そんなこと、今はどうでもいい。葛藤などではない。嘆きなどでもない。もがいている。苦しんでいる。憤っている。妬んでいる。もう、どれがどれだか分からない。そんなことさえもどうでもいい。このどうにもならないものをどうにかしたい。未だ雨の止まぬ空は暗い雲が覆い、くぐもった灰色だった。


 一時間ほど過ぎただろうか、時間感覚もないが、ようやく、落ち着きを……平静を取り戻せた。彼女を…迎えにいこう。幸いなことに日はまだ沈んでいないようで、薄い雲から太陽が透けてみえる。衣服を新しいもの着替え、濡れた衣服を洗濯機に放り込む。

しかし、雨はまだ降り止んでおらず、私はビニール傘を持ち、先程彼女を見たカフェまでの道のりを不確かながらもしっかりと歩んでいく。カフェまでの道のりを半分とちょっと超えたところで彼女が見えた。


 こちらに向かって歩いてくる。


 すると突然、黒いパーカーに身を包んだ男が彼女めがけて走る。その手には銀色に鈍くぎらめく包丁が一本。男は彼女の真正面から刺した。彼女の腹部からとめどなく血が溢れ出ている。私は彼女が倒れるところを何とか受け止めた。理解が追い付かない。

しかし、徐々に思考が廻りだす。私だ。私だったのだ。先程、彼女を刺していた男は私だった。彼女の傷口からとめどなく真っ赤な血が流れ出る。やがてその血は雨に濡れた地面に辿り着いて赤黒く色を変える。雨にうたれるのが酷く心地よい。私は今、後悔に浸っているのだろう。彼女の口が僅かに動く。雨のせいか、私のもとにその声が届くことはなかった。


 彼女は目を閉じてしまい、しばらくすると、私もじきに二色の赤色が見えなくなっていった。

ここでいくつか、小話を

カフェで彼女が会っていた男性は彼女の弟で家との関係があまり良くない彼女は彼を経由して両親と結婚のことについて話していたのです。律儀ですね、きちんと連絡をいれるなんて。まぁ、それが結果として嫉妬されて刺された訳ですから。

もちろん、彼女は刺されて生きていた、なんてつまらないエンドにはしませんよ。彼女は死にました。主人公が赤色が見えなくなったのは霞んで見えなくなったのか、褪せて見えなくなったのか、ご想像にお任せします。ではまた気が向いたら書いて投稿致します。ジャンルはバラバラですけどね。

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