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友達としかみられない  作者: ルン
三章 なぜ、カッターを盗まなかったのか?
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3-4 ただそれだけの関係

 翌朝、午前7時過ぎ。

 結局今日もほとんど眠れなかった俺は、安眠を諦めて、あるマンションを訪れていた。

 この街の東側、俺の家よりも大学に近いこの場所は、とある人物の家だ。

 ここを訪れた理由はもちろん、昨日の恨みを晴らすためである。

 目的の部屋の前まで行き、インターホンを鳴らす。

 ……部屋の主は出てこない。当然だ。集合時間は8時半。まだ1時間以上もある。

 俺ならまだ寝ている時間だし、起きていたとしても、わざわざ新聞や宗教の勧誘に出たい奴はいない。

 俺は構わず、何度もインターホンを押す。

 すると、6回ほど押したところで中からドタバタと足音が聞こえてきた。

 念のため、ドアスコープからは見えない位置に移動しておく。

 ガチャガチャとチェーンと鍵を弄る音がした後、ドアが開いた。


「はい……こんな時間に、何の用ですか……」


 出てきたのは、上下に黒いダボダボのジャージを着て、丸眼鏡をかけた貴理だ。

 寝起きなのか、髪はボサボサでノーメイクのすっぴん状態。いつもの華やかな面影は微塵もない。

 眠そうなまなこはたれ目になっていて、普段のつり目でキツそうな容貌とは受ける印象が大分異なる。

 こちらの方が可愛げがあるのではないだろうか。


「し、詳……」

「おはよう貴理さん。今日はずいぶんとラフな格好ですな」


 目をこすりながらドアを開けた貴理は、俺だと分かったとたんにあわあわと口に出さんばかりに慌てだす。

 そして、ドアを閉めようとしたので、足をはさんでそれを阻止した。

 ……テレビとか本ではこうするのが普通だと思っていたんだが、予想よりも挟まれている足が痛い。

 格好つけるためにも、痛がっていることはおくびにも出さないが。


「足、どけて……」

「まぁ待てよ。わざわざこんな早起きして迎えに来てあげたんだぞ?」

「頼んでない……何しに来たの」

「昨日の仕返し。スマホをカメラモードで準備してたら今の格好を永遠に残せたのかと思うと、残念でならない」

「や、やめて……こっち見ないで……」


 いつもとまとう雰囲気が違いすぎる。押しの強さや、俺を責め立てる苛烈さが全く感じられない。

 普段が飢えたライオンのようだと仮定したら、今は猛獣の襲来におびえるハムスターのよう。

 どことなく昨日の信濃さんに似た口調と態度で、これでは俺が一方的に虐めているように見えてもおかしくない。

 憂さを晴らしに来たはずなのだが、なんとなくモヤモヤしてしまった。

 目的を失った俺は、そろそろ足も限界なのでどかしてやる。

 バタンと大きな音が出るほど勢いよくドアが閉められ、中からカギがかけられる音が聞こえる。

 何もそこまで拒絶しなくても良いじゃないか……無理やり入ろうなんて思っていないというのに。


「約束の時間は8時半のはず……これから準備しなきゃだから、まだ時間かかる」


 扉越しに、中から声が聞こえてきた。


「まぁそうだろうな。俺は単に昨日の仕返しがしたかっただけだから、もう満足だ。駅前近くでどっかの店に入って待ってることにする。いきなり来て悪かったな」


 ここから離れようと思って踵を返すと、ドアが開かれる音がする。


「……ちょっと待って」


 ドアの方を見ると、開かれた扉の間から、胸の前でもじもじと手のひらをすり合わせる貴理の姿が見えた。

 何かを言おうと口を開きかけ、やめる。という動作を数回繰り返し、俺が十分焦れるだけの時間が経過した後、ようやく恥ずかし気に俯きながら言葉を紡ぐ。


「……そ、それだと、私が無理やり追い返したみたい。入れてあげる」


 手招きする貴理に従って、玄関へと入れてもらえた。


「……先に言っておくけど、案内するリビング以外を勝手に覗いたら容赦しない」

「今日はいつになく殊勝じゃないか? いつもと雰囲気違うし。何か悪いものでも食べたのか?」

「……むぅ。いいから、付いて来て」


 貴理に続いてリビングへと案内される。

 いつものピシっとした自信満々な印象と違って、服装も佇まいもゆるゆるした姿は新鮮だ。

 眼鏡をかけていることから、普段はコンタクトを付けていたのであろうこともさっき初めて知った。

 恐らく、今日こうして突撃しなければ一生見ることがなかった姿に違いない。

 もうかれこれ2ヶ月以上の付き合いになるが、こんな面があるとは驚きだ。

 ……とはいえ、人には他人に知られたくない秘密があるのが常。

 俺は貴理について特に詳しいわけではなかった。と、それだけのことだ。

 人付き合いなんて、概してこんなものだろう。


「私は別の部屋で準備する。ここから動かないで……あと、物も勝手に触らないで」


 通されたリビングは意外に質素なものだった。

 家具は機能性だけを重視したようなシンプルな木製のテーブルとテレビ、サイドボードが1つ。

 装飾らしいものはほとんどなく、強いて言うなら写真立てがサイドボードの上に置いてあるくらいだ。

 いつもの印象から、もっと優雅で華美な雰囲気を好むと思っていたが……


「言われなくても、勝手に探索したりしない」

「詳は信用できない」

「さいですか……」


 貴理は何度も念を押すと、置いてあった写真立てをわざわざ倒してから別の部屋へ移動していった。

 見られたくない写真でも入っているのだろう。彼氏とのツーショットとか。

 人の秘密を無理に詮索する趣味はないので、大人しく通された席に座りつつ、持ってきた本を読んで待つことにした。

 ……40分ほど待っていると、準備を終えた貴理がリビングに戻ってくる。


「待たせたわね。さ、行きましょう」


 寝癖でボサボサだった長い亜麻色の髪は綺麗に整えられ、ゆるく巻かれている。

 派手過ぎない化粧に、キツさを感じさせる、つり目で自信満々なまなざし。眼鏡は外されていた。

 赤と白を基調としたコーデは、優れた容姿も相まって華やかな印象を与える。

 今日も、お気に入りであろうワインレッドのロングスカートは欠かさないようだ。

 ……さっきまでの殊勝な雰囲気はどこへやら。いつもの貴理だ。


「……何よ。人の顔をじろじろと見て」

「いや、大変身だなと思って」

「失礼な奴ね! いいから行くわよ!」

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