3-3 ABCの法則
「本当!? 説明して!」
「多分な。……恐らくこれは、『ABC殺人事件』の模倣だったんだ」
俺の発言を聞くと、皆がポカンとした表情を浮かべる。
「ちょっと、何言ってるの? 詳。今回の件にアルファベットなんて『distortion』って単語以外に出てこないじゃない。それに、誰も殺されてなんかいないわ」
「何もそこまで模倣していると言ってる訳じゃない。この法則はそんな汎用性が低いものじゃないんだ。要点を考えてみろ」
「どういうこと?」
「この法則性の要点は、『頭文字の一致している2つのモノを結び付ける』ということだ。つまり、アルファベットじゃなくたって良いし、殺害じゃなくても良い。例えば、『あのつく人物からあのつくものを盗む』だって立派にこの法則性に当てはまるだろ」
「……確かに。『ABC殺人事件』を知っている人なら、すぐ法則性に気が付くわね」
「そうだ。そして、今回の犯行の被害者と盗まれたものを考えてみて欲しい」
そう言って、皆に貴理のメモが見えるようにする。
「1件目。俺こと『わたぬき しょう』から、『わりびきけん』が盗まれている」
「……なるほど。2件目は『かりや こうき』さんから、『かんしょうけん』ですか」
メガネが納得したように息をのんだ。
「そう。もう皆分かるだろうが、3件目は『しなの あかね』さんから『しょうさっし』が盗まれている。どれも被害者と盗まれたものの頭文字が一致する」
「……だから、『割引券』や『小冊子』なんて価値のないものを盗んだというの? 頭文字が合うから?」
「恐らく、頭文字が合っていればなんでも良かったんだろう」
ここまで言えばどんな馬鹿でも分かる。メガネと信濃さんはしきりに何度もうなずいていた。
しかし、貴理は首をかしげて不満げに俺を睨む。
「ちょっと待って、そんなの私納得できない。『ABC殺人事件』では、『A』から『A、B、C、……』と順番に殺されていくのに意味があったはずよ。被害者と盗まれたものの頭文字が合っているからって、適当な順番じゃ法則性を守っているとは言えないんじゃない? これじゃ、次の被害者の頭文字も予測できない」
「確かにその通りだ。『あ、い、う、……』や『い、ろ、は、……』という順番ならともかく、『わ、か、し、……』じゃ誰も納得しない。その順番を保証するバックグラウンドが常識として根付いていないからだ」
「そうよね。私なら絶対納得できないもの」
「だが、その順番を示すものが事前に配られていたとしたら?」
「え? 何?」
驚いている貴理の眼前に、今まで何のために置かれたのか分からなかった記事のコピーを突きつける。
「このウェブ新聞のコピーと思しき紙切れ。これが順番表、兼、被害者リストだったんだ」
「これが? いったいどこに順番があるっていうのよ。そういうのは普通表とかにするでしょ?」
「まぁ、良いから読んでみろよ」
そう言って、貴理に例の紙切れを渡し、自分も改めて目を通してみる。
『今どき高校生の恋愛事情、デート等の実態!』
本日は今年で高校三年生になった、渡貫凪沙さんと、刈谷悟志さんのお2人に、高校生の恋愛事情について質問した。
「学生の男女関係については、昔に比べると積極さがなくなってきていると一般的に言われてますよね。ほら、草食系って言葉が流行ったりして。実際はどうなんですか? 付き合う回数とかカップルの数、デートの回数とかあまり多くはなかったりするんですか?」
渡貫さんが回答を渋っていると、刈谷さんの方が答えてくれた。
「いや、そんな少なくはないと思います。自分たちの周りにも普通にカップルがいますし、デートだって普通に行きますし」
「では、世間のイメージ程消極的なわけではないと?」
「自分はそう思いますね」
「なるほど。ところで、お2人はどうやってお付き合いされたんですか?」
唐突に繰り出された筆者の意地悪な質問に対し、2人は多少赤面しながらも答えてくれた。
「えーっと、まず自分の方が凪沙に一目ぼれしちゃって……共通の友人だった信濃悠って友達に凪沙のラインを教えてもらったんです」
「ほー、ラインですか。凄い便利ですよね」
筆者も高校生になる息子からラインについては聞いているし、筆者自身も家族と連絡を取るときによく利用している。
息子から聞いたところによれば、彼のクラスの全員がラインをやっていて、クラスの皆でグループを作ったりもしているのだとか。
連絡事項等はそこでやり取りされ、個人的なやり取りもラインですることが基本だと聞いた。
そしてラインを通じて、『友だちの友だち』といったそれまでは関係が希薄だった人達とも仲良くなり、そこで気が合えばお付き合いが始まることも多いらしい。
つまり、話を聞いた渡貫さんと刈谷さんの交際は、今どきの高校生のスタンダードということだ。
「その後何回かラインでやり取りして、2人で遊びに行こうってなって……」
「お、デートですね?」
「はい。それでお互いに気が合うことが分かって、自分から告白しました」
「なるほどなるほど。いやぁ、甘酸っぱいですね! 因みに、デートはどこに行くんですか?」
「え? 別に普通ですよ? 映画とか遊園地とか……」
「その辺りは私が学生だった頃とあまり変わりませんね」
「そうかもしれませんね」
より詳しく話を聞いてみたい気もしたが、流石にこれ以上根掘り葉掘り聞くのは野暮というもの。
これくらいにしておこうと思い、質問を終えた。
(筆者:左沢浩二 平成28年6月26日)
「……どうだ? 分かっただろ?」
「えぇ。なるほどね……人名の出てくる順番だったってわけ」
「その通り。この記事を読むと、『渡貫』、『刈谷』、『信濃』の順で人名が登場している。そして、被害に遭った人の順もこれに一致する。偶然とは思えない」
「犯人はこの記事に出てくる人名と名字が一致する人たちから、この記事に出てくる順と同じ順番で、頭文字が一致するものを奪っていったってこと?」
「そう考えるのが妥当だろう」
「……でも、それだと犯行は3人で終わりってこと? それにタロットカードの意味は何だったの?」
「まぁ待て。1つずつ答えていこう。まず、3人で終わりかについてだが、それは違う。犯行はもう一回行われる。それも、恐らく明日の午前にだ」
「どういうこと!? 記事に書いてある人名は3つしかなかったじゃない!」
「いやいやいや……よく見ろ。人名は4つ書いてあるだろ……」
俺の言葉を聞き、貴理はもう一度記事のコピーに目を通す。
そして、最後まで読んだところで声を上げた。理解できたのだろう。
「あ! 最後の所ね? 筆者、『左沢 浩二』って書いてある。つまり、『左沢』が名字の人が最後のターゲット?」
俺と貴理、信濃さんの3人が黙ってメガネの方を見る。
メガネは、相も変わらず眼鏡をクイクイさせていた。
「この大学に『左沢』が何人いるかは分からないが、次のターゲットは学内で名字が『左沢』の人で間違いないだろう」
「ここまで言われると、確かに……じゃあ、さっき言ってた明日の午前っていうのは?」
「そっちは簡単。今までの被害者の盗まれた時間を見てみろ。全部午前中だろ? しかも、犯行は連日行われている。だとしたら、次の犯行は明日の午前中だと考えるのが自然だ。因みに、ターゲットが学内から選ばれると判断しているのも、今までがそうだからだ」
「それって――」
「そうその通り。お前の大嫌いな、単なる憶測だ。保証はない」
「むぅ……」
「ただ、割と説得力のある帰納的推理だと思うけどな」
いつも発言を遮られる側なので、今回は先回りしてやった。割と気分が良い。
「まぁそれはそれで良いとして、もう一つ、タロットの方はどう考えてるの?」
「毎回逆向きに置かれていることには必ず理由があるはずだ。タロットの仕組みで、逆向きに置かれることに何か意味があったりしないか? それから、いいかげん『distortion』の意味も知りたい」
「……あんた、今まで自分で調べようとしてこなかったわけ?」
「全く興味がなかったからな」
「はぁ……私、調べておいたわよ。タロットで逆向きに置かれているのは『逆位置』を示しているの」
「『逆位置』? 何だそれは?」
「どうやら、本来の意味の否定を表すようね。簡単に言えば、『逆位置』なら逆の意味ってこと」
「『distortion』の方は?」
「そっちは、やっぱり英単語で、『歪めること、歪み、捻じれ、歪曲、曲解』って意味があるみたい」
「なるほど……」
貴理から聞いた情報を少し考えて、説明がつくように整理していく。
「なら、こういうのはどうだ? 『死神』のタロットは最初に案として出ていた通り『盗難』を意味する『犯行声明』。また、『死』という文字から『4』、つまり、被害者は4人であることを明示している」
「裏の『distortion』と『逆位置』はどう考えるの?」
「俺たちはこの文字があることで毎回『同一犯』だと確信していたよな? だからこれは、犯人なりの署名だったんじゃないか? 『曲解』を逆位置で否定している。要は、『間違えるな』って意味の」
「分からなくはないけど……この犯人、模倣犯の可能性なんて本当に考えていたの?」
「こういう事件を起こす奴は総じて自己顕示欲が強いはず。何せ、こんなの『目立ちたい』以外の何ものでもないからな。盗んでいる物は無価値なモノばかりだし。そういう奴は、真似されるのを一番嫌がるんじゃないか?」
「まぁ、確かにね……」
貴理は多少不満げだが、これで犯人が残していったものにはすべて説明がついたはず。
残る問題は、どうやってこの犯人を捕まえるか、だ。
動機的には、自身のルールに縛られているとはいえ『愉快犯』に属するだろうこの犯人は、誰がなってもおかしくないもの。動機で絞っていくにはあまりに候補が多すぎる。
……一応、ある程度絞れなくはないのだが、それでも候補はとても多いだろう。数十人、あるいは数百人規模か。
そうなると、残る方法は、ただ1つしかない。
「えっと、メガネ、じゃなかった……左沢さんに聞きたいんですが、昨日『左沢』の名字が付く人は学内には他にはいないって言ってましたよね? 何でそれが分かるんですか?」
「それはですね……私達『マイルリバー編集会』は、この大学の入学生全員にアンケートを配っているんですよ。渡貫さんも入学時にやったはずです」
『マイルリバー編集会』のアンケート? やったはずだと言われても、全く記憶にない。
「すみません……全然覚えてないです」
「そうですか……そのアンケートは、『学部、学科、名前、興味のある講義』等を入学生全員に聞いていて、答えると学生協での買い物がお得になるクーポンがもらえるんです。なので、毎回8~9割程度の入学生が答えてくれています」
「つまり、そのアンケートから名字が『左沢』の人が他にいないと判断したわけですか? 左沢さんはアンケート結果を見ることが出来ると」
「そういうことになります。個人情報なので取り扱い注意となっていますが、幹部は見ることが出来ますね。見ようと思えば恐らく、『マイルリバー編集会』の人ならば幹部以外でも見ることが出来ると思いますが」
「そこまで厳重に保管されているわけではないと」
「そう言わざるを得ませんね」
「なるほど……ただ、確認したのはあくまで全体の8~9割ですよね? 残りの1~2割に他の『左沢』さんがいる可能性は否定できない、ということですか?」
「そうなります。ただ、私自身『左沢』という名字がとても珍しい自覚があります。今までの人生で、親戚以外にこの名字を見たことはありませんし、残りの1~2割に他の『左沢』さんがいたなんて都合の良いことはそうそう起こらないのでは?」
「確かにそうですね」
メガネの言う通り、他に学内に『左沢』がいる可能性は低い。
推理で犯人を導くことが困難な今、犯人を捕まえたければ、やるべきことは1つだ。
「貴理、今までの話をまとめると、今回の犯人は『愉快犯』。故に、残された手掛かりや動機から絞っていくのは困難だ。しかし、捕まえられる方法が1つだけある」
「……現行犯逮捕ね。あまりスマートなやり方じゃないけど」
「贅沢言うな。この手の犯行は、犯人自身が自分の作ったルールに縛られてしまうのが弱点だ。普通はそれでも捕まえるのは無理だろうが、今回は違う」
「もう犯行時間も、誰を狙うかも、大方予想がついてるからね?」
「そうだ。さっき説明した通りだとすれば、次の犯行は明日の午前。ターゲットは恐らく名字が『左沢』の人。そして、学内ではそれはそこにいる左沢さんの可能性が高い。となれば、やるべきことは1つだ」
「明日の午前、左沢さんを見張ること」
「その通り。今までは神出鬼没感が強くて捕まえようなんてまっぴらごめんだったが、次に狙われる人物が1人に絞られていれば話は別だ。張っていれば必ず食いつく。こんな楽なことはない」
「はぁ……あんたって奴は……手が届きそうだと分かって、ようやくやる気を出したの?」
「人間なんてそんなもんだろ。労力をかけるにあたって一番怖いものは何か? それは、その頑張りが徒労に終わることだ。人は誰でも未来に保証が欲しいもんなんだ」
人は一度何かに投資してしまうと、それが泥船であったとしても、それまでの投資を惜しんで簡単には抜け出せない。
だからこそ、乗る前にその船が安全かどうか確認したがるのは当然だ。
「はいはい……」
「と言うわけで、貴理、明日は見張り頼んだ。犯人が捕まったら俺に連絡してくれ」
俺がそう言うと、貴理は目を見開いた。次の瞬間、思いっきり冷たい視線を送ってくる。
「はぁぁぁぁぁぁあ!? 何言ってんの!? あんたもやるに決まってるでしょ! あんたの発案なんだから!!」
「やっぱり? 俺、寝てちゃダメ?」
「ダメに決まってるでしょ。強制参加よ」
「はぁ……」
やはりダメか。もしかしたら明日こそは安眠を得られるかもと期待していたのに……
「……仕方ない。後作戦に必要なものは、犯人に狙わせる餌だな。左沢さん、何か『あの付くもの』を持っていたりしますか?」
「それなら問題ないです。実は私もアガサ・クリスティーが大好きなんです。特に『アクロイド殺し』が好きで、いつもカバンに入れて持ち歩いています。今も持っていますよ」
そう言ってメガネはカバンから一冊の本を取り出して見せてくれる。
読みかけの本ならともかく、恐らくもう何度も読んだであろう本をいつも持ち歩いている奴は初めて見た。
そんな奴本当にいるのか……
「これで準備はバッチリね、詳。後は明日を待つだけ」
「あぁ。ようやくこの面倒な事件から解放されて、真の安寧が訪れると思うと待ち遠しいな」
「はぁ……左沢先輩、信濃さん、今日はありがとうございました。左沢先輩には明日のことを、後で連絡しますね」
「分かりました。待っています」
「あ、あの……途中からはほとんどお役に立てなかったですけど……頑張ってください……」
2人はそう言うと、席を立って部屋から出ようとする。
信濃さんがドアノブに手をかけた時、貴理が声をかけた。
「あ、信濃さん! ……その、お節介かもしれませんが、もっと自分に自信を持って下さい。信濃さんは、多分ご自身の評価が低すぎると思います。もっと、素敵な方ですよ」
貴理の言葉を聞き、信濃さんが一瞬固まる。
そして、こちらを振り返ると、ぎこちない笑顔を浮かべた。
「そ、その……ありがとうございます。出来るだけ、頑張ってみますね……」
そう言って、今度こそ部屋を出て行った。
「……最後のは何だったんだ?」
「あんたには関係ない」
「さいですか……俺のことも、もっと褒めてくれても良いんだぞ? 『渡貫先輩はご自身の評価が低すぎると思います』って」
「あんたは自己評価が高すぎる。もっと謙虚な心を持った方が良いわよ?」
「これでも、自己評価はかなり低い方だと思ってたんだが……」
「なら、最低値を更新する必要があるわね。温度で例えるなら、『摂氏-273.15度』が丁度良いと思うわ。あ、分かりやすく言い換えると、『絶対零度』がお似合いよ」
それ以上下がないってことですか、そうですか。
「……そう言えば、真面目に聞いたことがなかったが、お前はどうしてこんなことしてるんだ?」
「なんのこと? 『死神盗難事件』の話?」
「いや、このサークルのことだよ。どうしてこんな活動してるのかと思って」
「何回も言ったでしょ? 一身上の都合よ」
「……それ、本気だったのか?」
「本気も本気、大真面目よ」
「あっそう。てっきり他人の為がどうこうとか言うのかと思ってたよ」
今俺たちがやっていることも含めて、ボランティア活動なんて偽善の極致。
それに参加してる人たち全員を否定はしないが、自身が「見返りなしに他人のためにやっている」と思い込んでいる奴らは質が悪い。
それは真っ赤な嘘だ。見返りはもらっている。
「他人から感謝されると気持ち良い、他人のために働く自分はかっこ良い」という、精神的な見返りだ。
他にも、社会的なイメージ向上だとか、就活の際の面接官へのアピールだとか、空いている部室を好きに使える権利だとか、報酬になりえるものなんて腐るほどある。
要は、結局自分のためにやっているということ。
世の中に、真に『他人のため』なんて動機は存在しない。全員が利己主義者なはずなのだ。
それなのに、それを認めず、『他人のため』と言い張る奴らはとことん気に食わない。
ハッキリ言って、大嫌いだ。反吐が出る。
こいつも、そんな偽善者の1人。今までは、そう思っていた。
「そんなこと言うわけないでしょ。私は、私自身のためにこうしてるのよ」
そう言った貴理の瞳には、強い光が宿っていた。
――何らかの決意と、覚悟を感じる。
「情けは人の為ならず、ってね」
その先の言葉は、『巡り巡って自分のため』。
「じゃ、私もそろそろ帰るわ。あんたとここにいても、どうしようもないしね」
「その言い方は、どうにかならいんすか」
貴理は自身の分の紅茶の残りを飲み干すと、席を立って扉の前まで歩く。
そして、少し顔をこちらへ向けると、口を開いた。
「詳、あんたなら今回の事件、必ず解き明かせるって期待してるわ。……戸締り、よろしくね」
最後にこう言い残すと、貴理は扉を開けて部屋を出て行った。
……その言葉の何かが気にかかったが、果たしてそれは何だったのか?
疑問はしばらく脳裏をよぎっていたが、時間が経つと泡のように消えて行って、最後にはきれいさっぱり忘れてしまった。




