第二章 愛の戦士 2
2
込み入った話になるから、とダスティが切り出し、三人はダスティが借りた部屋に引き上げた。
「私はこの街に帰ってきたばかりでまだ昼飯を食ってないんだが」
入るや否や椅子に腰掛けたダスティに、エリックが壁にもたれかかりながら言う。アンヌフローラはベッドに腰掛けていた。
「いや、俺達は食ったから」
「…………」
「さて、落ち着いたところで、もう一度自己紹介な。アニー。こいつはエリック・マンセル。ラブリンに仕えるクロスボウ使いだ」
「よろしく、アニーさん」
「あ、よろしくです。エリックさん」
アンヌフローラは、懲りずに手を握ろうと近づいてきたエリックから距離を取る。
「で、エリック」
「……なんだ?」
「こちらのお嬢さんなんだが」
「アニーさんだろ? それがどうかしたのか」
「アンヌフローラ・ブルレック・カステレードさんだ」
「……は?」
「アンヌフローラ・ブルレック・カステレード王女殿下だ」
目を点に、口を大きく開けるエリックに、ダスティはしつこく紹介した。
「ど、どおおお!? アンヌフローラ王女殿下に置かれましては大変ご機嫌麗しゅう――」
「あぁ……、そんなに畏まらなくても大丈夫ですから……」
「し、しかしながらー、王女殿下に置かれましてはー……」
ダスティはそんな二人をひとしきり笑った後、話を再開した。
「神託で、彼女を助けろと言われた。エリック。ひとまず協力してくれないか」
「神託って、お前――、……お前の仕える神から、か?」
「そうだ」
帽子の鍔を引き寄せて顔を覆い隠し、押し黙ったエリックに、ダスティもまた深刻で引き締まった表情を向けていた。
「とりあえずは、何をすればいい?」
「さあ」
「……いや、さあ、ってお前……」
「どうすれば助かるんだ?」
男二人の疑問符に浸かった視線を向けられて、アンヌフローラは戸惑いうろたえた。
「え、えーと……、ヴァルター国王、ローラント陛下にお目にかかろうと思ってたのですが……」
「そうだ。ローラントにお目にかかりたいそうだ」
「ダスティ……、お前もう黙ってろ」
エリックは一言、オウム返しをするダスティを牽制すると、言葉を続けた。
「ローラント王が居られる、ヴァルター首都ヴァルテックは、ここから街二つ越えた所です。ですが……」
言いよどんだエリックに、ダスティとアンヌフローラの視線が降り注ぐ。
「……アンヌフローラ様、御聞き苦しい質問かもしれませんが、ご容赦を。……ブルレックがバルトロメオによって侵略され、占領されたと言うのは事実でしょうか」
「……はい」
「であれば、このままこの地に留まるのはまずい。バルトロメオと、この国ヴァルターは同盟を結びました」
「!!」
ダスティとアンヌフローラは驚きを露わにして震えた。それを見据えて、それでもエリックは続ける。
「不可侵条約と、相互通商条約、それに軍隊の通行許可。これらが締結されたという情報が号外新聞に載ったのは、つい先日の事です」
アンヌフローラが、俯き、拳を握り締めた。拳に巻き込まれた綿のドレスがたくし上げられる。
「さらには、その新聞には別の情報も記載されていました。バルトロメオ第三王子ハンス様と、ブルレック王女アンヌフローラ様の結婚の噂」
アンヌフローラは勢い良く顔をあげ、その拍子に瞳に溜め込まれていた涙が弾けた。
「わたしは! 結婚なんか……!」
「誰も、お前さんが、結婚するなんて言ってないさ。ただ、そう噂されているだけだ」
「でも、でも……!」
「私も、ダスティが嘘を言ってるとは思いません。ですから、ここにいるアンヌフローラ様が本物なのでしょう。ですが……」
「ヴァルターは、頼れない、か」
ダスティに言われ、エリックが頷いた。
二人してアンヌフローラを振り返ると、彼女は再び俯き、その手にぽつぽつと涙を溢していた。
「しばらく時間を置こう。エリック。必要な装備と情報を、俺の代わりに集めてくれないか?」
「分かった。ああ、それと」
エリックは即座に出口に向かい、しかしダスティを振り返った。
「また会えて嬉しいよ。親友」
「……俺もだ」
二人は頷き会い、そしてエリックは、扉の向こうに消えた。