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作者: 望
掲載日:2016/01/11

 糸を切ればつながっていたもの同士は離れる。

 それは人であろうと、時間であろうとなんであろうとかまわない。

 その糸を再び結びなおしたとする。

 結び目ができたそれはもと純粋な一本の糸とはまったく別のものになってしまう。

 極端な話、千回千切れれば千回結びなおすような行為。

 元の一本になったとしてもそこには歪みがある、綻びがある。

 糸が繋がっているように見えて完璧には程遠い劣化品。

 切れたならば永遠に結びなおせない、それこそが意味あることなのではないか。


 身近にありながらも見落としてしまうというか考えもしないというか、存在を忘れてしまうものというのはある。私の場合、それが家にある蔵なのだが、ふと思い出したのだ。あの中には父が残していった骨董品の類があり、それを売ってしまえばそれなりの金になると。

 特段生活が窮しているという訳ではないのだが、怠惰な日々の生活に対する潤滑油にでもなってくれればいい。そんなちょっとした刺激を求めてのものだ。

 いざ目の前に来てみると、その佇まいは重苦しく周囲の風景がぼやけてしまうような。

 蔵の錠前はいたく錆びており、永い間放置されていたことを物語っている。

 引き戸は細い悲鳴のように開かれていく。真っ先に埃の匂いがしてくしゃみがでた。

 全体を見渡せるかは怪しく、奥がどうなっているかは見当もつかない。昔は飽きるまでいた場所だというのに、久しぶりのせいかそこに居ると私は疎外感を覚えてしまう。

 縦に向かって伸びる筋が徐々に細くなり、千切れた。

 灯りになるものを持ってこなかった私はタバコをやめたことがこんなところで裏目に出るとは、と嘆いたがポケットに手をつっこむとジッポーライターが入っていた。去年まで使っていた物をそのまま入れたまま忘れていた私のずぼらさに感謝し、ホイールを回す。

 ライターが古かったのか上手く着火せず、数度繰り返していると火が気まぐれに指を焼く。いきなりのことで私は思わずライターを手放してしまう。

 背をかがめて拾って、今度は服の袖口で覆いながらホイールに触れる。

 火の灯りは亡霊のように曖昧模糊であり、頼りない。

 しかし一つ火が宿ることで、それは私の存在を照らすので、ありありとどこに立っているのか訴えかける。この家で私を初め、父や遺影でしか見たことのない先祖が繰り広げられてきた証が埋没している場所。 幼いころは私に関する物自体がすくなかったからだろう、未体験のことが多かった。既に知っている分が圧倒的に少ない。

 未知の領域をあたかもそうであるかのように得られるのが、この場所であったかもしれない。それはあたかも途切れることのなく紡がれた物語。滞ることない大きな流れ。

 年を重ねたことで意識することができるもの。

 暗闇をなんとか壁につたって進む。すると、ドサドサとなにかが足元で崩れる音がした。

 そのうち、いくつかの手触りには覚えがある。これはアルバムだ。目が慣れてきたのもあってそれは確信へと変わっていく。

 私は踵を返し、三和土で靴を脱ぐと味気ない運動靴と通勤用の靴だけでなんとも無骨な有様である。静寂だけが詰め込まれた家内の廊下を行き、茶の間で腰を下ろす。

 蔵の中に入っていたアルバム。

 偶然蹴り倒しでもしない限り忘れ去られていたものだ。

 開いてみれば写真が黄ばんではいたものの、形は変わらずに当時のまま。貼ってある写真に写っているのは私だ。やはり、これは私のアルバムであった。

私の幼少時代、そんな事実があったということに実感が沸かず苦笑してしまう。確かにここに写し出されているのはまぎれもない過去だ。もちろん疑う必要は毛ほどもない。

だか、その過去からの連続として今の私がいると信じられないというか疑いたくなるものである。ここに至るまでに本来の道筋からは逸れた、ひどく歪んだ方向へとねじ曲げられてしまったかのような。そんな妄想をせずにはいられない。

私はなんとも欠落の多い人間であるのだろうか。

アルバムを捲っていくと、ある時から私の両隣に父と母だけであったところに母が生まれて間もない赤子を抱えている。家族が増えたことからして私が小学生の時だ。

この頃の私はいわゆるやんちゃ坊主というやつで、日が暮れるまでただ走り回ることが生き甲斐であった。あの頃は隣町は外国に等しかった。進めど進めど果てのない景色に興奮し、我に返ったとき自分が辿ってきた道が分からず帰る場所を失って、不安で仕方がなかった。だが、世界の広大さを再び認識してはそのたびに走り続きていた。

 また、盆や正月で大人が集まったときなんかは全く違う言語に則って生きる宇宙人じみて。しかし、実際やることは大したことなく、彼らは簡単なことを難しくするのが好きな困り者であって、真意から遠のいていくばかりなのだ。心なしか馬鹿なのだと、思ったものである。

 アルバムが中ほどまでくると、母が病を患い一時期の間入院していたことや私が中学生の頃の取り組んでいた書道の作品が賞を取ったことなど色々なことがあって驚かされる。

 写真が撮られた時期の間隔が捲れば捲るほど大きくなっていく。幼いころは親からすれば初めてに恵まれているためだろう。子どもが歩いたなど着替えることができたなど、その時にだけ意味があるのだろう。

 まぁ、年を重ねれば重ねるほど写真というものは撮る機会は減っていくな、とどうでもいいことに思いふけってしまった。

 高校生の制服に着せられているだ私の写真のまできた辺りでページを捲る頻度が徐々に速まってきたが一通り目は通した。

 こんなことに時間を持て余していて日が暮れてしまうので、今しがたのアルバムを重ねてある頂上に重ねて蔵へ戻った。

 蔵から掘り出したもので高価そうな物がいくつかでてきた。亡くなった妻の着物は、日本文化について教鞭を執っていた彼女が生前ほめたたえてるほどの代物であるため、蔵の中でも特段の値が期待できる。帯締めや羽織もきちんと揃っていた。

 彼女が袖を通していたときは派手であるが色や模様の精練された様は彼女の品のある所作に似つかわしく、彼女の清らかさを体現するのにこうまでもあつらえ向きのものが存在することに感動したのだが、糸を紡いで作られた服なのだ。

 妻が亡くなった当初は彼女の遺品を処分することに躊躇われていたというのに、このようにあっさりと売却することを決心すると当時の私が露ほどでも考えることができただろうか。

 彼女に出会ったからこそ、私は私の生きている証を漠然とではあったが得られるとさえ感じていた。幼き頃のようにまた、再び始められるとさえ。そしてそれを疑う余地など存在しなかったのだが。

 どうしてこうも他の品とは距離感というか、スタンスが違うのだろう。

 値になるということは理解できるというのに、これだけ妙に情緒が感じられないのだ。

 私は妻の着物を売り払ってしまうことに決めた。

 初めに行っていた通り、これは日々の生活に対する潤滑油というやつだ。

 そんな気まぐれで妻の着物を失くしてしまうとは、と妹にどやされるだろうが、ささいなことである。さっそく高く買い取ってくれそうなところに電話をかけてみた。

 その後、家に置きぱなっしであったアルバムの束を蔵へ運び入れた。

 やはり、時の流れを感じざるを得ない素晴らしい品達はこれからもその姿を成熟させ続けていくのだろう。私の陳腐でぶつ切りされたそれを取り繕ったようなものとは違って。

……私はそう遠くないうちにアルバムがあったことをまた忘れるのだろう。

 


お読みいただきありがとうございます。

訳が分からない話になってなければよいです。

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