第10章お別れの演奏 その1 最後のリクエスト
次の日、優勝を土産に、水野さんを見舞った。病室に娘の咲良さんがいた。水野さんの顔は、白かった。具合は、悪そうだった。
「優勝おめでとう。娘から聞いたよ。素晴らしく良かったって。」
水野さんは、ニコリ微笑んだ。
「ありがとうございます。体調は、いかがですか?本当は、生で聞いてもらいたかったな。」
この男は、水野さんの目を見て微笑んだ。
「明日、一時、退院する。家に来ないか、飯でも一緒にどう。料理は咲良が作るから。是非。優勝祝いも兼ねて。」
水野さんは、この男の目をじっと見つめた。
「わかりました。お伺いいたします。今日は、これで失礼します。」
この男は、水野さんの目をじっと見て微笑んで、病室を出た。
次の朝、この男が空を見上げると青空が広がっていた。自分の部屋に戻りステレオのスイッチを入れて、ケニーgのCDをかけた。お昼を過ぎて、この男は、サックスを片手に、マンションを赤のオープンカーで出た。この男のお気に入りの練習場に向かった。山の中腹の景色良い高原がある。この場所は、この男の住む街を眼下に見下ろせ、サックスの音を街全体に聴いてもらっているような感じでここが好きだった。ありさも優衣ちゃんも知らない場所だった。ここに来ると必ずケニーgの曲を吹いた。一時間位、練習してサックスをかたずけて、途中の土産物屋やレストランの前を通り喫茶店の前に車を止め、この男は、サックスを手に喫茶店へ入って行くと店主が応対してくれ。いつもの席に座った。
「いつもの素敵な音ですね。ここまで、良く聞こえます。いつも、何という曲を演奏してるか、私も調べてみました。ケニーgと言う外国人の方の曲だったんですね。CD買いました。」
女店主は、この男の目を見て、ニコリ笑った。
「今度、自分のCDもリリースされます。一枚、差し上げます。」
この男は、女店主の目を見て微笑んだ。
「まだ、どんな曲かわかりませんが、きっと気に入ってもらえると思います。」
この男は、女店主の顔を見た。コーヒーを飲み終えるとテーブルに1000円を置いてお店のドアを開けると赤のオープンカーに乗った。エンジンをかけると、ウインカーを右に出して、サイドブレーキを下ろして、アクセルを軽く踏み入れてハンドルを右にまわした。そして、カーブの続く道をくだった。夜になると、この男は、水野さんの豪邸の前に立った。呼び鈴を押すとお嬢様の咲良さんの声がした。門を入って玄関までの長い石畳を歩いた。ドアの前まで来ると咲良さんが顔を出して待っていてくれた。
「いらっしゃい。」
咲良さんが笑顔で迎え入れて、くれた。
「お招きくださり、ありがとうございます。」
この男は、咲良さんの目を見て微笑んだ。
「どうぞ、中にお入りください。」
咲良さんは、この男を見て、ニコリ微笑んだ。
「お父さんの具合は、いかがですか?今日、手ぶらで来てしまいました。すいません。」
この男は、うつむき加減に咲良さんの顔を見て、頭をかいた。
「わがまま放題で、困ります。元気にしてますよ。お土産なんていいんですよ。お顔を見せていただくるだけで。私も嬉しいし。」
咲良さんは、最後にニコリと笑った。
この男は、リビングまで通された。そこには、水野さんと奥さんんが向かい合わせに座っていた。テーブルには、沢山の料理や飲み物がテーブル狭しと並んでいた。
「いらっしゃいませ。はじめまして水野の家内です。今日は、お越しくださりありがとうございます。」
奥さんは、この男の顔をジロジロ見て、最後に微笑んだ。
「赤間川さん、父のとなりにどうぞ。」
咲良さんが、椅子を後ろへ引いた。
「わざわざ、ありがとうな。退院祝いだ。それとあんたの優勝、祝いもかねてな。今日は、サックス、持って来てるかね。後で聞かせてもらおう。」
水野さんは、ニコニコしながら、この男の目をじっと見た。
「サックスやるなら乾杯前にどうですか?今日は、車なんで酒は辞めておきます。ジュースで。今、持って来ます。」
この男は、椅子に座る前にUターンして、サックスを取りに車へ向かった。
「サックスは、何か食べた後には、基本的に吹きません。酒を飲んでも一緒です。咲良さんが作った料理冷めてしまうので先にやっててください。」
この男は、三人の顔を見てニコリ笑った。
「せっかく来てもらっているのに悪いなぁ。おあずけなんて。終わったら残さず食べてなぁ。赤間川さん。リクエストがあるんだけど。ケニーgの曲いけるかなぁ?咲良、二階から楽譜持って来てくれんか。ケニーgの赤の背表紙のやつ。」
水野さんは、この男の目を見てニヤリ微笑んだ。
「楽譜、今日、たまたま、持ってますよ。これ使います。水野さん。リクエスト曲は?」
この男は、水野さんをじっと見つめた。
「リクエスト曲は、the CHAMPIONS THEMEです。宜しくお願いいたします。それと咲良があんたに惚れててな生娘だけど遊んでやってくれないか?そっちも頼んだ。奥さんの居る身の男に頼む事じゃないんだが。女として成長させてあげてくれんか?」
水野さんは、この男を見てニコリ微笑んだ。
「リクエストわかりました。今日、練習しました。聴いてください。咲良さんの事は出来るかぎり努力します。」
この男は、口を真一文字にむすんだ。
この男は、サックスをいつものルーティーンで、組み立てた。マウスピースを口に咥えて、大きく息を吸い込んだ。静かに曲ははじまつまた。この男独特の透き通った音に奥さんは、身体を前のめりに構えた。
「話には、聴いていたけど、良い音ね。」
奥さんは、咲良さんの目を見て微笑んだ。
「赤間川さん。ケニーgもいけますね。俺が死んだら出棺の時に吹いてくれんか?この曲。」
水野さんは、ニヤリとし、首を縦に2回ふった。
「曲は、静かに終わった。」
この男が三人を見ると三人共、眼から涙を流し泣いていた。
「お父さん。これ、いいわね。最高。これで、お父さんもさびしくないね。大好きな、赤間川さんのサックスで見送ってもらえて。」
咲良さんが、水野さんを見て、眼から大きな涙がポロリ流れ落ちた。
「そんな、縁起でもないです。全力でやらしていただきますが水野さん。アカペラじゃなんなんで。伴奏、作ってもらいます。」
この男は、真面目な顔で水野さんをじっと見つめた。
「赤間川さん。ありがとうございました。お酒と料理。やってください。」奥さんは、この男を見て微笑んだ。
「赤間川さん。あんた、プロになるんだろう。がんばれ。あんたなら行ける。咲良もあんたみたいな男と一緒になってもらいたかったなぁ。今日は、ありがとう。元気でな。あんたとは、これでさようならだ。短い間だったが俺は、あんたに会えてよかったよ。凄いサックスプレーヤーに会えて。後、白石のねえちゃんに宜しく言っておいてくれ。かわいいから。音を磨いて努力しだいでスーパースターになれる素質はあると。」
水野さんは、この男をじっと見つめた。眼から大きな涙が零れ落ちた。
「ご馳走さまでした。水野さん。これが、最後ですか?そう、考えると寂しいですね。」
この男は、水野さんに手を振って背中で泣いていた。
次の日、紀子さんに電話して、伴奏の演奏録音を頼んだ。ソプラノサックスで演奏する事だけを強調した。タイトルは、ケニーgのザ チャンピョンズ テーマです。宜しくお願いいたします。と。先日は、わざわざ、コンテストに見に来ていただき、ありがとうございます。と。つけくわえた。ちゃんとギャラ払いますとも。」
この男は、用件だけを言うと電話を切った。
「わかったわ。やってみる。一週間はかかるよ。キャラは、安くしとくから。私と遊んでね。ウフフ。」
紀子さんは、気持ち良く引き受けてくれた。
それから、一週間くらいでCDが届いた。最高の出来だった。紀子さんにお礼の電話をいれた。
それから、また、一週間たった頃、水野咲良さんから訃報の連絡があった。「父、水野洋52歳が本日すい臓癌で永眠しました。」
電話の向こうで咲良さんは、泣いていた。
「はい、わかりました。ご愁傷さまです。色々、大変でしたね。」
この男も涙を堪えて、言葉にするのは、これだけで、精一杯だった。年の瀬が迫った。27日の夜の事だった。いよいよかよ。と。この男は、清みきった。夜空を見上げた。新年があけて、すぐに予定日がやってきた。この男は、新調した、喪服に袖をとおした。通夜の時間まで一時間くらいに迫っていた。赤いオープンカーのハンドルを握った。会場に着くと沢山の人でごったがえしていた。楽器店からは、仲間マネージャー、武田先生、谷先生が出席していた。サックス科の生徒は、この男をはじめ、白石さん。高橋ご夫妻が出席した。お通夜は、無事百々滞りなく終わって、お開きとなる時、黒服を着た、いかにも柄の悪い3人が、怒鳴りながら入ってきた。奥さんと咲良さんと会社の偉い人と揉めていた。それもすぐ落ち着くと。会席で故人を敬った。奥さんがサックスにまつわる故人のエピソードを披露した。
次の日の告別式の日、朝から青空が広がっていた。この男は、部屋の窓を開けて大きく息を吸い込んだ。赤のオープンカーでマンションを出て斎場に向かった。斎場近くにくると水野さんの葬儀へ向かう来客の車で大渋滞がおきていた。
「ちょっと、早く出て来てよかった。」
この男は、心の中で安堵した。大きな会社の社長となると出席者の数も半端ないなぁ。と思った。自分の母は、葬式も小さなもので、この男も出席する事なくさびしく逝った事を思いだしていた。この男と母親には醜悪があった為だった。この日から、この男は、自分が死んだ後の葬儀について考える事が多くなった。
葬儀は、盛大に滞りなくおわって。いざ、出棺の時が来た。ホールの係員に伴奏CDを渡し、サックスをいつものルーティーンで組み立て、きょうは、ベルの先にピンマイクをつけた。前日に咲良さんにたのをでアンプ、スピーカー等用意して貰っていた。予定どうりこの男がサックスを吹いて出棺する。故人の希望だった。
「出棺のお時間が来ました。お手をあわせて、みなさんで、故人をお見送りいたしましょう。故人の強い希望により、本日、サックスプレーヤーの赤間川俊さんのサックスの音色での出棺になります。赤間川俊さんは、故人の友達でもあり、昨日、開催されました。全国ヤマトミュージックサックスポピュラーコンテストの優勝者でございます。曲は、the Champions THEME です。」
女性アナウンスが終わるとこの男は、マウスピースを口に咥えて、大きく息を吸い込んでソプラノサックスを構えた。アドリブは、入れずに譜面通り、暗譜した、曲を吹いた。霊柩車が見えなくなるまで、演奏は、続いた。
「赤間川さん。ありがとうございました。素晴らしい演奏。水野も喜んでいると思います。」
水野さんの奥さんが、この男の耳元で呟いて。この男の目をチラリ見て微笑んだ。
「ありがとうございます。うまく、演奏出来たと思います。」
この男も奥さんの耳元で小さく呟いた。
しばらくすると若い女性の方が、しゃがみこんで大声をだして、泣いていた。それを見ていた、咲良さんが近くに寄り添って、一声二声かけるとその女性は、泣き止んで、立ち上がった。
黒服の斎場の責任者と名乗る男性がこの男に近づいてきた、
「サックス感動いたしました。こういう、出棺、はじめてなので、心から素晴らしくいいものだなぁ。僕もサックス習いたくなりました。むずかしいですよね?」
責任者は、おもいっきりの笑顔でこの男の目を見た。
「いや、簡単ですよ。」
この男は、責任者の目を見て微笑みをかえした。




