3-2 見つけ出した綻び
約束の時間の15分前、俺は大学の門をくぐっていた。
時間に関して大分ルーズな俺が15分前行動とは、我ながら珍しいことだ。
それほどに、怒った貴理が怖かったということでもある。
待ち合わせ場所はいつものあの部屋だ。どうやら貴理が今回の被害者とあのメガネを招待しているらしい。
旧学生会館の5階に向かい、例の部屋の前まで来ると中から人の気配がする。
貴理の方が先に着いていたようだ。一応時間を確認すると、まだ約束の時間より少しだけ早かった。
「ちゃんと約束通り来たわね。10分くらい遅れてくるかと思ってた」
「失礼な。俺にだって約束を守るときくらいある」
「約束は常に守らなきゃダメなのよ? 知らなかったの?」
「で? メガネと被害者はいつ来るんだ?」
「そろそろ来るはずよ。左沢先輩はあんたと違って約束は必ず守る人だから」
「さいですか」
俺と貴理が軽口をたたき合っていると、コンコンとドアがノックされる音が響いてきた。
ドアを開けて、昨日も見たメガネと初対面の女性の2人が部屋に入ってくる。
女性の身長は大体150センチほどだろうか。
眼鏡はかけていないが、三つ編みおさげの髪形とモノトーンカラーを基調にしたカーディガンとシャツ、ジーンズの組み合わせが真面目な印象を与える。
大学生にしては地味な格好だが、ウェイや体育会系よりは大分マシだ。
2人は部屋に入ったとたん、目を見開いて驚いていた。
汚すぎて物置に見えたのだろう。自分も逆の状況だったらそうする自信がある。
その後、何事もなかったかのように取り繕うと、貴理が事前に用意していたパイプ椅子に座った。
「左沢先輩、彼女が例の?」
「そうです。『死神盗難事件』の第三の被害者、『しなの あかね』さんです」
「え、えっと、初めまして……文学部2年の『しなの あかね』です……」
『しなの』さんは、目線を逸らしてぼそぼそと話す。そわそわしていて、あまり落ち着きもない。
見た目の印象のまま、見知らぬ人と話すのは得意ではなさそうだ。
「理工学部4年の渡貫詳です」
「経済学部1年の角川貴理です。よろしくお願いします」
「……よ、よろしくお願いします」
「では、まずは名前に使われている漢字から、詳しく教えてもらえますか?」
メガネがそう言うと、昨日と同じく貴理が手帳を取り出す。
今回もメガネが質問して、貴理がそれを手帳にまとめるらしい。
「え、えっと、信じるの『信』に、濃度の『濃』、朱色の『朱』と『音』で『信濃朱音』です……」
「ありがとうございます。では、被害の概要を教えてもらえますか?」
「は、はい……」
「確か、盗まれたのは何かの小冊子でしたよね?」
「そ、そうです……近くのショッピングモールのパンフレットがなくなっていました……」
「それは、失くしたという可能性は?」
「い、いえ、ないと思います……今日の朝、道で配っていたのをカバンに入れて、その後触っていませんから……」
「なるほど。では、他に何か盗まれたものがあったりはしませんでしたか?」
「な、なくなったことに気づいた後、慌ててカバンの中を確認したんですけど、財布やスマホは無事で……一緒に入れていた教科書や本もそのままでした……」
「筆箱の中はどうでしたか? 多分持ってきていらっしゃいますよね?」
「あ、はい。持ってきています……と言っても、シャープぺンと消しゴム、ボールペンぐらいしか入っていなくて……もちろん全部揃っていました……」
「つまり、カバンの中に全ての持ち物が入っていたが、犯人に盗まれたのは小冊子だけだったと、そういうことですか?」
「は、はい……そうなります……」
今回犯人が盗んだものはショッピングモールの紹介用小冊子か……
前回の鑑賞券はまだ理解できたが、またも初回の割引券と同じく意味不明なものに戻ってしまった。
しかも、やはりそれだけ。今回はカバンの中に財布やスマホが入っていたが、それには手を付けなかった。
この犯人は、一体何がしたいんだ?
「では、今日の行動を時系列に沿って具体的に教えてもらえますか?」
「は、はい……えっと、今日は8時に家を出て、電車に乗ってこの街まで来ました。駅に着いたのが大体8時半くらいです……その後、道でパンフレットをもらって、9時前には大学に着いて、講義がある教室に入りました……」
「盗まれたのは、いつですか?」
「2限の講義が始まる前の休み時間です……教室に荷物を置いた後、その、お手洗いに行こうとして席を外したんです……それで、戻ってきたら……席に、これが……」
信濃さんはそう言って、カバンから例のタロットカードと記事のコピーを取り出す。
タロットの裏面には『distortion』の文字。同一犯だ。
「置かれていた時の状況はこんな感じでしたか?」
貴理が手帳に書いてある図を見せる。
「は、はい……机にこう置かれていました……間違いありません……」
「分かりました。因みに、戻ってきたとき、周囲に怪しい人物がいたりはしませんでしたか?」
「えっと、驚いてカバンの中身を確認した後、後ろの席の人に聞いてみたんですけど……スマホでゲームをしていたみたいで……見てないって言われました……」
「他の人にも聞いてみましたか?」
「い、いえ……その、後ろの人にしか……どうせ見てないのかなと思って……」
「分かりました。因みに、その講義が行われた教室はどこですか?」
「16号館の203教室です……」
「大教室ですね。そうなると、学生同士互いに面識があるような講義ではなかったと」
「そ、そうですね……私、元から友達は少ないですけど、あの講義には知り合いは誰もいません……」
今回も前回と同じく衆人環視の状況。
しかし、大教室での講義前の様子と言えば混沌の一言。誰も他人のことなど気にしてはいないだろう。
皆お友達とのおしゃべりに夢中か、あるいはスマホでゲームをしたり音楽を聴いていたりと、自分の世界に閉じこもっているかの2択だ。
あまりに目立つような行動をしない限り、目に留まる可能性は低い。
そして、今回は前回と違い、犯行時にその場にいた他の人から話を聞くことは困難だ。
目撃情報はないと思った方が良いな。
「角川、大体の情報は出たと思いますが、まとまりましたか?」
「はい。とりあえず今出たものはまとめてみました」
・被害者:信濃朱音(文学部2年)
・犯行場所:講義棟16号館、203教室 (衆人環視の中にあったと考えられる)
・犯行時刻:午前10時半~午前10時45分の間
・盗まれたもの:小冊子
・現場には『死神』のタロットカードと新聞記事のコピーが置かれていた(置かれていた状況は別図)
・タロットの裏には『distortion』というメッセージ (同一犯の可能性高)
・怪しい人物の目撃情報はなし (手に入らない可能性高)
貴理の手帳を覗くと、今回の概要がまとめられている。
3件目が出た以上、2件目の時に疑っていた工作サークルの内部犯の可能性はかなり低くなった。
しかし、それだけだ。目立った情報が何もない。
「詳、もう3件目よ。そろそろなにか共通点が見えてくると思うんだけど……」
「確かにそうだな……」
犯人はわざわざ死神のタロットカードと記事のコピーを置いていっている。
意味不明な盗難品の数々も含めて、何らかの意図があるのはほぼ確実だ。
何の考えもない単なる愉快犯でない限り、これらの犯行には必ず共通点があるはず。
……今後も事件が起こるたびに貴理にたたき起こされたのでは、たまったものではない。
そろそろ俺の安眠を妨害する犯人を、特定しなければならない時だ。
貴理に手帳を借り、今までの犯行の情報を振り返ってみる。
1件目
・被害者:渡貫詳(理工学部4年)
・犯行場所:学生食堂
・犯行時刻:2限の最中 (午前10時半過ぎ~午前12時の間)
・盗まれたもの:割引券
・現場には『死神』のタロットカードと新聞記事のコピーが置かれていた (置かれていた状況は別図)
・タロットの裏には『distortion』というメッセージ
2件目
・被害者:刈谷光輝(商学部3年)
・犯行場所:北公園、周遊道途中のベンチ (衆人環視の中にあったと考えられる)
・犯行時刻:午前10時過ぎ~午前11時半の間
・盗まれたもの:鑑賞券
・現場には『死神』のタロットカードと新聞記事のコピーが置かれていた (置かれていた状況は別図)
・タロットの裏には『distortion』というメッセージ (同一犯の可能性高)
・怪しい人物の目撃情報はなし (目に留まらなかっただけの可能性もアリ)
3件目
・被害者:信濃朱音(文学部2年)
・犯行場所:講義棟16号館、203教室 (衆人環視の中にあったと考えられる)
・犯行時刻:午前10時半~午前10時45分の間
・盗まれたもの:小冊子
・現場には『死神』のタロットカードと新聞記事のコピーが置かれていた (置かれていた状況は別図)
・タロットの裏には『distortion』というメッセージ (同一犯の可能性高)
・怪しい人物の目撃情報はなし (手に入らない可能性高)
これら3つの事件の被害者、盗まれたもの、時間、場所……
そして、新聞記事のコピーと、逆さまに置かれたタロットカード。
ふと、脳裏に何らかの引っ掛かりを感じた。
ただ、それは酷く漠然としたもので、まだ形にはならない。
何か、何かがある気がする。何だ? 何が気になっている?
しかし、もう一度メモを真剣に見返しても何も浮かんでこない。
あともう少し、喉まで出かかっている気がするのだが……
「あ、そういえば、お茶も出してなかったわ……左沢先輩、信濃さん、何か飲み物を出そうと思うんですが、紅茶とコーヒーならどっちが良いですか?」
「あ、えっと、紅茶で……」
「私はコーヒーでお願いします」
「分かりました。詳は紅茶で良いわよね」
「あぁ。頼む」
貴理がお茶を入れようと席を立って、部屋の隅に常設してある電気ケトルの方へ向かおうとする。
すると、床に置いてあった信濃さんのカバンに足を引っかけてしまった。
バラバラとカバンの中身が床に散乱する。
筆箱、財布、教科書、スマホ、そして本。先ほど信濃さんが言っていた通りのものが出てきた。
「あ、すみません! ……あれ、これって『ABC殺人事件』ですか? アガサ・クリスティーの!」
自分でまき散らしてしまったものを拾おうとして、貴理が本のタイトルに気づく。
「は、はい、そうです……私ミステリーが好きで……」
「へぇ! 奇遇ですね! 私アガサ・クリスティー大好きなんですよ! 『ABC殺人事件』、名作ですよね。もう読みました?」
「も、もちろんです……もう3回は読んでいて、今4周目をしているところなんです……」
「面白いですよね! 『Aが付く場所でAの付く人物を殺害する』。法則性としては単純ですけど、最初に思いつく人っていうのはやっぱり天才だと思います!」
「わ、分かります……」
その2人の会話を聞いていて、先程までの漠然としていて靄がかかったような思考が急にクリアになる感覚がした。
慌てて3件の情報と、記事のコピーを見直す。
――そして、ようやく理解できた。この犯行の法則性が。
俺がそうしている間に運ばれてきた紅茶を一口飲み、皆に向かって向き直る。
「……分かったぞ。犯人の犯行の法則性ってやつが」




