4 始動
前回のあらすじ
「救わねば」以上
十始族と人間が対立している事実を、アタルは伝えに来た。瞬間移動によって腕と脚を失うことを代償に、俺たちに伝えに来た。
彼女はこのままでは両者が傷つくと言っていた。偶然か必然か、俺達がそれを聞いてしまった以上、既に関係してしまったことになる。
と、この話をわずかな時間で信じるのは、性急と言うべきなのだろう。しかし、アタルの言うことが紛れも無い事実であると思えたのは、彼女の持つ神秘的な容姿と、実際に持つ念力によるものだ。
そして、俺自身が求めていたのだ。この土地に別れを告げ、あらたなる知恵を授けるべき場所への来訪を。
ところで一体、十始族とは何か。それはアタルのような金色の頭髪と紺碧の瞳、白く滑らかな肌を持つのか。体は弱々しく、しかしそれを補うかのような超能力を持つのか。そんな十始族と対立する人間がいかなる恐怖にさいなまれているのか。またその恐怖から脱すべく人間がいかなる脅威を十始族に与えているのか。
果たして、その蒙昧を、知恵によって減退させられるだろうか。このように考えていると、だんだん自分が疑わしくなってきた。アタルが俺にこの事実を知らせたことで、俺の命が無惨に果てる未来が生まれるかもしれない。
だとしても、俺は進むつもりだった。いったい何故ここまで意気込みが湧き上がるのだろう。何がそうさせているのだろう。わからない。失われた記憶が叫んでいるのか。
いずれにせよ、俺は自らの意志でアタルの助けになることを誓ったのだ。
「ミゼール。俺は行く。アタルの言うことが真実ならば、俺は行かねばならない。俺がその対立を止める一助となる」
「はあ? お前、何言ってんだ」
ミゼールは金切り声になっていた。
「この子の言うことが本当だろうが子供の戯言だろうが、どっちにしたって、お前に何ができるってんだ。お前が直接その対立の現場に行って、やめなさいだなんて言うわけにはいかねえだろう。それに、アタルだってお前にそうしてくれとまでは言ってないだろ?」
ミゼールは罵倒するようにまくし立てた。。
「確かにそうだ。しかし」
俺はミゼールの言ったことにも一利あると分かっていた。路銀も無ければ旅路における危険や障害を乗り越える術も無い。俺にあるのは、ただ思い出せる限りの知恵だけである。
「ならば、どうすればいいのか。アタルは決死の覚悟でここまでやってきて、俺達に事実を伝えに来たというのに。そうだ。ならばせめて、俺よりも権力や武力、そして思慮のある人間に事実を伝達する。その役割までを俺がやる」
俺は膝の上で拳を強く握っていた。ミゼールとこのように議論したのは初めてだった。
「ジンキドウシはわたしとおなじかんがえ。ニンゲンとジュウシゾクがおなじであるとわかってくれるひとをさがすことがだいじ」
「だったらよ、それはどこにいる。見当はついているのか?」
ミゼールは厳しい目でアタルを問い詰めた。
「わからない。それにわたしはもうシュンカンイドウできない。とおくにいくにはどうしてもキョウリョクがヒツヨウ」
「この先何が待っているかは俺にはわからない。だが、アタルの思いを無駄には出来ない」
ミゼールは俺を鋭い目で見て、そのまま黙った。室内は金属を叩く音が遠くから聞こえるのみとなっていた。
「アタル。もし君が、この土地でこのままずっと留まっていたらどうなる?」
俺は半ばミゼールを揺さぶる目的で、アタルに質問した。
「わたしのドリョクはむだになる。そして、いろんなひとがきずつく。オオゼイしぬ」
場は再び沈黙した。金属の音も聞こえなくなった。木椅子の上で胡坐をかいていたミゼールは腕を組み、脚を揺さぶり始めた。
やがて、ミゼールが長いため息をついて立ち上がった。
「お前達の気持ちに対して百歩譲ろう。だとしても、もう少し万全になってから行けって言うんだ。これは理解者を探す旅だ。旅には準備がいる。まず体の状態を健康にしないといけないし、食料、水、宿、移動手段、防護手段、土地の情報だって必要だ。だからな、まずは落ち着け。それにアタル。お前は時間がないと言ったが今すぐ動いたって無駄に消耗するだけだ。だから準備をしろ。お前もそれは良く分かっているはずだ」
するとアタルは自分の腕の先端を見た。それはつまり瞬間移動を準備なしに行った結果を見ていたことになる。
「ジュンビ」
「そう、準備だ。ちょっと待ってろ」
そう言うとミゼールは部屋を出た。部屋にはアタルと俺だけが残された。ミゼールを装飾する金属の触れ合う音が徐々に遠ざかり、屋内のどこかから、また別の金属の物体を操作する音が聞こえた。
しばらくして、紙袋を抱えたミゼールが部屋に戻ってきた。
「そこまで言うならこいつを使え」
俺はミゼールから紙袋を受け取った。思った以上の重みに少し体が前に傾いた。
「導師。お前が今までにこの土地で稼いだ金だ。お前は必要ないから家賃として取っておいてくれとオレに言ったが、それは今この時のためにあったのだろうな」
袋を開けて中身を見ると、そこには硬貨ではなく、なんと紙幣の束が詰まっていた。紙幣がこの重みを成しているとすれば、このウラジでは相当な高額を示していた。
「こんなに」
俺は口を開けてミゼールを見た。ミゼールの目は変わらず鋭く、また凛としていた。
「だったらさっさと準備するぞ! そいつまでのんびりしてらんねえ!」
続く……
旅立ちに必要な準備とは
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