6時間目
「二人のダンスには期待してるで」
屋外へと続く廊下を歩きながらみちるが言いました。
「おう、任せとけ」
ジャケットをびしっとしながら秋蘭が答えました。
「うぅ……歩きにくい」
もこもこ明菜がよたよた歩きながら呟きました。
「いざ、優勝……」
みちるを先頭に屋外へ出た三人は思わず足を止めました。
会場は笑いに溢れ、髭ダンスの音楽が校庭いっぱいに鳴り響いていました。舞台上では彼のおじさんよろしく、ヅラに腹巻に一本の剣を持った隆也が、かおるの投げるグレープフルーツを長剣の先で捕えようとしています。
「大道芸か」
秋蘭がつっこみました。
かおるの“だめだそりゃ”で二人の演技は幕を閉じました。そしてさっきの司会者が現れます。
「とうとうこの時がやってきてしまいました!最後のグループは我が学院の人気者コンビ、加々美秋蘭さんと政岡明菜さん、そして売れっ子声優の春日浦みちるさんトリオです!」
盛大な拍手の中、三人は舞台へ進みました。
「明菜、踊れるか?」
「ムリ」
明菜の即答に少し戸惑う秋蘭でしたが、二人は所定の位置に着き、軽く目配せをしました。
そして人気アイドルグループの弾けるような曲が流れ始めました。
アップテンポに軽快なステップを踏む秋蘭と、もこもこしてたどたどしい明菜。会場は彼女たちに合わせて手拍子をします。
「よしよし」
その後ろで腕を組んで仁王立ちのみちるさん。
「あれって本物のみちるだよね?パネルじゃないよね?」
出番を終えた隆也がかおるに尋ねました。
間奏に入ると、明菜はみちるの元へ移動しました。そして秋蘭がソロパフォーマンスを始めます。タキシードに似合うスマートなダンスで会場を魅了する秋蘭ちゃん。最後はウインクを放ち、前へ出てきた明菜とハイタッチをしました。
「今度は踊れるよな?」
「おう、任しとけアニキ!」
ハイタッチの瞬間に言葉を交わし、今度はもこもこ明菜の番がやってきました。みんなに手を振りながら、定位置に着きます。そしてターンをしようとしたその時です。
「きゃー」
足を踏み違えた彼女はその場に倒れてしまいました。
「明菜!」
思わず叫んだ秋蘭が駆け寄り、抱きかかえます。
「……」
みちるは仁王立ちのまま立ち尽くしていました。
会場の手拍子はいつの間にか消え、音楽は次第に遠のいていきました。
「秋蘭……もう私、踊られへん」
秋蘭の腕の中で明菜が言いました。とても大きな声で言いました。
「何言ってんねん。あの時二人で誓ったやん、夢を叶えるって、明菜がトップアイドルで、僕がトップダンサーで……!」
その言葉に会場がざわめき始めます。
「ん?俺、このセリフ言ったことがあるような……」
隆也が舞台前のベンチで首を捻ります。
「……」
その隣でかおるがじっと事の成り行きを見つめていました。
「でももう私は、生きることの輝きを忘れてしまったの。あの頃の私は、もういないのよ」
「そんなことない!君が教えてくれたんだ、生きる輝きを。君がいるだけで、僕の人生は生きる意味で溢れだすんだよ!」
「あ…秋蘭」
隆也はぽんっと手を叩きました。
「あっ、思い出した。これアニメ化されたかおるの小説のワンシーンだよね?」
「おう」
一言かおる。
「君は輝いているよ。生きているんだ。ウェルダンでもミディアムでもない、100%の“生”だよ!!
」
「秋蘭……!!」
ひしっ!!と抱き合う二人。その後ろで眉根を寄せながら二人を見つめるみちる。その表情はベンチに座るかおるも同じでした。
「じゃ、踊ろう!」
「うん、私踊る!」
その言葉を言うや否や、明菜はその場でタキシードをばっと引き裂きました。
「ぅお゛っ!?」
みちるがこけかけたのは、明菜がいつかのミニスカとフリフリ衣装を着ていたからです。会場はその姿を見てどっと沸きます。
「はぁ~すっきりした!んなら、音楽スタート!」
明菜の言葉を合図に、いかにもアニソン!という音楽が流れ出します。二人はみちるを前まで引っ張り、三人で横に並びました。
「あぁ゛!?ワシゃ絶対踊らんど!絶対の絶対の絶対による絶対のための絶」
「おぉー、みちるも似合ってたけど明菜もかわいいねー」
「おう。……へ?」
返事をひとつした後、かおるが光の速度で隆也に振り向きました。
「なんでみちるがあの衣装を着るんや」
「なんでって何言ってんのかおる。かおるの小説の主人公の声はみちるが演じてるんだよ?」
いやぁーあんなにぎゅっと抱きしめあうシーンがあるんだもんね、今度はみちると二人でドラマ化しよう、うん、そうしよう――隆也の言葉はかおるの耳には聞こえていません。
「春日浦!神ノ崎!春日浦!神ノ崎!春日崎!神ノ浦!春あぁ混ざったごめんごめん春日」
会場は一斉に二人のコールを始めました。
「あぁ゛!?なんでかおるもコールされとるんや」
「なんでって、このアニメの原作者がかおるだからでしょうよ」
と一言秋蘭。
「げ」
「ゲゲの木三郎♪」
明菜はノリノリでアニメのダンスを踊っています。
「行って来なよかおる。二人が同じ作品に携わってるんだよ?それはお互いの夢が叶った何よりの証だと思うな」
隆也の言葉にかおるはゆっくりと立ち上がりました。そして振り返らずに、
「変なおじさんに言われてもな」
そう言って舞台へと歩を進めました。
「ははは、歯ぁ磨けよぉ~」
バーコード頭の隆也が軽く手を振っていました。
「夢は叶うもんだねぇ~」
「夢は叶えるもんじゃ」
秋蘭に言い返すみちるさん。明菜は“この曲いいねぇー”と相変わらずノリノリダンシングです。
「まさかあんたがあの声優をしていたとはな」
かおるが檀上に上がってきました。
「好きでやっとる訳ちゃうわい」
腕を組み、そっぽを向くみちる。
「ま、でも声優してるキャラは好きや」
それに――
「あのアニメも、小説も、著者“カミノザキカオル”も」
「ふーん。つまりは、私の存在だけを認めてないってことやな」
「まっ、そういうことか」
会場は二人のやり取りに見入っています。
「私も認めてないけどな。声優として以外は全部」
「ほぅ?」
「ほんまめんどい人らやなあ」
「秋蘭何か言った?」「秋蘭何か言った?」
いえ、何も――二人に圧倒される秋蘭ちゃん。
「まっ、ワシは昔からあんたを認めてなかったよ」
「私だって昔から認めてなかったよ」
誰よりも昔からね――二人は同時にそう言って、薄く微笑みました。
「微笑んでません」「微笑んでません」
はいはい微笑んだ様に見えましたとさ、ちゃんちゃん♪