第2章 トラウマ その4 ふたりの夏休み
この男にとっての初めての同窓会は、心のやすらぎになった。目的だった、初恋の相手ゆかりにも会うことが出来た。それに、懐かしい顔達と懐かしい香りに包まれた。この男が、サックスを片手に会場を出ると、ゆかりが待っていた。ゆかりが笑顔で手を降っていた。この男は、また、この時サックス演奏あとにお酒を一杯だけ飲んでいた。仕方ないのでゆかりの白い外車の助手席に乗り込んだ。
「ごめんなさい。私に付き合わせてしまって。」
ゆかりが、この男をチラッと見た。
「いいんだ。」
この男は、前を見て、ボソッと呟いた。
「ねぇ。中学3年の夏。そう、ふたりの最初で最後の夏休み。覚えてる?」
ゆかりは、前を見ながら、ハンドルを握っていた。
「私、思い出すだけで、今でも涙が出ちゃうわ。」
ゆかりは、前を見ながら、ハンドルを握っていた。
そう。この男は、忘れるはずのない夏だった。あの夏一ヶ月だけの思い出。
この男とゆかりは付き合っていた。この夏は、毎日、朝から晩までふたりで過ごした。ゆかりは、この街では、有名な不良少女でリーダーだった。それにお金持ちのお嬢様だった。ゆかりの大きな家に、忍びこんでゆかりの部屋でたくさん会話してすごした。初めて夢を語った。初めて手をつないだ。初めてふたりで遊園地も行った。動物園も行った。電車で海にも行った。自転車で山まで行って、神社でお参りをした。河川敷のひまわり畑に行った。夏祭りにも行った。ふたりで写真を撮った。ホラー映画も観た。ふたりとも初めてのキスをした。そして、ふたりは裸でひとつになった。ふたりとも初めての体験だった。この男は、初めて女の子を好きになった。この男もゆかりも初恋だった。しかし、ふたりは長続きはしなかった。夏休み最後の日に運命の事件が起きた。ふたりは、街のハンバーガーショップいた。すると三人の高校生が、この男に声を掛けてきた。
「よっ。坊主、ちょっと顔貸せや。」
高校生のひとりが、この男を睨めつけた。
「、、、、、。」
この男は、無言で高校生の顔を下から覗きこんだ。
「ちょっと。待てよ。」
ゆかりは、高校生達を睨み付け、この男の前にガードするように立った。その状況がすぐにわかった。
「、、、、、。」
この男は、状況がつかめきれずおろおろしていた。そして、高校生達は、ゆかりを押さえつけ、この男を連れて行こうとした。
「だから、ちょっと待てよ。私に話があるんだろう?あんたら、あいつを呼びなさいよ。こそこそ隠れてないで出て来なさいよ。」
ゆかりは、高校生達を睨み付け短歌をきった。
すると奥から、ものすごく体の大きな怖い顔の男が出てきた。子分の三人は、怖い顔の男に一歩下がって会釈をしたと同時にその中のひとりが顔面にパンチを喰らい地面に身体ごと倒れた。顔を押さえてうずくまった。
後から出てきた怖い顔の男は、高校3年生だった。この界隈では、有名な不良グループのリーダーだった。そう。この怖い顔の男は、ゆかりにだいぶ前から片思いをしていたのだった。ゆかりは、それをずっと断り続けていた。しかし、この男とゆかりがこの夏、仲良くしていると噂を聞き付け、居ても居られずこうやって三人の子分を引き連れて、この男とゆかりの前に現れた。
「ねぇ。あんた。彼には絶対、手をださいと約束して頂戴。」
ゆかりは、怖い顔の男を睨めつけた。
「はぁ?お前、あいつと寝たんか?」
怖い顔の男は、ゆかりの顔の前まで顔をつきだして目を見つめた。
「、、、、、。」
ゆかりは、怖い顔の男の目を無言で見た。
「やったんか?って聞いているんだ!」
怖い顔の男は、ゆかりの顔の前まで顔をつきだしたまま目を見つめた。ゆかりの顔に怖い顔の男の唾が飛んだ。
「、、、、、。」
しばらくの沈黙の後、ゆかりの両目から大粒の涙が溢れた瞬間。頭を縦に振った。
まさにその時、状況が飲み込めない、この男に怖い顔の男のパンチが左の顎に飛んできた。この男は、綺麗に宙を舞っていた。
「この野郎!手を出すなって言っただろう!」
ゆかりは、泣きながら鬼の形相で睨めつけた。倒れていたこの男の前に立った。
頭に血が登った、怖い顔の男は、ゆかりを左手で、払い除けた。その勢いでゆかりも地面に倒れこんだ。怖い顔の男は、仰向けに倒れていた、この男の上に股がってこの男の顔を殴り続けた。気がすむまで。この男は、完全に気を失っていた。
この様子を見ていた人の話では、怖い顔の男の顔は涙でぐちゃぐちゃになっていたらしい。
「喧嘩だ!誰か!警察を呼べ!」
どこかで、そう叫ぶ声がゆかりには、聞こえた。
5分もしないうちに警察がきた。さらに救急車もきた。顔面、血だらけのこの男の傍らに泣き崩れるゆかりがいた。怖い顔の男は、警察に取り押さえられていた。
「ごめん。ごめん。ごめんなさい。」
ゆかりの可愛い顔が、涙でぐちゃぐちゃになっていた。泣きながらこの男に謝っていた。
この男は、気を失って救急車で病院に運ばれた。顔は、ボコボコに殴られ腫れ上がっていた。ゆかりもいっしょに救急車に乗った。
この日で、終わるはずの夏休みが、この男だけ一ヶ月伸びた。
「そうね。あれから25年経つのね。あの日の事、いまでもはっきり覚えているわ。瞼の裏に。」
ゆかりは、前を見てハンドルを握っていた。
「ねぇ。俊ちゃん。あの頃の面影。今の私に残っていて?」
ゆかりは、この男をチラッと見た。
「ああ。残っている。想像以上に綺麗になった。」
この男は、ゆかりの横顔を見つめた。
「イヤ!そんなに見つめないで。恥ずかしい。でも。嬉しいわ。」
ゆかりは、前を見ながらハンドルを握った。しばらくすると車が止まった。
「俊ちゃん。この店。私が経営するキャバクラ。今は、ここで商売をしながら生計をたててるの。俊ちゃんには無縁な所かもしれないけどね。さあ、鍵開けるから中に入って。」
ゆかりは、車のエンジンを止めて、車のドアを開け車を降りた。この男もサックスを片手に車を降りた。