死に花咲かせ
これは、とある人から聞いた物語。
その語り部と、内容についての記録の一編。
あなたもともに、この場に居合わせて、耳を傾けているかのように読んでいただければ、幸いである。
うう〜、とうとうこの時が来ちゃったよ〜。主人公の自害シーン。
時代劇、それも実在した人物を扱っちゃうと、この手の運命って変えられないよねえ。
そりゃ、この人は自分の悲願のために命をかけて、果たされずに死んでいき、自分の改革をあの世から見るしかなかったけれど……くあ〜、判官びいきってやつかなあ。
うーん、そこでカメラ切り替え、もう火を放っちゃった感じか。惜しいなあ、ここ数回、どうも駆け足進行な気がする。最初の数回の放送、けっこう力が入っていただけに尻すぼみ感だなあ。
どうせ最期なんだからさ、しんみり終わらせるより、ぱあっと派手に締めくくるっていうのじゃ……ダメ?
――望んで果たせるのなら、ロマンなんてこの世にない?
はは、そうだよねえ。ぜ〜んぶ実現しちゃったら、こーちゃんのようなクリエイターたち、商売あがったりだよねえ。
叶わない夢こそ、創作者の食い扶持かあ。月並みだけど、厳しい仕事だね、色々とさ。
ま、だからこそ何か残したいと思うし、たとえそれが死に際だけでも……と僕はよく考えてしまう。ひと昔前なら、死に場所を求めるのが自然だったとも聞く。
そんな死に花に関する話、耳に入れておかないかい?
戦国時代にあった、とある城主の領地。
敵勢力に対する最前線であるその城では、少し前まで合戦が相次いでいた。いずれも勝ちとも負けともいえぬ痛み分けが多く、力を確認した双方は、水面下での調略戦に切り替えたらしい。見た目には、平穏が保たれていた。
しかし、長引く戦で荒らされた戦場は、なかなか開墾が進まずに、野草の原と化していた。いつまた戦になって、苦労が無に帰すかということを考えると、金と指示を出す領主も、働かされる農民たちも、及び腰になっていたらしい。
何度も戦場になったその地には、ここ十数年あまりの間で、敵味方を合わせ、万に及ぶかという死肉が眠っているとされる。駆り出されるのは、大半が家の次男坊以下で、そのまま生きていても、長男にいわれるがままに、労働力として働き続ける未来しか、持てない者だったという。
最近の戦では、身体ができるかできないか、という若者も多く犠牲になった。妻を持たないまま、逝った者も多かったんだ。
――女を知らぬままで終わるなど、命としては不本意極まりないであろう。
跡継ぎを始め、子宝に恵まれた領主は、そう口にした後、奇妙な命令を出したんだ。
占いをして判断した、縁起の良い日。
自分の一族に仕える女房、侍女たちとその姉妹たちの中から、選りすぐりの美女を屋敷に呼び寄せたんだ。大広間に集められた美姫たちの姿は、屋根の下に現れた麗しい花園のごとくだったと、家臣たちは語る。
その広間で催されたのは、宴。夕方から夜半にかけて行われた、食事の会だった。
ただ、そこに並ぶのは草粥を始めとした、野草を中心とした精進料理に近い品々が並んだというんだ。
これは領主からの指示だった。かの料理たちに使われた草たちはすべて、死の重なったあの戦場に生えた、いわば死した者たちの「夢の跡」だったんだ。
「女を知らずにいたのなら、せめて美しい女に抱かれ、もいちど腹に宿るがいい。出で来る時が、新しい生。次こそは、望むがままに生きるがいい。それが余のはからいだ」
領主はその後、宴に参加した女たちに、これより一日の間の排泄物を、樋箱と共に届けるように申し付けた。
穴は違えども、女の腹で育ち、生まれ出たものに違いない。それを彼らの新しい命として、もう一度、かの戦場へと送り返し、土へと返した。
「女を知れば男は変わる。さあ、うぬらはどう変わる?」
三月に一度の頻度で行う、この儀式めいた試みを、領主はどこか愉快そうに、しかし、見定めるかのような空気をまとう面持ちで、経過を見ていたらしいんだ。
最初の命令から一年余りが過ぎる。各勢力との謀略戦は進み、敵方に所属する忍びの摘発も進んでいる。きっとこの、美しい姫を集めて行う試みのことも伝わっているだろう。
それでも領主は構わず、政務のかたわらで事態の進展を待つ。そしてある日の真夜中に、経過報告を命じていた、配下のひとりが子細を告げる。
かの肥しを巻いてきたあの地に、わずかながら彼岸花らしきものたちが、咲き始めたというんだ。
「らしき」というのは、その彼岸花はよく知られるような、桃、白、黄といった色ではなく、どこか日に焼けた肌を思わせる、小麦色であったこと。そして花が開いている状態ならば、一尺(30センチ)はあるはずの茎が、三寸(10センチ)ほどしかなかったことから判断された。
引き続き、調査が行われる予定だったものの、新しく部屋へ入ってきた別の配下がもたらした報により、中止を余儀なくされる。
しばらく大人しくしていた隣国のひとつが、軍備を整えて城を発ち、ここへ向かっているとのことだった。狼煙によって、迅速に伝わってきたこの知らせに、領主たちは慌ただしく戦支度を始めることになったんだ。
両軍は幾度となく矛を交えた、かの原にて相まみえた。
定期的にもたらされた報によると、敵の進軍は、あえてこの原を通るような経路をたどっていたとのこと。
例の試みを聞き、何かはかりごとがあると思ったか、はたまた当てつけか。「酔狂ならば、踏み破るぞ」という、示威行動かもしれない。
双方が互いの姿を確認しあった時には、もう日が暮れかけている。開戦は明日と見込まれ、両軍は原を挟むように小高い山の上に布陣。領主以下、主将たちは明日の編成について、頭をひねり出していた。
軍議もひと通り終わり、そろそろ寝入るかという時。件の原の様子を見に行かせた、斥候からの連絡に、かの彼岸花のことも混じっていた。
花はますます大きくなり、背丈も二尺を超えるものが散見されるように。原の中心を横断するかのように咲いたそれらは、戦が始まった折には、踏みつぶされることは必至とのこと。
領主はひと通りの報告を受けたものの、彼岸花の咲き方にはどこか不審な点を覚えざるを得なかった。
まるで柵を成すかのように立ち、区切らんとするその姿勢。それは姿が変われど、故郷を守らんとする意思の表れか、あるいは……。
領主は想定される敵軍の迂回路などを考えつつ、先ほどの陣立てをもう一度見直し始めた。
翌日。領主の一抹の不安は、当たることになる。
明け方と共に、敵軍は行動を始めた。騎馬を中心に、例の原へと並び出た彼らは、かの彼岸花の柵を蹂躙しつつ、迫ってきたんだ。
対して槍ぶすまを作り、相手の馬を威嚇しつつ、執拗に弓を射かけていく領主の軍。開戦よりほとんど動かず、相手を引き寄せて迎え撃つことに専念したんだ。しかし、両軍ががっぷり四つに組むことはかなわなかった。
その時、戦に参加した者は、こしょうの臭いが漂ったと話す。それが鼻の中に飛び込むや、鼻水があふれ出て、ひどく頭が痛み出し、武具を握るどころではなくなったという。
双方の先陣は、攻撃を受けたか否かに関わらず、次々と倒れてしまい、匂いが広がるにつれて、指揮をとっていた後方の者たちにも被害が出始める。
開戦から退却の指示が出されるまで、わずか一刻足らず。そのままなし崩しに矛先をおさめることになった両軍は、症状の出た者の手当てに当たったが、その療法はひたすら戦場より遠ざかるしかなかったという。
この惨憺たる有様に、領主は暗い顔で頭を振った。
「確かに余は、あやつらに生まれ変わることを望んだ。そしてあやつらにも、望むがままに生きよ、と……。だが、見通しが甘かった。
戦で死したあやつらの望み。それは生きることではなく、一緒に死んでくれるともがらを、求めることだったのだろう。たとえ、あの花の姿に身をやつしてでも」
それからかの野原が、馬蹄に踏みにじられることは、なくなった。
やがて戦国が終わりを告げようという時、ふいに発生した野火によって、生えていた草たちはことどとく、焼き払われてしまった。
しかし、そこに火種があった形跡や、人の足跡は残っておらず、野原の中央の焦げがひどいことから、火の手は草たちの集う野原の真ん中から上がったものだと考えられたという。




