晩秋:秋の晴れ間と、ドノスティアでの弟勇者の行い・上
【前回までのあらすじ】
春先に王都を発した勇者パーティは、晩夏に兄勇者の離脱を余儀なくされながらも大陸公路の旅路を続けている。
仲秋には秋の長雨に苦しみながら、僧侶レスカの故郷では窮地にあった僧侶の少女を助ける奇跡を見せた。
勇者パーティはさらに旅を続け、王国北端の大都サルバティエッラを経由し、晩秋には王国国境沿いのドノスティアにたどりつこうとしていた。
西南から東北へと長く続く大陸公路をちょうど二つに分断するかのように、道半ばにして大きく折れ曲がるところが一カ所ある。サルバティエッラとドノスティアを繋ぐ道だ。
西南から西北にかけて広がる山脈帯の裾野に築かれたドノスティアは、東に広がる森林帯を背後に置いたサルバティエッラとともに王国を南部の本土と北端地域とに分けている存在である。
ここで唯一、道は東から西へと折れ曲がっているのである。折り返して、公路は再び東北へと向かい、終着点の公都へと到る。
ここまで来れば、旅も終わりが見えてきたと言っていい。いま少しで、王国の付庸たる公国へと足を踏み入れることになる。
秋も終わりが近づいた頃である。
雨続きだった最近では珍しい晴れ間、気持ちのいい日差しの中でドノスティアへとたどり着いた勇者パーティは、思わぬ難題にぶつかっていた。頭を抱えていたと言ってもいい。
「まさか、ここに来てこうした依頼があるとは」
私がうめくと、カストロは軽く笑って応えた。
「致し方ありますまい。地方都市にとっては、こうした利で釣らねばならぬような代物ですからな、勇者召喚事業などというものは」
「確か、そういうものになっちゃってるんだよね、勇者召喚って」
「そうですな」
弟君の問いにカストロはうなずく。
「公路上の都市は、勇者役の者を歓待する。その代わりに、何かしらの悩みや諍(いさかい)いの解決を任される。大陸公路が完成した近代以降の習慣ではありますが、なにしろ勇者パーティの滞在費も無料ではありませんからな、利で釣らねばならぬ次第で」
「不信心なことである」
とレスカはしかめつらをしているが、弟君はあははとあっけらかんに笑っていた。
「まあ、仕方ないよね。本当は良くないけど、不信心って言うなら、僕と兄さんの国の方がヒドいくらいだから、文句は言わないでおくよ」
「勇者殿の国でも、こうした事業があったのですか?」
「そういうわけじゃないんだけど、たとえばさ、僧院みたいなところに来て、みんなお金を払って神様にお願いする習慣があるんだよ。パン一つ買えないようなはした金でさ、試験の合格だとかずっと健康に過ごしたいとか、結構無理難題をお願いするの。それも年に一回くらいしか来ないし、しかもみんなあんまり地元の僧院には行かないで有名な僧院にばっかり行っちゃったりする」
「……不信心な」
さらに顔をしかめたレスカへと、弟君はくすくす笑って言った。
「まあ、そうだよね。でも、そういう文化だから。国教会の話でもないし、大目に見てよ」
「むう」
「信仰心がないわけじゃない。信仰の道筋はいくつもあるんだから。そりゃあ僧院に行くに越したことはないけど、何も僧院を訪れなきゃできないってわけでもないからね。そのことは、レスカだってわかってるでしょ?」
「それは……確かに」
渋々うなずいたレスカを見て、弟君はあははと笑っていた。
いまひとつ意味の取れない妙なやりとりに私は首をかしげたが、それに合わせたかのように弟君は首をかしげて話を進めた。
「とはいえ、どうしたものかな?」
そう言ってから、弟君は私を見る。
「正直、もう旅程に余裕なんてないよね。だから手っ取り早く済まさなきゃいけないわけだけど、こういうときの対処法ってあるの?」
「あるには……あるのですが……」
私は困って言葉を詰まらせ、ややあってから正直に述べることにした。
「勇者殿は、先日、レスカの故郷で人助けをなさったでしょう」
「ああ、うん。あれがどうかしたの?」
「そこで、奇跡を起こされた。その噂がすでにここまで届いているようで、領主殿の期待が並々ならぬものになっているようなのです」
勇者パーティとして面会を済ませた後に、一人呼び止められた私は、領主直々に言われてしまったのだ。おざなりな物では困る、何しろ本物の勇者殿なのだから、と。
それゆえ、勇者が気に入った特産品だとか、「ここなるは勇者によって祝福された土地である」などという宣言だとか、そうした元来の(領主殿の言うようなおざなりな)対応では納得してもらえそうにないのである。
「ええー?」
とはいえ、話を聞いた弟君は心底困った顔をして声を上げた。
「いや、だからって、期待されても困るんだけどなあ。町おこしとか、経験ないんだけど」
「そう、説明したのですが」
私は力なく肩を落とした。本当にどうしたものか。
勇者召喚は事業である。
本来は祭りであり、そう断じたいところであるが、現状を思えばやはり事業という言葉が似つかわしい。
というのも、純粋に祭りとして各都市が強いられる負担を甘受するのかと言えば、まったくそんなことがないためだ。
従来の勇者召喚においては、勇者パーティは種々の依頼を受け、解決することが求められる。
兄君へと依頼された反乱する「違え人」の慰撫などは無理難題の極地であるが、実のところ、都市内における諍いの仲裁程度は多く依頼されるものである。
純粋に中立的な立場である勇者の仲裁であれば納得できる、という考えは、実際のところはそんなことなどあるはずもないが(不利な判定を為された側が不承不承で納得するに過ぎない)、領主の責任逃れとしては有効であるために人気が高い。
旅前に過去の事業書を検めたが、ついめまいを起こしてしまったほど多種多様な案件の仲裁が求められている。
そして、それに次いで人気の高い依頼が、今回依頼されたような町おこしだ。都市へと人を誘引することを画策し、そのために勇者事業を利用しようという考えは、大陸公路が開かれ人の往来が一段と盛んになってからは一般的な考えである。
そのため、その町の特産品であるだとか、僧院だとか、観光名所だとか、そうした地所や文物にお墨付きを与えるのもまた勇者事業の一環である。
今回の兄弟勇者の召喚は前代未聞のことであり、そのことが事業へとどう影響するかについては、三派の代表者が顔をつき合わせて殊更話し合った事柄だ。
特に王院派は強く求めたのだそうだ。勇者の道を妨げるべきではないと。
この点においては貴族派も賛同しており、冬至に公都で祝いの席を設ける予定の消化を望んでいる王権派もうなずいた。
そのため、王国の影響下にあるこれまでの都市においては、最低限の義務を果たすだけで許されたのだ。厄介な仲裁や町おこしは避けられた。
だが、公国の影響が強まるこの地域に到ってはその羈絆(きはん)も緩まる。それゆえに、今回のような難題が為されたに違いない。こうした出来事が公国に入ってからも続くだろうことは容易に想像できる。
国境線沿いにたどり着いてすぐの事態なのだ。公国の長たる大公の意向が関わっていると見て間違いない。勇者という存在がどのような振る舞いを見せるのか、注目しているのだろう。
……などとパーティで確認しあいながら、それでも疑問は残った。
「しかし、それにしても急な話ではありますな。大公殿も旅の遅れはお知りのはずなのですが」
「だよね。っていうか、こういうのって、前もってこっちにも知らせがあると思ってたんだけど。どんな感じの依頼があるのか、って」
「拙僧が受け取ったドノスティアの僧院からの返信にも、依頼をほのめかすような文句の一つもありませなんだ」
と、皆して首をかしげるところではあったが、とにかく無視していい問題ではないし、おざなりな対応もできない。
とはいえ、これまでの経緯から今代の勇者パーティは実務経験に乏しい。そうそう妙案など捻り出せるはずもなく、旅路は一時的に押しとどめられることとなった。
とにかく、善後策を話し合う会を設けてはみたが、そう易々と切り抜ける方法は見当たりそうになかった。
「レスカ、第五司教区が隣にあるが、そちらの協力を得られないか?」
「それは難(かた)きこと。地域紛争でも起こすつもりですか?」
と私の提案も、レスカにすげなく却下される。それもそうか、と反省する。近隣都市に対して司教区が直接干渉するなど侵略にも等しい行いであり、本当に紛争になる。
さらにレスカが付け加えたところによれば、ドノスティア自体が山岳信仰が根強く残る地域であり、僧院の力も強くないとのことである。僧院から領主へと圧力をかけることは難しく、仮にできたとしても各方面に禍根を残すだけだろう。それは避けるべきだ。
「でも、司教区の人ならドノスティアのことも外から見てるわけだし、こっちで拾うのとは違った話が聞けるかも。そういうの、聞いてきてくれないかな?」
「承りました。聞いて参りまする」
あっさりうなずくレスカに、私はあんぐり口を開けた。弟君の頼みごとならそうもあっさりうなずくのか、と。
そんな私の視線になど一顧だにもせず、レスカはカストロへと声をかけた。
「カストロ殿。此度のことで、ドノスティアの騎士団と協調体制は取れますか」
「無理でしょうなあ」
愛想良く笑顔を振りまきながら、カストロはきっぱりと否んだ。
「公国の影響下にあるこの地の騎士団は、王都の騎士の言葉なんぞ聞かんでしょう。ましてや、王立騎士団所属でさえありませんからな、自分は」
「近衛のローザでも厳しそう?」
「残念ながら」
弟君の問いに、カストロは首を振って応えた。王立騎士団の威光が通用するのであれば、そもそも今回のような依頼はありえない、と。
なるほどと、私は密かに得心していた。確かに騎士らからもあまり歓迎されている風には見えなかったが、しかし、協力を得るのすら難しいとは思わなかった。これは本当に手の打ちようがない。
手詰まりの話し合いに、弟君は首をかしげながら提案した。
「じゃあ、とりあえずこういうのはどうかな。レスカはドノスティアの僧院と第五司教区……だったっけ? あ、合ってる? そっちに顔を出す予定のままでいいから、この地方について話を聞いてみて。突破口があるかもしれないし」
「わかり申した」
「で、僕とローザとカストロは、とりあえず街を回ろうか。見てみないことには始まらないし、ここで雁首つき合わせて話しててもね。絵に描いたモチってやつだよ」
私が聞き慣れない言葉を訊ねる。
「勇者殿。絵に描いたモチ、とは?」
「モチってのは食べ物なんだけど、どれだけ上手く描かれた絵でも食べられはしない。机上の空論しか出てこないよね、ってこと」
なるほどと私は感心してうなずいた。弟君の故郷には、面白い言葉があるものである。
カストロとレスカも同様にうなずいていた。
翌朝、先の晴れからは一転して暗雲立ちこめる中(相変わらず天候は不安定である)、私たちは僧院へと向かったレスカを除いた三人で歩いていた。
街中を見て回るという話であるが、闇雲に歩いていても致し方ない。どこを見て回るかが大事だろう。
「自分が先導しましょう」
と言ったのはカストロだった。迷いなく先導するその様からは、どうも当てがあるらしいことがうかがわれた。
彼に先導を任せながら、街を見て回る。
「ローザはあれから、何か案が浮かんだりした?」
と、中央の大通りを賑わす市を見回しながら、弟君が訊ねてくる。
情けないことこの上ないが、私は正直に首を横に振った。
「お恥ずかしながら、私は今のところ……」
「あはは、いや、仕方ないよ。確かローザは騎士道一筋だったんだよね?」
「はい」
私はうなずいた。弟君の言うように、私は騎士の一家の出自で、幼少の頃から騎士となるための訓練に明け暮れていた。
正直に言えば、私の家は武門としては名の知れていない一門であり、しがない地方貴族の家柄である。ゆえあって王都へと居を移したが、元来、近衛騎士の身分を拝することがお決まりだなんて家柄ではないのだ。
そんな家の娘である私が王立騎士団に配されたのは、実力を評価されてのこと、いささか誇らしく思うところである。此度の勇者パーティへの抜擢も、一門の誉れともてはやされたものだ。
だが、それゆえに、こうした政や商いに関わることにはどうにも疎く、案の一つも捻り出せない。情けない話であるが、いかんともしがたかった。
「騎士としての視点で見れば、この街はどんな風に見える?」
「騎士としての視点、ですか」
そんな問いかけに、私は周りを見回して思いを巡らせてみた。
市内中央を通る道は、公路を東から北へと繋げている。つまり、公道そのままに、東門から北門へと真っ直ぐに繋がる大道が街の中央を横切っているのだ。
軍事面で見れば、この大道は良いところも悪いところもある。よく整備された道であり、交通の便はすこぶる良い。ここを軍で通過する際は軍馬を並べたまま進めることができるだろう。市も天幕と絨毯をしつらえただけの地べたでの販売がほとんどで、撤収も手間取らないに違いない。
しかし、こうした通過しやすい道というのは、誰にとっても使いやすい道である、ということでもある。都市としての規模も大きく、軍の進行も妨げない。侵攻の足掛かり、拠点として適した都市だ。
「ですから、もし公都方面からなんらかの勢力による軍事的進行があった場合、ドノスティアの陥落は戦況に大きく影響することでしょう。こことサルバティエッラの防衛こそが王国南部の王畿を維持するための生命線であり、重要な局面になることは間違いないかと、そう私は考えます」
「なるほど」
と楽しげにうなずく弟君は、なぜだか少し苦笑いをしている。
「そういう話、兄さんは大好きだから、また兄さんが戻ってきてから詳しく教えてあげてね」
という弟君の言葉に、思いがけずドキリとさせられた。
兄君が東に向かわれてから、すでに幾ばくかの時が流れている。王都から続報はないが、伝え聞くところでは、ずいぶんと前に森林帯に隣接する都市へとたどり着いたそうだ。
どこかで忘れかけていた罪の意識が鎌首をもたげ、私は少しばかり、言葉に詰まってしまった。
「……カストロにはどう見えてるの?」
「そうですなあ」
そんな私を横目に、弟君は前を歩くカストロに声をかけた。
のんびりとした風情で、カストロは応じた。
「レスカ殿の仰せのように、中央の道路がよく整備されているのは確かでしょうな。その脇に軒を連ねる市は、この通り盛ん。入管税と市税を考えますと、この点で改善するのは難しいように思えますな」
「確かにね。人通りもあるし、売り買いも王都とそう変わらないように見える。これ以上盛んにしろって言われても難しいよね」
「同感ですな。都市の規模を思えば、よく運営されていると見るべきでしょうな」
と、カストロは振り返って言った。
「それにしても、勇者殿は王都でのことを覚えておいでなのですか?」
「そうだけど。あれ、意外だった?」
「いや、なに、失礼を承知で申しますと、臥(ふ)せてばかりでしたからな。ろくすっぽ憶えていないのでは、と勝手に思っておったので」
冗談めかした口振りではある。だが、あまりの物言いに私は「失礼が過ぎるぞ、カストロ殿」と咎めた。
さすがに、見逃しかねる物言いだった。心中の痛みをとっさに忘れたほどだった。
「いや、構わないよ。実際そうだったしね」
と弟君は手を振るが、そういう問題ではないだろう。
振り返ったカストロを睨みつけると、彼はあっさりと謝った。
「いやいや、相済みませぬ。口が滑った次第で」
「ほら、カストロも謝ってるしね」
となぜか当人の弟君に仲裁されて、私は不承不承うなずいたのだった。
弟君はそのまま話を戻してから、カストロに言う。
「どのみち、商業政策に口は出せないだろうし、この辺は見ても仕方ないかな」
「そうですな。では裏道を行きますか」
と先導するカストロはさっと横道に入る。
当然のように付いていく弟君に、私は慌てて付き従いながらカストロに抗議した。
「カストロ殿、このような裏道を歩くのはいかがなものか」
「このようなところだからこそ、歩く意味があるのですよ、ローザンヌ殿」
裏路地の中を迷いなく進みながら、カストロは言葉を返した。
「表通りで見られる物を誉め、勇者殿が祝福の言葉を与える程度で済むのならば、そうすべきでしょうな。しかし、領主殿の望みはいま少し大きな物かと」
「カストロも本当に危ない道は選ばないし、大丈夫だよ」
と弟君がフォローに回る。その言葉にカストロもうなずいていた。
なんだか私ばかりが危惧している。二人の自信がどこから来るのか不思議なほどだった。
だが、今回は私の危惧が当たったらしい。
いくつかの角を曲がって進む内に、どことなく薄汚い路地裏のあちらこちらに屯(たむろ)していた者どもが集まって道を塞いできた。数にして六人。
無理してまで押し通る必要があるわけでもないだろう。後ろまで塞がれたわけでもないのだから、引き返せばよい話である。そう声をかけようとしたところで、二人はそのまま男どもに歩み寄っていく。
唖然としているうちに、二人は相手方へと話しかけていた。
「ゆ、勇者殿……?」
「ローザもほら」
と弟君が手招きしているが、どう見ても無頼者の一団であり、どう見ても待ち構えて道を塞いでいる。絡まれるのは間違いない。
ひと悶着ありそうだと、私は佩(は)いていた騎士剣の柄に半ば無意識で触れ、静かに弟君の元へと歩み寄った。
ところが、そんな私の予想は裏切られる。
二、三のやりとりを果たしてから、その一団は私たちを招き、先導し始めたのだ。
「こ、これは?」
ポカンと立ち止まってしまった私に、弟君がくすくす笑う。
「カストロがさ、いろいろ詳しい人に当てがあって、その当てってのが彼らのお頭さんなんだって」
「な、なるほど。そうなのでしたか」
「いくら相手が強面揃いだったからって、あんなに警戒しちゃあかわいそうだよ、ローザ」
思わず赤面する私に、さらに弟君はくすくすと笑った。
早合点した私も悪いが、カストロも先に説明してほしかったものだと、密かに恨みを覚えたのだった。
彼らは、存外丁重に案内を進めてくれた。そこここにある物などについて弟君やカストロが問えば、丁寧に答えてくれる。
私は密かに、自分の疑心を恥じた。だが、
「しかし、カストロ殿」
「なんですかな」
「彼らは、その、どのような人たちなのだ」
と、道中問うてみれば、
「ならず者というやつですな」
だなどと言う。とんでもないことを言うものだと慌てて相手方を見れば、しかしなぜだか仲間内で笑いあっているではないか。
何一つ理解できないでいる私に、弟君が教えてくれた。
「あの人たちは、街の用心棒みたいなもの、らしいよ」
「用心棒? 騎士団が居るのに、自警団が居るのですか?」
「うん。王都にも居るって聞いたけど、知らない?」
初耳である。
先を歩くカストロに訊ねれば、あっさりとうなずいていた。
「近衛のレスカ殿にはなじみのない存在でしょうな。どんな都市にも、こうした自警のための組織はあるものです。どこの領主も、問題を大きく起こさぬうちは見て見ぬ振りをしている」
「……しかし、騎士団以外に、そんな者どもが居るというのは」
思わず絶句した。治安の面で心配される話である。
何より、どうやって活動のための資金を手にしているというのだろうか。
「みかじめ料ってやつだね」
とこともなげに、弟君は言った。
弟君によると、近辺の治安維持や秩序維持に寄与することで、その対価として一定のお金を商会や露天商からせしめているのだと言う。そうした対価のことをみかじめ料と言うのだそうだ。
「ドノスティアの団体は、そんなにヒドい感じでもないらしいし、この辺の事情には詳しいだろうからってカストロが話をつけてくれたんだ」
「まさか。カストロ殿、いつの間にそのようなことを」
「具体的な依頼をしたのは昨晩ですな」
「詳しい話は、僕もカストロから今朝教えてもらったんだ」
とすでに話し合っていたらしい二人に、仲間外れにされた私は少しばかり憮然としてしまった。してしまってから、慌ててその表情を隠す。
だが、その努力も無駄だったようで、二人に笑われてしまった。
「元々はね、兄さんがやってたんだ。こういうの」
「兄君殿が……?」
「うん。カストロはその辺いろいろ詳しいみたいだから、行く先々のこうした人たちに渡りをつけるように頼んでたらしくて、各都市の詳しい話を聞いてたんだって。兄さんはいま居ないから、代わりに僕が聞いてるってだけ」
だから、仲間外れにしたってわけじゃないよ、と軽く言う弟君に、私は少し目線を落とす。
どう言っていいか、どういう感情を感じていいのか、わからなかった。
それゆえに、弟君が小さくつぶやいた言葉を、私はただ耳から耳へと通すだけで済ませてしまったのだった。
「得手不得手を言ってる場合じゃないからね。ただでさえ、あべこべなんだから」
私が複雑な感情を整理するよりも前に、一団は目的地にたどり着いていた。
家々が立ち並ぶ裏道の間に、ぽっかりと開いた小さな広場があった。その中央に大振りな天幕を張り、下には色鮮やかな緋色の絨毯が敷かれている。細かく編み込まれた柄の連なりは、この地方特有の図柄だろうか。
そこに一人、壮年の男が座っていた。
「どうも、勇者です」
「おう。座れや」
弟君は招かれ、地べたに座らされる。私とカストロはその後ろで立ち、案内役の六人は男の後ろに回った。
私は男のぞんざいな口ぶりや地面に座らせる応対にムッとしたのだが、カストロに目で制されて、口元に浮かんだ苦さを押し隠したのだった。
当の弟君は気にした様子もなく、むしろ慣れた様子で敷物の上で足を崩して座っていた。
「うちのカストロから話は届いていると思うのですが、いくつか話を聞かせてもらいたいのです」
「その口振り、やめな。ガキがかしこまって気色わりい」
「そう?」
「ああ。まだるっこしい前座もいらねえよ」
「うん。なら、いまこの都市に何が起こってるか教えてもらえる?」
単刀直入に問いかけた弟君に、男は一言で答えた。
「流民だな。それで、困ってやがるんだ」
(中に続く)