第3章 サックスとの出会い その1 サックスを手にして
この男の妻ありさは、この頃、大手音楽教室の音楽講師をしていた。教室では、ピアノを主に子供や大人に教えていた。本職はトランペットだった。大学時代から有名なホーンセッションバンドで活動をしていた。美人トランペット吹きでこの筋のファンには人気があった。今は、生徒や父兄に人気があり、同僚の講師達にすごく慕われていた。美人で男っぽい性格。赤間川ありさ 32歳。ありさは、バツイチだった。そして、この男と再婚して、半年が過ぎていた。この男、赤間川俊は、会社を起業して6年が過ぎていた。レンタルビデオ店、アミューズメントパークなどの店を3店舗持っていた。経済的には不自由なく暮らしていた。『幸せ』だった。
「今日、俊ちゃん。34歳の誕生日ですよ。出来合いだけどオードブルとケーキ買ってあるから。着替えて乾杯しましょ。俊ちゃんはお酒じゃなくてジュースでいいよね。私は、ワインで。ワハハ。」
ありさは、用意したものを前に笑顔いっぱいだった。
「わぁ。美味しそうだ!もう、34歳か?人生の半分を生きちゃたな。ありさ、ありがとう。結婚するとこういうサプライズがあるんたな。なんか。嬉しいや。」
この男は、微笑みながらありさの顔を見た。
「あらら。サプライズなんて嘘でしょ?毎年違う彼女がやってくれていたんじゃない?そして手料理なんか作っちゃて。まあ、見え見えの嘘は、いらないから。よけい傷つくから。」
ありさは、大きな目を細めて睨めつけた。はっきりと嫉妬していた。
事実、この男は、今まで、決まった『彼女』は作らないで生きて来た。イケメンで優しいこの男に言い寄って来る女性はたくさんいた。しかし、ありさとは、ピアノを習い始めがきっかけで出会って、2ヶ月の付き合いで結婚したのであった。自分を飾らないありさが好きだった。結婚してからもふたりとも新しい発見があって、毎日楽しい日々を過ごしていた。
「ありさ。冗談でもそういう事、言わないでほしい。もう、過去は、過去で。今は、ありさとこうやって結婚して幸せなんだから。信じてほしいな。」
この男は、ありさの目を見た。ちょっと強い口調だった。
「そうね。俊ちゃんの過去の女性の話、気にならないと言えば嘘になる。そうとう、モテていたのは知っていたよ。」
ありさは、この男の顔を見た。
「私は、正直言うと、ありさの言った通りでまちがってはない。でもね。ありさと結婚したのは、私がありさのすべてがを好きで愛した。それが事実でまぎれもない本当の事なんだよ。」
この男は、ありさの目を見て微笑んだ。
「俊ちゃん。ごめんね。ちょっと。大人げなく嫉妬しちゃたな。私らしくないなぁ。嫌。恥ずかしい。」
ありさは、顔を赤くして下を向いた。
「結婚して、初めての誕生日会でしょ?せっかくなんだから、楽しくやろうよ。」
この男は、ありさを見て笑った。
「ありさが、やきもち焼いてくれたので、私も気になっている事が。言ってもいい?ありさと街をあるいている時、他の男性がありさの全身を嘗めるようにジロジロ見てる。多すぎ。」
この男は、目を白黒させて、笑った。
「あらら。気になる?それ、昔からだから。私、ナイスボディでしょ?男は、みんな、エロい目で見てるから。相当の数の男から、声掛けられた。でもさぁ。俊ちゃんにもそっくりそのままのセリフお返しします。他の女も俊ちゃんを見てますから。それにふたりを羨ましそうにね。」
ありさは、笑顔でこの男を見た。
「そうか?見てるか?アハハ。ハハハハ。」
この男は、ありさの目を見ると大きな声で笑い始めた。ありさも連れて、笑いだした。
そう、ふたりは、結婚しても他の男女からモテていた。この男は、お客様だったり、従業員だったり。ありさは、教室の運営の社員や本部の偉い人。生徒の父親にも。
ふたりは、この日が最後に過去の男、女の話をすることはなかった。
「ねぇ。プレゼントがあるの。サックスなんだけど。」
ありさは、奥の部屋から右手にケースのようなものを持って、部屋の中央のソファーのテーブルの上に無造作に置いた。
「えっ?サックス?」
この男、ビックリした表情をしてありさの顔を見た。
「そう。サックス。」
ありさは、この男を笑顔で見た。
「どうした?買ったのか?自分にか?」
この男は、まだ、状況が呑み込めずにいた。
「ちょっと、こっちに来て開けて見てよ。」
ありさは、笑顔で両手で誘った。『パチッ。パチッ。』とサックスケースを開けた、
「えっ?これ、サックス?」
この男は、ケースの中の金色の輝いた金属を見た。
「私の好きな、サックスプレーヤーのケニーGのサックスの形とは違うなぁ?」
この男は、ありさの顔を覗き込んだ。
「ああ。そうか?俊ちゃん。楽器の種類知らないものね?ケニーGのサックスは、ソプラノサックスって言うの。これは、アルトサックスって言うのよ。」
ありさは、笑顔で説明した。
「ありさ。自分は楽器の形もわからないのにサックスをプレゼントか。ありさもチャレンジャーだな。」
この男は、真顔で首を左に傾けた。
「そうだよ。それに、俊ちゃんの好きなケニーGのソプラノサックスって、初心者には音を出しにくいし、音程がとりずらいのよ。だから、比較的優しいアルトサックスを選んだのよ。どう?俊ちゃん。やってみる?」
ありさは、笑顔で目を見つめた。
「ありさ、ピアノにももてあそばれてるのに特にサックスなんてもっとダメだって。」
この男は、少し呆れ顔でありさの目を見つめた。
「うん。知っていたよ。でも、チャレンジしたくて、私の所にピアノ習いに来てんじゃなかつった?サックスも同じしゃない?チャレンジ!チャレンジ!」
ありさは、ニコッと微笑んだ。
「チャレンジ!」
この男も、ニコッと微笑んだ。
「俊さん。ケニーGのCD.車で良く聴いているじゃない。」
ありさは、この男目をじっと見つめた。
「うんケニーGのサックスは大好きだ。私もやって見たいと思った時もあったけど。」
この男は、ありさの顔を見つめた。
「それじゃ。やってみない?サックス。私はね。俊ちゃんは必ず吹けると思うのよ。ほら。俊ちゃんは、歌が上手いよね。それも歌手になれるくらい。だからね。『耳が良い』のね。それは、音楽をやる者には大切な事なの。俊ちゃんは選ばれし人なのよ。」
ありさは、この男目を見つめた。
「、、、、、。」
この男は、ありさの目を見つめた。無言だった。
「私ね。なんでサックスを俊ちゃんにプレゼントしようと思ったかと言うとね。俊さんにも私が携わっている音楽の楽しさをカラダで感じてほしいから。せっかく、私と結婚したのだから、いつか、ふたりで何かしら一緒に出来たらいいなぁ。なんて思うから。ちょっと、私の夢ね。」
ありさは、この男の目をじっと見つめた。
「ありさ。ありがとうね。やってみるよ。サックス。」
この男は、ありさの目をじっと見つめた。
「やった。やってみようよ。基礎は、私が教えてあげるからね。」
ありさは、この男を見つめてニコニコしていた。
「ねぇ。その前に乾杯しない。私、喉が乾いちゃた。お腹も空いたし。」
ありさは、笑顔で食卓の椅子に座ると、この男のグラスにジュースを並々注ぐと自分には、ワインのコルクを開けてグラスに半分くらい自分で注いだ。
「俊ちゃん。お誕生日おめでとう。結婚して初めての誕生日。それでは、乾杯。」
ありさが、音頭をとってグラスを重ねた。ありさは、一気にワインを飲み干した。
「あーあ。うまいなぁ。」
ありさは、ニコニコ顔で空になったグラスを突き上げた。
ありさは、『のんべえ』だった。この後、ありさは、ワインを1本をペロッと空けてしまった。
「ありさ。飲み過ぎじゃない?」
この男が、酔ってヘロヘロになっていたありさを見た。
「いいの。いいの。」
ありさは、目がへの字になっていた。
ありさにとって『記念日』になった。4月17日、赤間川俊の誕生日。そして、サックスプレーヤー赤間川俊の誕生日にもなった。
しばらくすると、ありさは、テーブルの上に顔を押し付け寝てしまった。この男は、ソファーに座り、テーブルの上の金色に輝くアルトサックスを上から眺めていた。この時の光景をこの男は、忘れなかった。