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 一目見たその瞬間に恋に落ちるー一目惚れ。

 それが意味することは、人間は「顔」が大事だ、ということ。

 

「おい、そこのパイプ椅子、全部体育館に運んでおけ」


 上から降ってきた横暴な言葉に私はにっこり笑って「はい」と返事をし、椅子に手をかけ、体育館へ歩き出した。

 先ほどの暴君な彼の名は、駿河悠真。

 容姿は整っている。

 そりゃ人には好みがあるから一概には言えないけど、十人中八人は余裕でイケメンだと言うだろう。

 だが難あり。

 しかし、それもイケメンフィルターにかかれば「そんなところもかっこいい」となる、イケメンとはとても得する生き物なのだ。

 

 二年程前に彼に一目惚れというものをした私。

 惹かれた理由は勿論「顔」。

 なんだかんだ訳あり、私はイケメンフィルターをかけても補い切れない難ありの彼から離れられなくなっている。

 

 私はパイプ椅子を何度かに分け、途中で会った何人かに手伝って貰いながら全て運び終えた。

 指示した本人も何かしら忙しく動き回っているから文句なんていえないけど、女子一人に指示する内容じゃないと思う。

 まあ、それが悠真先輩なのだから仕方ないのだけれど…。


「お疲れ。チョコでも食べる?」


 全ての椅子を運び終えて、次にやるべきことを思い浮かべていると、一緒に運んでくれた同じクラスの須藤くんが人懐っこい笑みを浮かべ、小分けのチョコレートをポケットから取り出した。

 須藤くんのこの笑顔にとても癒やされながら「ありがとう」とそれを受け取る。

 須藤くん可愛いなー。本当可愛い。なんでそんなに睫ながいの?まつエク?ねぇそれまつエク?そのまん丸の大きな瞳もなんなの?とにかく可愛いなー

「ねぇ、春ちゃん?どーしたの?」


 私の暴走しかけた思考は、須藤くんのその一言によって停止した。

 ありがとう、須藤くん。


「ううん。大丈夫だよ」

「そっか。午後も頑張ろ」


 須藤くんは最後に素敵な笑顔を残して、どこかに行ってしまった。

 多分今度は外の装飾の手伝いにでも行ったのだろう。


 私も体育館から出た。


 廊下では生徒達が準備をしており、歩くところが極端に狭くなっている。

 私はいちいち謝罪をいれながらなんとか歩いていく。


 私、前野春花の通う高校は現在文化祭準備期間なのだ。

 文化祭が明日に迫ってきており、生徒達はみんな必死に各自の持ち場で作業している。

 先ほど運んだ椅子も体育館パフォーマンスの観客席用の椅子だ。

 私は生徒会役員なので、自分のクラスを離れ、そういった雑用を色んなところを走り回りながらこなしている。

 ちなみに先程の可愛い須藤くんは文化祭実行委員だ。

 そして、私に椅子運びを指示した悠真先輩は私の一つ上の高三で生徒会長をしている。


 これからすぐに始まる開会式のリハーサルために、忘れてきた進度表を取り行くために生徒会室へと向かう。

 生徒会室に入ると、リハーサルのために講堂にいるはずの悠真先輩が何故かいた。


「なにしてるんですか?」


 思わずそう聞くと、悠真先輩は眉間にしわを寄せ、


「別に」


 と、そっぽを向く。

 悠真先輩がここにいた理由は分かった。

 

 さっきので私が怒っていないか、確かめに来たんだ。


「悠真先輩、そろそろリハの時間ですよ、行きましょう」


 机の上の進度表を取る。

 悠真先輩は動こうとしない。

 

 不安げに揺れる瞳。眉間の皺はもとに戻らない。


「大丈夫ですよ、先輩。私は悠真先輩のこと大好きです」


 大きな身体に手を回し、思い切り抱きついてそう言う。

 ちらっと悠真先輩のことを見上げれば、眉間の皺はなくなっていた。

 良かった良かった。


「行きましょう」


 私がもう一度そう言うと、悠真先輩は何も言わず私より先に出て行ってしまった。

 私もそれを追いかけるようして、生徒会室から出た。


 講堂に着くと、先に来ていた、生徒会の副会長である大野恭子先輩がこちらに気付いた。


「お疲れ様です、会長。今実行委員と、パフォーマンスの間隔について話し合いました。後は、舞台裏の先生方との打合せですね」


 大野先輩はそう言いながらいつも持ち歩いているメモを広げ、悠真先輩に説明している。

 恭子先輩は知的な人だ。

 私はあまり好かれていないらしく、大抵空気のような扱いをされる。

 が、私は個人的にこの人が嫌いではない。

 むしろ好きだ。

 はっきりと物を言うし、賢いし、綺麗だ。

 実際「あなたのこと嫌い」とはっきり言われている。

 そこで、怒ってややこしくなるのもめんどくさかったので、「そうですか」と笑っといた。

 それがベストだと思ったけど、さらに苛立たせてしまったかもしれない。

 恭子先輩は悠真先輩が好きだ、確実に。

 そんなの見ていれば分かるし、悠真先輩に惹かれる気持ちも分かる。

 私は恭子先輩に悠真先輩の彼女さんになって欲しい。

 恭子先輩は悠真先輩が好きだから、恭子先輩の方ば問題ない。

 問題は、悠真先輩の方だ。

 悠真先輩は恭子先輩に興味がない。

 ただの生徒会役員、それだけのような気がする。

 でも、悠真先輩には恋人が必要なのだと思う。

 恭子先輩みたいな、愛してくれる、しっかりした人がいい。


 私は二人のそばを離れ、講堂の椅子でぐったりしている様子の須藤くんを見つけ隣に座った。

 まだ全員が集まっていないようだし、少し休憩するくらいいいだろう。


「だれー」


 人の気配に気づいたらしい須藤くんが顔をあげた。


「お疲れだね」


 私がそういうと、須藤くんが口を尖らせて、


「そうだよ!お疲れだよ!校門の装飾に行ったらここはいいから講堂に機材運べって言われて、ついでにとかどんどんプラスされて…もう!みんな人使いが荒いから!」


 と、ポンポンと愚痴が零れる。

 なんか可哀想に見えてきて、でも「お疲れ様」としか言えず、再び突っ伏した須藤くんの頭を撫でた。

 同い年なのに、この溢れる弟感。

 この母性が擽られる感じ。

 流石過ぎる須藤くん。


「春ちゃんって安心する」


 突っ伏したまま須藤くんはそう言った。

 お母さん的な意味なのは聞くまでもないだろう。


「ありがとう?」

「ふふ」


 私がお礼を言うと須藤くんはちいさく笑った。


 それからすぐに集合がかかり、悠真先輩のもとに集まった。


 悠真先輩はしっかりと全体をまとめて行く。

 頭の回転も早いし、人を従わせる雰囲気のようなものを持っている。

 だからみんな着いていく。

 よい生徒会長だ。


 私は横で進度表を見ながら確認をしていく。

 また打合せでの変更点もどんどん書き込んでいく。

 一度全て通しで、リハーサルをして、終了となった。


 私は生徒会としての仕事が一段落したので、恭子先輩に確認を取って、須藤くんの手伝いをすることにした。

 須藤くんの本来の持ち場は外の装飾なので、作業服に着替え地面に座り込んでペンキを塗る。

 文化祭らしくてちょっと楽しい。

 

 リハとかは堅苦しいから楽しくなくてあんまり好きじゃない。

 でも、悠真先輩の仕事はそういう堅苦しいのが多いから自然と私もそういったことが多くなる。

 装飾も大体完了し、日も暮れて来た。

 各自で解散ということになり、須藤くんが一緒に帰ろうと誘ってくれたので、生徒会室に鞄を取りに行くことにした。

 恭子先輩が悠真先輩を帰りのお誘いをしてればいいなーなんて思いながら。


 しかし、生徒会室に行くと、そこには悠真先輩しかいなかった。

 

「帰るぞ」


 悠真先輩は、私を待っていてくれたようで、私の鞄を差し出しそう言った。

 私は背中に冷や汗が流れるのを感じる。


「えっと、あの、先輩…」


 良い言葉を考えてうーんと唸ってみたが、なかなか出てこない。

 

 私は今日、須藤くんと帰る。私は須藤くんと帰るの。須藤くんと。

 

 そう唱えると、真っ直ぐに悠真先輩をみつめた。


「先輩、わ、たし、今日須藤くんと一緒に帰るので…」


 何とか言い終えて、顔を上げるリハ前に見た皺よりさらに深いものが悠真先輩の眉間に刻まれていた。

 ひぇーという悲鳴をなんとか飲み込んだが、たまらなくなって目をそらしてしまう。

 先輩がこちらに近付いてくる足音が聞こえた。

 心臓が大きく高鳴る。

 逃走本能が私を突き動かす前に、


ーガン


 何かが叩かれる音が耳の近くで聞こえてきて、私は身を強張らせた。

 言わずもがな、悠真先輩が私の後ろの壁を叩いたのだ。

 いや、叩いたではない、殴ったのだ。


 所謂「壁ドン」。

 いや「ドン」なんて生ぬるい言い方ではない。

 「壁ガン」だ。

 

 私は怖くて、顔を上げることが出来ない。


「春花。顔を上げろ」


 悠真先輩は壁に手をついた状態で、悠真先輩の視線が間近に感じる。

 私はもうとにかく怖くて、その言葉通りすぐに顔を上げ、悠真先輩を見た。


「お前は、俺と、帰る。分かったな」


 悠真先輩は小さな子に言い聞かせるように言う。

 私は先輩の言葉にこくこくと何度も頷くと、

 

「帰るぞ」


 と言い、そっと離れてくれた。 

 しかし再び近付いてくると、目線を下にやり、不機嫌そうな声で言った。


「スカート短い。長くしろ」


 さっき着替えた時、短くなってしまったようだ。

 これ以上怒られたくない私は即刻、スカートを下に引っ張った。


「ごめんなさい」


 小さく謝れば、悠真先輩の目元が柔らかくなった。

 それから悠真先輩は私の鞄を持ったまま、


「行くぞ」


 と、生徒会室のドアを開け、歩き始めた。


 先を歩く先輩に追いついてから急いで須藤くんに一緒に帰れなくなったことを伝えた。

 須藤くんは他の装飾メンバーと帰ることになったようで、「了解」という返事を貰った。


 私は須藤くんと帰りたかった。

 いや、それは正確な表現ではない。

 私は悠真先輩と帰りたくなかった。


 ー先輩は私に依存している。


 だから私は先輩から離れなくてはいけない。



 


 

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