はじかれた俺の、妄想から始まった。
────この世界が滅べばいい。少年は秘かにそれを願った。
それは、誰にも言うことのできない願い。だって、その願いは「万人の異端」なのだから。
少数の意見は、排除されるこの世界。理不尽で、目を塞ぎたくなるような、人間の悪。
人は悪だ、少年は思った。だからこそ、この世界が……人類が滅べばいいと────
「人の数は減るべきだ。そうでなければ、この星では生きられない」
……それは、21世紀のこと。ある日、突如として地球に接近する、謎の小惑星が発見された。軌道上、地球へ衝突するのは避けられないようで、研究機関は小惑星を「ギーベリ」と名付けた。
ギーベリ……ロシア語で「滅び」ギーベリの衝突まで、人類に残された時間は1カ月。ロシアは、その1カ月の間に、まだ研究途中の「対小惑星爆弾」を完成させるらしい。なんでも、核爆発で対抗するんだとか。
宇宙の脅威に、地球の元素と人類の叡智で対応するってか。うまくいくのかな。
「……なーんてことを、日記に書き記しちゃう、俺なのでした」
その小惑星、ギーベリが落ちれば、まぁ人類は滅びる。その滅びまでの間、何もしないわけではない。こうやって、残された時間を有意義に使っている。もしかしたら、こうやって書いている電子機器が残るかもしれない。パソコンで書いているし、インターネットにあげれば、何かしらの形で残るんじゃないだろうか。
それが、人類最後の意味として────
「流星、またなんかパソコンで書いてるの?」
「えっ、あっ、その……」
「先生は日記でも書いたらとか言ってたけどさ、そんなのいらねぇじゃん」
まぁ、やっぱりこうなる。高校生が教室でただ一人、ノートパソコンを開き何かを打ち込んでいる……普通のクラスメイトからすれば、変だと思われて仕方ない。
ましてや俺は、人と話すのなんて苦手の極みだ。こうやって言葉がいつも詰まる。これもすべて、高校生まで中二病を引きずっているから……なのかもしれない。だいぶ治っては来ているが。
「どうせ小惑星衝突で全部消えちゃうんだからさ、全部無意味だよ」
「でも……残ればいいなぁ……って」
「そんなの残るわけないじゃん。バカじゃねぇの?」
クラスメイトの男子は、そう言って呆れたように、教室から出ていった。全否定か……なんか理不尽だなぁ。
俺の意見は、やはり誰にも聞いてもらえない……か……
「俺の思ってることって、間違いなのかなぁ……」
思っていること、それはパソコンに書き記している。俺はそのファイルをもう一度見直してみた。今からちょうど1週間前の文章だ。
……もうじき、小惑星ギーベリが地球に衝突し、人類は確実に滅びるらしい。俺は、別にいいかなって思っている。生きている意味とかよく分からないし、大人になったらそのあとの目的なんてない。それがなければ、人間はたぶん生きることを迷うと思うから。
俺が言いたいのは、意味や目的を感じない人生なんて、いらないと思うってこと。人には価値がある、だから死んじゃダメだ。そんなことをよく言うやつがいる。
ならその価値はどこから? それもわかってない人間が、多すぎるんじゃないか?
俺は、その日記の次の日に、新しい内容を追加している。
こうやって、滅びとか死が近づいてみて思うけど、恐怖を感じる人はどこからそれが来ているんだろう。生きていたいって願うからかな?
俺はそうは思わない。だって、世の中理不尽だから。理不尽ってことは、筋が通ってない人間が多いってことでしょ? 相手がちゃんとしていないのが悪いのに、それを押し付けて、自分に非がないのに責められてさ。
そんな世界、いらないと思うんだよね。ギーベリ、来ていいよ。
「そうだよなぁ、1週間前の俺から変わらず……だよな」
もちろん、人間の思考なんて1週間や滅びとかで変わるもんじゃないから、少しでも自分自身に期待を抱いた、それがバカなんだけどさ。
「でも……俺の思っていることって、間違いなのかな。自分自身をよくわかってない人類は、筋が通ってない、理不尽な生物になる……だからこそ、滅びてもいいかなって……」
意味、目的、欲望……それらすべてが理解しきれない人間ほど、ほかの人間に迷惑をかけている気がする。だからこそ、人間が人間を殺すなんてことができる気がするんだ。
────同じ人類なのに、戦争とかやってさ、滅ぼし合って、理不尽じゃん。バカみたいだよね。
「……何考えてんだか、俺は」
人類の滅びが目前に迫った今、俺は人類が残る……なんて希望は抱いていない。人類が絶滅する、絶望のような希望を描いている。そんなの、バカみたい。俺のほうが理不尽だよな、だって人間の筋として存続しなくていいなんて、間違いだろうから。
「でもさ、いつも誰にも振り向いてもらえないし、誰にもわかってもらえないし……」
それって、俺が悪いのもあるかもしれない。でも理解しようとしてくれない、相手のほうが理不尽で間違っている。すべて俺のせいで、こんなにも一人になるわけじゃない。そんな気がするんだ。
……だからこそ、俺はその言葉を、ついに声に出して言う。
「別に、人類────滅べばよくね?」
宙に消える言葉。そんな考えは間違っているし、中二病臭いだろう。でも俺は、真剣にそれを考えていた。それが間違いと周りに言われたとしても、それを考えることが、俺の今、生きる意味だから。
自分自身を笑う。すると……不自然なことが起こり始めた。教室の窓は、どこも開いてはいなかった。だが、なぜか体に風が当たるのを感じる。カーテンは自然と揺れ始め、それは次第に大きくなっていく。
「なっ……何、これ!?」
思わずパソコンを抱え、後ずさりする。そのカーテンの向こうに、何かいる気がした。気配だけが……そこにあった。
「やぁ、初めまして、人類」
気配は声を発する。しかしそれは音ではない。頭に響く「信号」だ。
「だっ……誰だ……!」
「ふーん、考えていることはすごいのに、声に出せないと来たか……ある意味欠陥品だな、この人類も」
「……へ?」
欠陥品、まるで人を物のように扱う理不尽さ。だがそれは、地球のどこにいても感じることのできない理不尽だろう。そこにいる気配は、間違いなく「人類」ではない。
「だが……考えていること、それは間違いなく私の求めていたもの。人類としては傑作だろう、そしてそれは稀だ」
「……傑作……」
「悪い言葉じゃないだろう。今まで腐った人類に、排除され続けた純粋な人間。その中のほんの一部が、世界平和を。またそのほんの一部が、世界滅亡を。そして残りの大多数が、考えるのをやめる。君はそのほんの一部の一人だ」
滅びを願う人類、それが目の前にいる謎の気配の思う「傑作」笑われているのか、それとも褒められているのか、いまいちよくわからないな。
だが、不思議と悪い気はしない。今までの俺に、何か意味を持たせてくれたように感じる。
「さて……人類、君は私に選ばれた。名前をぜひ教えてほしい」
「俺……の名前……目春流星……だ……」
「へー、やっぱり話すのが苦手な欠陥品だね。まぁ、いいか。そのほうがもう一人とうまくいくかもね」
気配の信号は無機質だ。そこに感情のようなものは込められていない。だが、唯一そこから感じるもの。それは興味のような気がした。
「まぁ、名乗ってもらったし、私も名乗りたいんだが……人類につけられた名前しかないよ」
「人類がつけた……」
「そうそう、見つけるなり早速名付けられたよ。ギーベリってさ」
「!?」
ギーベリ……あの滅びの小惑星……? じゃあ、俺は小惑星と喋ってるとか!?
「驚くよね。でも、もう一つ驚いてもらいたい。私はもうじき破壊される。ロシアの対小惑星爆弾って、完成しそうなんだよね、見たところ」
「えっ……」
1カ月かけて準備するって言ってたのに、ロシアはもうそんなに早く準備を? じゃあ、待って……俺の願いって……
「さぁ、君の願いはここで潰えそうだ。だが、君のような考えを持つ人類が、報われないのはやっぱり理不尽だ。だからこそ、本当に人類は滅ぶべきなのか、試される「価値」はあるだろう」
「人類の……価値……」
「そうだ、君なら公平に、人類に価値がつけられるだろう。ほら私って、衝突したら全部滅びちゃうからね。価値を見定めながら、少しずつ滅ぼしていくのも、いいんじゃないかなって思うんだ」
その信号が届いたとき、俺は体から別の信号を感じ取る。右腕が、黒いものに侵食され、溶かされていくような感覚だった。
「あ……ぁ……ああああぁぁぁ!!」
「あー、人類には気持ち悪い? この感覚」
「や……やめてくれよ……食うんじゃねぇ……っ!」
「別に食べてるわけじゃないよ、移植っていうのかな、こういうの」
なんだかわけがわからない! その黒いものは、右腕から胸へ、足へ顔へと広がっていく。自分というものが、得体のしれない何かに食いつぶされるような気がした。死ぬかもしれない、この苦痛に耐えきれなくて。
でも、そこに恐怖は抱かない。死んだって別にいい。ギーベリが滅ぼしてくれないなら、俺は死んでもいい気がする。生きることに、一番意味を感じられない……それがきっと俺だから。
「じゃ、滅ぼすっていう概念かな? そういったものは移植しといたから、後は頼んだよ」
「概念……?」
「そう、君が世界を────人類を滅ぼすんだ。そして、その終末に……君のいる意味を見出せばいい」
いる意味……俺が世界を滅ぼす……これほど魅力的なものはなかっただろう。願いを他人や環境ではなく、自らの手で叶えられるのだ。理不尽を、滅ぼせるかもしれない。
その先に、俺のいる意味……価値、目的。そういった生きる上で大切なものが、見つかるかもしれない。
「君ならできるよ、流星。右半身に移植した滅びの概念、有効に使ってね」
そうして、カーテンの向こうの気配は消えた。頭の中への信号も途絶える。右手を見れば、黒い腕輪がはめられていた。それは引っ張っても、外れるような代物ではない。完全にくっついているようだ。
体に感じる違和感を確かめに、俺は男子トイレへと向かう。そして、鏡に映った自分の顔を見て、思わずにやけてしまう。
「右目……赤いじゃん……」
なんか、非現実的な感じ。中二病の心がくすぐられるこの感じ……嫌いじゃないな。
右足も、ズボンをめくると血管が黒く浮き出ている。不気味な感じもするが、俺の心は踊っていた。中二病の空想が、排除された人間が、万人の普通を、万人の現実を……変えることができる気がする。
「空想が……俺がパソコンに書き溜めた、考え……現実にできるかも!」
理不尽なこの世界を、俺が変えることができる。考えることをやめた人類を、減らすことができる。俺が、ずっと疑問に思い続けてきたこの世界に、答えを出すことができる。
「俺が……できるんだ……この俺が……!」
────この世界は理不尽だ、よって俺が……滅ぼす!




