番外編 side 高橋正也(たかはしまさや) 05
「……なあ、俺達本当に大丈夫なのか?」
「……正也は大丈夫だと思うか?」
「……いいや。小畠さん達を怒らせたのはマズかった……」
「ッでもっ……あの人自分だけ知ってて言わなかったんだよ!」
「だが、俺達ちゃんと教えて貰ったよな? 森本」
「……そ、そうだけど、初めから教えてくれれば」
「なあ、初めから教えて貰ってれば俺達だけで何とか出来たのか?」
「……っ……」
「……出来……」
「翔馬……出来ないと思うぞ。初めっから俺達は小畠さんに助けて貰ってる。榊さんも言ってただろう。王様に丸め込まれて使い潰されてたって。小畠さんずっと俺達の話をちゃんと聞いてくれてた。でも俺達があの人のせいだって言ったから、小畠さん怒ったんだと思う……。俺達がここに居るのは小畠さんのせいじゃなくて、この国の人達のせいなのに……」
「……ッ……」
「……どうする?」
「……助けてくれる人は小畠さん達以外俺達には居ない。頭下げて頼み込んでみるしか……」
「……や……」
「やじゃねぇんだよ。森本。他に誰か助けてくれるのか?」
「っ……」
「……そうだな……この国の人もイマイチ信用できない……」
それから、順番にお風呂に入り一緒にリビングに出て行くと、小畠さん達は何事も無かったかのような顔をして俺達と入れ替わりでお風呂に入りに行った。
今までみたいにニコリともせず、目線も合せてもらえなかった。
……俺達でどうにかするしかないのか……。
暗い顔をして翔馬達とソファーに座っていると、しばらくして榊さんが先に部屋から出てきた。
俺達をチラリと見ていたが声を掛けることはなかった。
その瞳に軽蔑と拒絶の色が浮かんでいるのが見えて、俺は胸が軋んだ。
榊さんが出てきてからすぐに、小畠さんも別の部屋から出て来た。
早く声を掛けなければと気が焦り、小畠さんに近づいて行こうとすると、夕食の鐘が鳴った。
小畠さん達は俺達に声を掛けずに、昼食を食べたテーブルに移動していく。
俺達ものろのろと席に着くと、メイドさんが食事を持って来てくれ、話しかける切っ掛けが持てずに黙々と食事を食べた。
小畠さんの食事が終わるタイミングで声を掛けようと待っていたが、食べ終わるとすぐに奥のリビングに移動して行き、榊さんと「寝るか」と喋りながら部屋の相談をし始める。
俺達の事は蚊帳の外。
本当に小畠さんは自分達でどうにかしろと思っているんだ、と心に突き刺さった
それでも、俺達が頼れるのはこの人達以外には居ない。
翔馬と森本も一緒に連れて、小畠さんに声を掛ける。
「すみません。話を聴いてもらえませんか?」
小畠さんは、ちょっと眉を顰めて了承してくれた。
そして、さっき話し合ったソファーへ渋々座る。
あまり近づき過ぎないように小畠さんに寄って行き、立ったまま翔馬達と一緒に謝る。
「「「すいませんでした」」」
「交渉とかアドバイスとか色々して貰ったのに、文句言って申し訳ありませんでした。俺達が知らない情報を教えてくれて、ありがとうございます。でも俺達の力じゃ、どうしても城から出られそうにないので、どうか一緒に連れ出してもらえませんか?」
頭を下げながら、小畠さんの返事を待っていると、
「……ねえ、それって私に犯罪者になれって言ってるって理解してる?」
ゾッとするほど冷たい声で言われ、唖然として小畠さんの顔を見る。
え? 小畠さん達が犯罪者になるのか?
俺達を一緒に連れ出すと。
なんでだ? 俺達が出たいって思ってるのに、なんで犯罪者にされるんだ?
俺はそんなつもりは無い。そんな犯罪者にしようなんて思ってもいないし、なんで犯罪者になるのかも分からない。
すると、小畠さんからその理由を聞かされる。
「この国が勇者を手放すはずがない」
「この国からすると勇者を連れ去った無法者扱いにされる」
「指名手配なんかされたら、一生顔を晒して歩けない」
と。
そうか……。俺達は【勇者】だ。でも小畠さん達は【巻き込まれた異世界人】だ。
この国の人は【勇者】を望んでいるって小畠さん、何度もそう言ってた。
【勇者】っていう言葉に優越感を持っていたけど、望まれるという事は離さない……執着されるという事だ。
俺や翔馬達は【勇者】の称号がある限り、この国からも他の国からも付け回される可能性があるんだ。
そりゃあ付け回される俺達を一々守るなんて、小畠さん達にとってはいい迷惑だ。
城を出るなら自力でしろと言われて、当たり前だ。
ストンと小畠さん達と俺達の違いが心に落ちる。
自分達でどうにかしなきゃいけなかったんだ。初めから。
【勇者】なんて優越感に浸ってる場合じゃなかった。
小畠さん達も俺達と同じように勝手に召喚されて、ムカつく気持ちややり切れない想いはきっと同じだろう。
それでも、小畠さん達は自分達でどうにかしようといていたんだ。
俺達の事を助けてくれながら。
そう思っていると、森本と翔馬が小畠さんに食ってかかる。
「未成年が助けてくれって言ってるんだから、大人は助けるのが当たり前じゃないの?!」
「大人なのに僕等を見捨てるんですか?!」
「知らない小学生に美術館に展示されてる国宝を盗んできてって言われて、森本さん盗むの? 徳田君、見捨てるなら情報あげたりアドバイスしたりなんてしないわよ、普通。だって、言わなければいいんだもの」
「……っ。榊さんは! 助けてくれますよね?!」
「だったら! 僕等も連れて行ってくれてもいいじゃないですか?!」
ああ、俺達は思い違いをしていた。
不安でどうしようもないから常識が抜け落ちていた。
人に迷惑かけるんじゃなくて、自分の事は自分で何とかするのは当然の事なのに、助けてほしい、どうにかして欲しい、とそればかり考えていた。
誰だって犯罪者になれと言われてオーケーする人なんて居ない。
森本だって言葉に詰まっていたくらいだ。それくらい解っているのだろう。
翔馬は、どうにか助けてもらえないか必死だ。
俺達には頼れる大人の小畠さん達が目の前に居る。
だから、助けを求めてしまうけど、じゃあ、小畠さん達には居るのか?
……俺達が助けてもらうばかりで、小畠さん達を助ける人は居ない……。
「……俺に犯罪者になれって言うのか?」
小畠さんの顔がうっとおしそうに歪められ、榊さんからは地を這うような怒りの声が発せられる。
榊さんの怒りに身体が硬直してしまう。
自分達だけ助けてもらおうという考え事態がそもそも間違っていたんだ。
普通なら自分達で何とかするか、相手の事も助けないといけないのに……。
……でも自分で何とかするように、情報とアドバイスを小畠さんは俺達にくれたんじゃないのか?
これ以上小畠さん達と翔馬達を一緒にしていたら、殴り合になるかもしれない。
慌てて翔馬達の腕を引っ張り、小畠さん達から引き離して二人の頭を押さえつけ、小畠さん達に頭を下げる。
「すいません! 自分達で何とかしてみます! ただ、これだけ教えてください! 小畠さんが俺達の立場だったら、どうされますか?」
「……参考にするのは構わないけど、上手くいく保証なんてないし、私のせいにしないでよ」
「もちろんです!」
「……はぁ。護衛とか監視が緩い今すぐに城を出るか、明日の交渉でこの国の態度を見て決める」
「……この国の態度を見て決める……って?」
「城を出てもいいって言われたら儲けもの。引き止められたら神託が下りる二日後に混乱に乗じて城を出る」
「……そうですか……ありがとうございました」
小畠さん達に頭を下げ、翔馬達の二人の腕を引っ張って一つの個室に向かっていく。
ああ、やっぱり小畠さんは嫌な顔をしていても答えてくれた。
アドバイスや意見はするが行動するのは自分達だから人のせいにするな、自己責任だ、と口酸っぱく言われた意味が分かった。
俺達は小畠さん達にとって、一緒に召喚された者同士であっても、友達でも知り合いでもない関係が全く無い赤の他人。
だから、俺達の命の責任は持てない、と小畠さん達は言っているんだ。
翔馬達を部屋に突っ込んで俺も部屋に入ると、森本は憤慨して興奮していて、翔馬は途方に暮れていた。
「あの人達ッ! 大人なのにッ!」
「この国の大人はどうした? 俺達を勝手にここに連れて来たぞ。それを考えたら小畠さんは一応俺達の事を考えてくれてると思うぞ」
「―――っ! どこがっ!」
「……僕等、どうすればいいんだろう……」
「自分で考えて自分で決めろ、って言われたな」
「もう、逃げちゃおうよ! あの人達も明日すぐに出るって言ってたし! 私達が今日出たっていいでしょう?!」
「どうやって?」
「ッ……それは……」
「なあ、翔馬。森本。俺達はあの人達に何でも任せて頼ってここから出ようとしてたよな? どうやって出て行くかなんて、考えていなかったよな? 俺達は考えが無さ過ぎたんだ。自分で考えた事なんて一つも無いのに、人に頼ったあげく喚いて貶して。どんだけ自分勝手なんだって思うぜ……。もし、ここから出るのを小畠さん達に助けてもらったとして、その後どうするんだ? 小畠さん達は日本に戻る気は無いし俺達に付き合う義理だって無い。なのに、頼って助けてもらっておいて、また喚いて貶すのか?」
「「……」」
「でも! 城から一緒に出るくらいしてくれてもいいじゃない?!」
「文句しか言わない奴をお前助けるか?」
「―――っ」
「……なら正也は、どうすればいいと思うんだ?」
「俺達だけでここを出ればいいと思う。んで、俺達だけでこれからどうするか考えればいいんじゃないか?」
「それは考えたじゃない!」
「いや。具体的に考えてない。城を出る手段だって考えてなかったんだ。城を出て、俺達どうやって生活するんだ? どうやって日本に帰る手段を探すんだ? どこにその手がかりがあるんだ?」
「……それは……」
「……そうだな……。僕等そこまで考えが及んでない……」
「じゃあ、―――――――――――――――」
ぶすくれた森本と落ち込んでいる翔馬と散々話し合い、ひとまず城から出る手段を決めた。
これからカーテンを細工してロープを作り、窓から地面まで垂らして外壁をロッククライミングしながら降りる。
ここの個室の窓から昼間、城壁が見えていたからその方向に向かって走る。
丁度、個室の下は庭園になっていたから見つかりにくいだろう。
城壁に着いたら、これまたカーテンをロープにして部屋の中にあった蝋燭台を先っちょに付けた簡易ザイルのような物で壁をよじ登る。
城壁を超えられたら宿屋を探して、そこに泊まる。
翔馬が言うには、身分証明書が無いと他の都市に行くのに面倒だろうから冒険者ギルドみたいな所へ登録しに行こう、という事になった。
ただ、【アイテムボックス】の中身が召喚直前に持っていたカバンだけで金がなかった事に、ガックリきた。
財布はあるが、使える金が無い。なんてこった……。
だから、お金を稼ぐまでは、荷物の中から要らない物を選別して売り払ってお金を作る事にした。
しかし、きっと俺達を探しに城の人達が来るだろうから、お金と身分証を作ったらさっさとこの都市を出る事にしよう、と話が纏まる。
翔馬も森本も不安はあるが、もう小畠さん達に頼ることが出来ない事が分かったからか、積極的に意見を出してくれ、三十分ほどで今後の予定が立てたれた。
話し合い中、ちょっとこの二人、楽観視してる感じがしたけどな。
まあ、とにかくまずはここから出なきゃな。
森本と翔馬はカーテンを隣の部屋から剥いできて、縦に引き裂きロープ作りを開始した。
その間に、そんな事はしなくてもいいんじゃないかと散々二人に言われたが、小畠さんに報告に行った。
不安に負けないように背中を押してもらえる事と、もしかしたら俺達を助けてくれるかもしれない事を期待しながら。
部屋を出て行くと小畠さん達は服を着替えていて、二人掛けソファーに枕や毛布を持ち込んでいた。
すでに、榊さんは毛布に包まって横になっていた。
榊さんの向かいのソファーに座っていた小畠さんに、恐る恐る声を掛ける。
「……ここで寝られるんですか?」
嫌な顔もされず、普通に答えてくれた。
一人で寝て襲撃されたくないからここで寝るらしい。
すごい用心してるんだな……。
そう感じながら、翔馬と森本の態度を詫び、これからどうするのかを報告した。
すると、【勇者】である利点をあげて、意思を確認された。
チヤホヤされる生活に迷いが無いかと言われれば、確かにあるが後が怖い。
だから、小畠さんが言う「帰れるかどうかもわからなくて命の危険と隣り合わせの中で汗水流して働かなきゃ食べていけない環境」を俺達は選ぶ。
はっきりそう言うと、小畠さんは俺の顔を見て、フッと笑った。
「……そう。なら、教えてくれた代わりに選別をあげるわ」
思ってもみなかった事だが、情報の対価として【防御インナーセット】×三と、金貨十枚×三をくれた。
【防御インナーセット】は、この上にちゃんと防具を装備していればこの国の騎士の攻撃はほぼ効かないらしい。
……この人は俺達の命の責任は取らないけど、アドバイスとか対価とか言って、手助けしてくれるんだな……。
……ありがとうございます。すみません。
文句ばかり言ってホントすみませんでした。
嬉しくて、申し訳なくて、涙が滲んでくる。
選別を受け取り、何度も謝罪と感謝の言葉を小畠さんに伝える。
すると、不公平だからと、榊さんにも同じ物を渡していた。
「榊君、それあげるから今すぐ城から出ようか。高橋君、最後に忠告しとくわね。日本は安全で親切な所だったけど、この世界は命が常に脅かされてる所なの。だから、疑いなさい。誰に利があるのか。相手の立場や第三者目線でも考えて、色んな角度から予測して行動する事をお勧めするわ。じゃあ、私達は出るから」
忠告を口にしながら小畠さんはコートを羽織り、急に榊さんが準備をし始め、ポカンとしてしまった。
え? この人達、今すぐ出るのか?
は? じゃあ、俺達の方が後になるのか?
唖然としている間に、小畠さんは俺に背を向けてリビングの扉へ歩いていった。
榊さんがそれについて行こうと、俺の横を通り過ぎる時、
「……俺等が先に出れば、お前等逃げやすくなるな。……良かったな。この人が優しい人で……」
とポツリとつぶやく呟く。
……え? 俺達が逃げやすくなる?
あ……扉から出て行けば城に勤めてる人達に見つかるから、騒ぎになる……。
そしたら、俺達を監視する目も追いかけてくる人達も減る……。
……?! 俺達が逃げやすいように、今から出て行ってくれるのか?!
……あんな事言ったのに、俺達を助けてくれるなんて。
ありがとうございます。
ありがとうございます。
こんなに、こんなに俺達助けて貰ってるのに……。
何も手助け出来ない、してもらってばかりのくせに、文句ばかり一丁前ですみません。
グゥと喉の奥が鳴り、鼻の奥がツンとしてくる。
小畠さんは、榊さんが言うように、言葉は厳しかったけどちゃんと手を差し伸べてくれる優しい人だった。