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運命は世界を見つめる。彼は解答を見上げる。  作者: 鷲見屋 裕真
第一章 知ることは始まり
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1話

「え、委員長?」


 槙夫の声は、困惑と安堵が混じった素っ頓狂なものになっていた。得体の知れない少女と二人きりというシチュエーションからの解放にひどく安心し、続いて訪れた問題にまたしても頭の中がかき乱される。なぜ、何もないところから出て来た? なぜ、知っている顔が? なぜ、自分を助けた? いやそもそも助けられたのか? そんな疑問が疑問を呼ぶ問答を繰り返した結果、やっと発されたのがあの一言である。


「ええ。昨日の夕方ぶり。西原くん」


 槙夫が委員長と呼ぶ少女は、たしかに槙夫と同じ制服を着ていた。違うところは灰色のズボンが紺のプリーツスカートになったという点くらいか。彼女は夕方廊下ですれ違いざまに挨拶した時と同じような微笑みを携えて、槙夫の短い問いに返した。


「柚っち。俺相性わりーヤツっぽいから、前頼んでいい?」


 委員長ーー柚の左側にいた男が、耳打ちする。耳打ちにしてはやけに大きな声だったが、柚は男に合わせるように無言で頷いた。伸ばしきりにした髪を赤茶色に染めて一つに結び、服装はラフーーというかあまりに適当だった。寝巻きにでもしているかのようなボロボロのシャツの上に、黒地に赤いラインが入ったジャージを羽織っている。ズボンもジャージだが、上とは種類の違う真っ赤なものだった。喋り方もなんとなく軽薄そうで、柚と並ぶと佇まいの差からか更にだらしなく見える。槙夫から見た第一印象はあまりいいものではなかった。


「じゃ、お前は計画通りそいつな」

「はい」


次に男は、柚の右隣の男ーー指示を出す。右の男は左の男に比べてかなりかっちりした服装をしている。高級そうなスーツに身を包み、髪も黒くさっぱりと整えている。見た目は仕事のできるサラリーマンといった感じだ。目つきが若干悪いのと、やけにガタイがいいところに目を瞑ればの話ではあるが。しかし先ほどよりはよっぽどましな印象を受ける。

知り合いを挟む二人の真反対な男を見比べて、槙夫は我に帰る。たしかに今、左の男が右の男に指示を出した。自分に指を向けて、そいつ、と。

槙夫が状況を飲み込むより先に、右の男に肩を掴まれる。


「ヨシ」

「ヒッエッあの」

「質問はあとで受け付けますから、今はーー」


丁寧に、しかし迅速にその場を収めようとした男の声は、別の絶叫によってかき消される。放置していた少女から放たれたものだった。人間の声というより、獣の雄叫びに近い。


「痛い! 痛い、痛い……。痛いよォー……えーん……」


絶叫が収まると、次はさめざめと泣き始める。柚は綺麗な顔をしかめてその様子を見ていた。左の男は案外平気そうな顔で、少女の方を見てすらいない。どこからかスマートフォンを取り出して画面を操作したあと、柚に話しかける。


「出た、木村才加。データはあんまないなー。多分元からあっちだわ」

「で、どう分が悪いんですか? 水を使うとか?」

「いや……どうも風とか空気とからしいんだけど、その辺まだ分かってないらしいんだよなあ」


槙夫には、彼らがどのような会話をしているのか分からなかった。そして何を話しているのか聞こうとさえ思わなかった。


「行きますよ」


気を取り直した男に引っ張られ、なすすべもなく歩かされる。

そういえば行くってどこに? ここはビル群で、更に言えば見えない壁で覆われている。そもそもあんたたちどこから来たんだーー。

歩きながら問いが再び渦巻き始めたころ。槙夫は急に視界が眩しくなり、思わず目をつぶった。足元も満足に見えない暗闇から、いきなり明るいところに出たゆえの条件反射だ。ゆっくり目を開けると、その光は単なる蛍光灯だった。槙夫はどこかの一軒家のリビングのような場所に、いつの間にか座り込んでいた。

 まず彼は第一に、今起きてることは夢なんじゃないかと疑った。お約束通り頬を抓って見たが状況は何ら変化しなかった。しかし狐につままれたような感覚は消えない。次に、これが何かしらのドッキリではないかと考える。よくよく思い出してみればおかしいのだ。学校帰りに突然見も知らぬ少女に追いかけまわされ、気付いたらあまり出入りしないビル街の路地裏を必死になって走っていた。そしてもうだめだと思った矢先別の登場人物が現れ、また気がついたら別の場所に。仕組まれているようにしか思えない。それにもう一つ思い出した。鞄をどこかに置き忘れてきたみたいだ。財布とか定期券とか、必要なものが一式入っていたのに――。


「はい、落としてましたよ」


 鞄が無いことに気付いて数秒後、今まで気配を消していた男が心を読んだかのように差し出してきた。一年間と数か月しか使っていないのに潰れた紺色の学校指定鞄。よく物を落とすからと肩にかける紐に括りつけられた手製の定期券ケース。間違いなく、槙夫の鞄だった。


「……えっと」

「何か?」

「いや、ありがとうございます」


 色々と言いたいことはあった。しかしさっさと受け取れと言わんばかりの男の圧に押され、とりあえず礼を言って鞄を受け取る。中身もきちんとそろっていた。といっても、教科書類はほとんど学校に置きっぱなしにしてあったから、弁当箱と携帯電話くらいしか入っていなかったが。


「帰ったぞー!」

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