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ザ コース オブ ライフ TEARS OF THE SUN  作者: やましたゆずる
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第2章 トラウマ その3 サプライズ

この後も三人で話をしているとたくさんの女性が変わる変わる挨拶に来た。この男は、笑顔で一人一人丁寧に接していた。しばらくすると生徒会長だった、上川久美がこの男の前に立った


「ほら、今度は生徒会長が来たわよ。」

真理は、嫌な顔をして裕子に耳打ちをした。


「赤間川さん。初めてお話させていただきます。上川久美です。突然ですいません。あなたの活躍、知っております。何年か前、ある音楽雑誌で紹介されていましたよね?それを見させていただきました。サックスホーンポピュラーコンテスト全国大会で優勝した記事を。遅れ馳せながら、おめでとうございます。いやぁあ。会いたかった。ソプラノサックスでの優勝でしたよね。凄いの一言です。素晴らしい!そんなスーパースターが私の身近に居たなんてビックリしています。どこかで聞いた名前で、調べたらあなただったので。私、今、隣街の中学校で音楽教師をしております。今日、あなたがこの会に出席すると幹事から聞いたので、是非会えるの楽しみに私、出席させていただきました。お会い出来てとても嬉しいです。後でサインいただけます?」

久美は、この男の目をまっすぐ見ていたが、無表情であった。


「ああ。見て頂きましたか?良く私だとわかりましたね。今じゃサックス奏者です。プロですよ。会長が来てくれてよかったよ。」

この男は、微笑みながら、久美の目を見た。「ご活躍、テレビやSNSで拝見してますよ。つくばノバホールのコンサート拝見いたしました。」久美は、この男の目を上目遣いで見てニコリと笑った。


「私、小学校、中学校とあなたと一緒なの知っていましたか?同じクラスになった事ないし、話した事一度もなかったけれど、あなたは、学校のたくさんの女の子達の憧れの的だったから私は知っていました。」

久美は、また、無表情でこの男の目を見た。


「小学校、中学校と上川さんは、生徒会長をしておられましたので、お名前とお顔は知っておりました。後、あの頃の自分は、勉強の出来る人とは、接点がほとんどありませんでした。」

この男が、笑顔で左手で頭をかきながら最後に下を向いた。


「ねぇ。生徒会長まで知っているんだから、あなたは、女の子からモテモテだったのよ。ところで生徒会長も赤間川君の事、どう思われてたいたんですか?」

裕子が、ニヤニヤしながら顔を覗き込んだ。


「そうね。嫌いではなかった記憶はありますね。遠くからいつも見ていたって感じですかね。」

久美の顔は、うっすらと色が変わった。それに気づくと裕子と真理は、お互いの顔を見合わせて大きな声で笑った。つられてこの男も久美も顔を見合わせて大きな声をあげて笑った。会場に四人の笑い声が響いた。


「プロのサックスプレーヤーなんて、ちょっと信じられないけどね。小学校の頃は、リコーダーも吹けなかったのに?」

裕子が、この男の顔を見てニヤリとした。




「赤間川君。今日、サックス持って来ていますか?」

久美が、この男の顔を覗き込んだ。


「ああ。持っていますよ。」

この男は、久美の目を見た。


「じゃあ。お願いです。聴かせていただきませんか?」

久美は、この男の目を無表情で見た。


「お金、かかりますよ。自分は、プロだからね。事務所との契約でやたらと吹けないのです。でも、今日はサービスします。」

この男は、大きく目を開いたままニヤリ笑った。


「聴かせてください。是非。お願いします。」

久美は、無表情で、突然、この男に頭を深々と下げた。


「いきなり、この場で吹くのでしょうか?」

この男は、複雑な表情をして、久美を見た。


「そうよ。私たちにも聴かせてよ。それくらいの権利はあるでしょ?」

裕子が、突然、二人の間に入ってきて、この男に向けて口を尖らせた。


「私、幹事と会場に許可を取って来ますね。」

久美は、三人の顔を見渡すとその場を素早く立ち去った。


「あの人、バイタリティーあるわ。」

真理が、久美の後ろ姿を見て、ボソッと口にした。


「なんか、凄い事になっちゃたな。ここまで来たら逃げられないしな。」

この男は、ちょっと、困った表情を見せた。でも、ただ、演奏するだけじゃなく、ある秘策を思い付いた。サプライズを。


しばらくすると、上川久美が、三人の前に戻って来た。


「Ok,が出たわよ。」

久美は、三人の顔を見渡すと初めてニッコリと笑った。


この男は、観念して、車へサックスを取りに会場を後にした。サックスを吹くのは、約1ヶ月ぶりであった。外は、お正月の冷たい風が吹いていた。いつもこの時期に吹いている風の匂いは、何時でも何処でもなぜか同じ匂いがしていた。子供の頃、あの原っぱでチャンバラごっこをしていた、あの日の風の匂いだったし、この男は、この風の匂いが大好きだった。


会場に戻ると、上川久美が手を振っていた。用意してくれたテーブルの上にサックスケースを置いて、『パチッ。パチッ』とケースを

開けた。


「うわ。カッコいい。」

裕子が、綺麗に輝くソプラノサックスを見て、黄色い声をあげた。


いつものように、マウスピースにリードをあててリガチャーで固定する。それをカーブドネックに取り付け、本体に差し込み組み立てる。この男、愛用のヤマト製カスタムソプラノサックスだ。金色に輝いていた。首から掛けたストラップにサックス本体をかける。口に咥えてサックスを構え持った。息をすうっと大きく吸い込んだ。静かに息をサックスに吹き込んで『ソのシャープ』の音をロングトーンで奏でた。その音を聴いて、ざわついていた会場は静まりかえった。この男が、サックスを持っているだけで絵になった。


「みなさん。お楽しみの所失礼します。小学校、中学校で生徒会長をしておりました。上川久美です。お久しぶりです。こうして、みなさまのお元気な顔を拝見出来ましたこと嬉しく思います。さて、今晩は、突然のサプライズです。知っている方もいるかもしれません。5年前のサックスホーンポピュラーコンテスト全国大会の優勝者で只今プロのサックスプレーヤーのこの方です。CDリリースもしています。みなさんもテレビとかネットでご存知かと思います。演奏者はこの男。赤間川 俊さんです。あの頃、女の子の憧れの的でここにいる女性は、お分かりかと思います。それでは、素敵なサックスの音色をお楽しみください。たぶん、また、惚れ直すと思いますよ。」

久美が、昔を彷彿させる語りだった。会場は、また、ざわめき出した。


「お楽しみの所、失礼します。すいません。突然に。今、紹介にありました、赤間川俊です。みなさん。ご無沙汰いたします。皆さんにこうして会えること嬉しく思います。さて、今晩はこの場を借りまして、お礼を言わなくてはならない二人がおられます。小学校6年生の運動会の時に鼓笛隊をみなさんでやったのを覚えていますか?あの時、リコーダーを吹けなかった自分に放課後遅くまで残って教えてくれたふたりです。でも、自分は、そのふたりの努力に答える事が出来ませんでした。そう、リコーダーは、吹けませんでした。だから、今日は、この二人に感謝と、そして、愛情を込めてこの演奏をプレゼントいたします。ビックリさせて、ごめんね。」

この男が、会場の同級生の顔を見渡した。この時、裕子と真理と目があった。会場の拍手はまばらだった。


「それでは、聴いてください。デビュー曲のティアーズオブザサンです。今日は、伴奏もカラオケもないのでアカペラで演奏します。」

この男は、会場を見渡した。


ソプラノサックスを口に咥えて、空気をいっぱい吹き込んで構えた。静かに軽く優しく空気をサックスに流し入れて、演奏が始まった。この男は、いきなり得意のアドリブで静かに吹き始めた。


この男に、裕子と真理の姿が目に入った。この男のサックスの音色に感動して、目から涙が溢れていた。サックスを吹きながら、あの日のあの時の風景を頭の中に思い出していた。裕子と真理の屈託のない笑顔。怒った時のふたりの目。この男と前島君の一生懸命にリコーダーを覚えようとしている真剣な顔。嫌いな音楽性教師の声。3階のベランダから見える風景。そして、風。

風が、裕子と真理の髪の毛を揺らしていた。28年前の秋のひとこまで、ちょっとだけ、あの日の四人に逢いたい気持ちが、この男のサックスの音色に変わっていた。とても、透き通った優しく聞こえていた。


演奏が終わる前に、裕子と真理は、腰砕けになって床に座り込んで抱き合って泣いていた。会場からも泣き声や鼻をすする音があちらこちらから聞こえて来た。生徒会長の上川久美もハンカチで目頭をおさえながら立っていた。そして、優しいビブラートで演奏は終わった。演奏前は、まばらだった拍手も今や割れんばかりの拍手に変わっていた。中心に赤間川俊が、ソプラノサックスを左手に持って立っていた。すると、ひとりの女性がこの男の目の前に近づいて来た。そう。『ゆかり』だった。


「何?元気そうじゃない。スーパースターになっちゃって。」

ゆかりは、この男と目があった。その一言を言い出すのが精一杯で、突然、大声を出しこの男に抱きついた。左手のサックスを落とさぬように、ゆかりを軽く抱きしめた。この男は、今日、この女に逢いに来たのであった。この男にとって、忘れられない女であり、越えないといけない、トラウマだった。


「ゆかり。あの時は、ごめん。守ってあげられなくて。それから、ゆかりを探せ出せなくて。あの頃の自分には、チカラがなかった。」

この男は、ゆかりの耳元で優しくささやいた。


「それと今日は、ゆかりに逢いに来た。逢えて嬉しいよ。」

この男は、ゆかりの耳元でささやいて、ゆかりの身体を思い切り抱きしめた。


「まあ、嬉しい。」

ゆかりは、涙で声にならなかった。しばらくふたりは抱き合って、動かないままどれくらいの時間が経っただろうか。会場がざわめき出した。


すると、裕子が回りをキョロキョロ見渡すと。


「何よ!やっぱり訳ありじゃないの?」

裕子が、口を尖らせて、ポツリと口にした。


「私も、あなたに逢える日をずっと楽しみに待っていたのよ。」

ゆかりは、この男を見つめて、流れる涙をハンカチで拭った。


「20歳、30歳の時の同窓会には、あなたはこなかったから、私、今年40歳のおばさんになっちゃたわ。はずかしい。あなた、私に逢うのが怖かったんでしょ?わかっているから。でもね。私は、あなたに逢いたかった。あの時、変なお別れしちゃたから。」

ゆかりは、この男の目を涙でいっぱいの目でじっと見つめた。


「あなた、今日の予定は?」

ゆかりは、この男をじっと見つめた。


「ない。」

この男は、ゆかりの目を見た。


突然、この二人の良い雰囲気の中に空気を読めない、久美が入ってきた。


「ああ。素晴らしい。初めてサックスで泣いたの。なんで、あんな音を出せるんですか?」

久美は、この男を見ると興奮冷めやらぬ様子だった。


「偉そうに聞こえるかもしれないけど、教える人と教わる人の気持ちが大切なんですよ。そして、その環境が必要です。久美ちゃんも指導者ならわかると思います。自分は、そういう人達に恵まれて来ました。それで、最後は、教わる人の努力です。そう、練習なんですね。自分が納得するまでやる事が大事なんですね。」

この男は、久美の目を見た。


「ある世界的に有名なサックス奏者は言います。ある時のインタビューで『うまく吹く秘訣は?』と聞かれます。すると『練習あるのみ!』と答えるんですよ。カッコいいですよ。サックスには、練習しかありません。」

この男が、久美を見て最後に微笑んだ。


「、、、、、。」

久美は、黙ってうなずいた。その後、この男は、多くの同窓生に囲まれた。たくさんの言葉をもらった。握手もひとりひとりとした。しばらくは、人盛りでもみくちゃであった。


「最後に携帯電話の番号教えてもらえないかしら?後で、お願いしたい事があるの?生徒たちにあなたのサックスを聴かせてあげたいの?」

久美は、この男の目を見て、両手を握りしめた。


「いいですよ。後で連絡ください。赤外線通信しましょうか。」

この男は、ポケットから携帯電話を取り出してボタンの操作をした。


それを見ていた、裕子と真理もその光景を見ていて、食い付いて来た。


「ええ。何よ。ズルい!私たちにも番号、教えてよ。独り占めは許さないから。」

裕子と真理が、口を尖らせて久美を睨み付けた。


「今晩は、ゆかりと何処かに行くんでしょう?さっき、ふたりの会話聞こえちゃたから。今度、私たちにも付き合ってよね。」

裕子は、勝手にこの男から携帯電話を取り上げ、赤外線通信をしていた。


「ありがとう。後で連絡しますから。裕子は別にね。」

真理は、この男の目を見て笑った。


「あら、私は、明日します。」

裕子は、真理を睨めつけた。


「、、、、、。」

この男は、二人の勢いに何か怖いもの感じかながら、無言で苦笑いをした。その後、携帯電話がなかなかこの男の手元に返ってこなかった。


裕子と真理と三人で後日食事会をした。ふたりともこれでもかとくらいにお洒落をしてきた。小学生の頃は可愛かったふたりは、今もその面影は残っていた。艶のあるいい女になっていた。周りの殿方の視線を釘付けにするのにに1分はかからなかった。





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