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友達としかみられない  作者: ルン
二章 割引券盗難事件
17/33

2-10 根源的に時間的存在

「今回の件、説明を聞いてしまえばそうとしか思えないけど、木村先輩から話を聞いた時点では謎だったわ。木村先輩も、多分良い結果を期待してたと思う」

「そうだろうな」

「それは、どうしてなのかしらね……?」

「あいつが言ってただろ、『俺自身が目的に決まってる』って。要は『向こうから話しかけてきてくれたのだから友好的に違いない』と、思い込んでしまっていたんだ」


 人は、その人に見えている側面とその人自身の価値観でしか他人を測れない。

 今回の木村の判断もそれだ。

『向こうから話しかけてきてくれたのだから友好的に違いない』というあいつの価値観が、事実とは異なる見解を生んだ。


「要は、あいつは見たいものしか見てなかったってことだな。ある意味自業自得だ」

「そうかもね」


 貴理の前ではこう言ったが、俺は多分に木村へ同情していた。

『見たいものしか見ていなかった』だなんて、随分都合の良い言葉だ。人にはそれしか出来ないというのに。

 人は本質的に孤独なのだから、他人と完全に分かり合うということは絶対に無理だ。

 相手が自分に見せてくれる面を必死にかき集め、白紙の紙に張り付けて実像に近くなるように虚像を作成していく。

 ただ、それは自分の意識を通した時点で何かしらの加工を受けている。

 それは美化やその反対、あるいは拡大や縮小かもしれない。

 加工されたパーツをどんなに集めて張り付けても、歪んだ像が出来るだけ。

 人の理解とはその程度だ。精度を上げたところで、決して本物になりはしない。


「詳はどうだったの?」

「何?」

「ほら、昔好きな人がいたんでしょ? 木村さんが連絡してくれるかもしれないっていう」

「あぁ……いや、連絡を取ってもらったりはしない」

「ふーん、そう」


 貴理は、どこか安心したようにため息をついた。


「でも、あんたがその人をどう思っていたのかは興味あるわね」


 ……俺は、俺と出会う前の朱莉のことを何一つ知らない。

 いや、正確には、『俺と遊んでいたときの朱莉』しか知らない。

 俺がいないときの朱莉のことは、何一つ知らない。

 そういえば朱莉の家族にも会ったことがないし、家の場所は教えられていても実際に行ったことはなかった。

 もしかしなくても、俺は朱莉について全然知らないのだ。


『ねぇ、何読んでるの?』


 ふと、木村の件に触発されて、出会った時の情景を鮮明に思い出してしまう。

 ……その時、1つの勘違いに気づいた。

 今まで、朱莉が俺に話しかけたのは俺がアガサ・クリスティーの本を読んでいたからに違いないと思っていた。

 だが違う。あの時、朱莉が本のタイトルに気づいたのは、俺が話しかけられた後だった。

 では、朱莉はなぜ俺に話しかけたんだろうか?


「……よそう。過去を掘り返しても、何にもならない」

「どうして?」

「っ……そもそも、論理的には過去と現在は繋がっていると断言はできないんだ」


 貴理に心情を吐露することは憚られる。逃げるために適当な論争へと持ち込む算段だ。


「私が聞きたいのはそういうことじゃないけど……まぁそっちも面白そうだし、乗ってあげる」


 ニマニマと嗤う貴理の顔はムカつくが、追及から逃れるために言葉を紡ぐ。


「世界が今、この瞬間に出来たと言ったら、お前はどう思う?」


 はっきり言って意味不明な問いのはずだ。

 まぁ、これに対する貴理の答えは予想出来ている。

 いや、普通の人は皆こう答えるだろう。


「そんなこと、信じられるはずないわ」


 そう貴理は答えた。普通はそうだと思う。

 今世界が出来たなんて、バカバカしいにも程がある仮定だ。

 しかし、これを考えることには意味がある。


「それはどうしてだ?」


 俺のこの問いに対する返答は、当たり前の事実だ。


「証拠があるじゃない。文系の私にだって、そのくらいは分かるわ。地球は、地層や化石なんかから、約46億年前に誕生したことが分かっているはずよ」


 そう、貴理の言う通り。地球ですら大体46億年前にはもう存在している。


「それに、宇宙だって、いろいろな証拠から、ずっと遥か昔に誕生したことが分かってる。だから、今誕生したわけないわ。それは、色々な証拠が保証してる」


 世界、つまり宇宙まで話を広げれば、もっと昔から存在していることは明らかだ。

 それは、世界中の科学者達が証拠と証明を積み重ねて突き詰めてきた真実。

 覆しようがないものだ。


「果たして、本当にそう言えるかな?」


 クスリ、と少し笑いを含んだような声で嘲笑う。

 先程まで主導権を握られていた反動か、少し気分が良い。

 貴理には当然だと思えることに、俺は疑問を投げかける。


「え? どういう意味?」


 思わずそう問いかけてしまったのだろう。貴理の顔に困惑の色が浮かぶ。


「もし、世界が今、『この形』で誕生したとしたら? お前の言う『証拠』とやらに価値はあるのか?」


 貴理の表情に衝撃が走った。

 それはそうだろう。俺もこの『世界五分前仮説』を最初に聞いたときは、今までの常識と認識が音を立てて崩れていくような気がした。

 そう。世界が今、『この完成された形』で誕生したとしたなら、記録にも記憶にも意味がない。

 なぜなら、最初からそう作られたと考えることができるから。

 地球は、約46億年前に誕生したという証拠を持って今作られた。

 俺という人間は、『昨日はあんなことをした』という記憶を持って今作られた。

 そう考えると、さっき貴理があげたものが証拠にはならないことがわかる。

 いや、だけど、と普通の人は思い直すだろう。

 それがなんだと言うのか、と。

 こんなものは悪魔の証明だ。誰にも証明が出来ないことが定まっている、意味のない問いかけ。

 つまり、考えるだけ無駄な案件だと。


「で、だから、なんだって言うの? 仮にそうだったとして、考えるだけ無駄な問いかけじゃない?」


 貴理はそう反論する。

 悪魔の証明は、議論を意味のない平行線に終わらせてしまうため、通常の討論ではそれを持ちかけた方が敗北だ。


「いや、この問いには意味がある。少し極端な例だがな」

「どんな……?」

「少しは考えてみたらどうだ?」


 貴理は少しの間思案を巡らせると、納得したようにうなずいた。


「なるほどね。こんな壮大な話まで持ち出して、あんたが言いたかったことが分かったわ。本当下らない。あんたってそういう理屈っぽいこと大好きよね」

「まぁな」


 人は、自分の主観という檻から出ることは出来ない。自分の認識から逃れることは出来ない。

 つまり、自分の認識に縛られている。

 人にとっての世界とは、認識、主観のことだ。

 さっきの例で言えば、記憶も記録も、その人が視る世界を構成するありとあらゆるモノはその人の認識を通している。

 そして、さっきの例から分かることは、その認識に誤りがあったとしても、決してその本人には気づけないということだ。

 世界がもし、今この瞬間に出来たとしても、その人には遥か昔に出来たものだと認識される。

 あまりに荒唐無稽な話だが、これは論理的に完璧な否定は不可能なのである。

 すなわち、自分がいま存在している『現在』と、さっきまで存在していた『過去』がつながっていない可能性を示唆している。

 実は、因果律とは、『人の日常の経験からそれを前提としているただの仮定』であり、因果律自体を論理的必然から導くことは出来ない。

 科学の根底にある重要な概念だが、論理的には『単なる経験則』という扱いなのだ。

 つまり、『起きた時刻の違う2つの現象の間には、何かしらの関係がなければならない』ということは論理的な必然性からは導けないのだ。

 そのため、推理小説の探偵よろしく『今発生した出来事』や『これから起きるであろう出来事』をどれだけ調べても、それによって『過去発生した出来事』を完全に証明または反証する、ということは不可能である。

 ……厳密に考えると、だが。

 自分が視て、感じて、思い出しているもの。それは本当に、『()()』なのか?

 その答えは永遠に分からないままだ。

 ――要は、過去なんて詮索しても無意味だと、そう言いたかったのだ。俺は。


「確かに、あんたの言ってることは正しい」


 貴理はそう言うと、俺にまっすぐに向き直り、責めるように目を細める。


「でもね、詳。『()()()()()()()()()()()()』なのよ。ハイデガーの言う通りね。論理的な証拠や根拠なんて、あってもなくてもどっちでも良い。人は何かあると、過去と結びつけずにはいられないの」


 確かに、その通りだ。

 例えば、朝に占いで赤がラッキーカラーと言われて身につけて行ったら、偶然宝くじに当たった場合。

 根拠なんて全くなくても、あの占いが当たったと思う人は多い。

 その過去が悲劇であったとしても、現在が良ければその幸福の原因の一つとみなされる。逆もまた然りだ。


「あんたはこんな話まで持ち出して、過去は振り返らないって言いたかったんでしょうけど、本当に?」


 少しの沈黙。俺に答える言葉はない。

 貴理もそれが分かったのか、残っている紅茶を全部飲み干すと、席を立つ。

 そして、振り返り際に言葉を残して行った。


「――()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()?」


 否定することは出来なかった。その言葉が、酷く深く胸に突き刺さったから。

 貴理が店から出て行くのを見送って、長いため息をついた。

 数分待ってから自分も席を立ち、会計を済ませて、マスターからお釣りとレシートをもらう。

 その際マスターが何か言っていたような気がするが、よく聞いていなかった。

 店の外を見ると、曇りだった天気は雨へと変わり、道ゆく人は傘をさしている。

 自分が傘を持っていないという事実に憂鬱になりながら、温かい家を目指して雨の降る街へと繰り出した。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 知的好奇心を刺激するワードが盛り盛りですな……
[良い点] トリックに納得がいく上に、しっかりと驚かせてくれるだけの力量があること。 文章の流れがわかりやすく、とてもとっつきやすい作品でした。 [一言] 企画への参加、ありがとうございます。 僕は、…
[良い点] 主人公の過去に何があったのか気になりますね。事件を解決していくうちに、わかってくるのでしょうか。楽しみです
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