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第二章 愛の戦士 1

第二章 愛の戦士


 古代、神々が生まれたとされる時代、存在する神は、たったの四柱であった。しかし、この世の全てを司るにはたった四柱では足りず、四柱の神々は地上に生きる多くの生き物達の中から、優れた者達を昇神へと誘った。

 それは、

 幾多の戦場で巨大な名声を得た兵士であり、

 その慈愛で一国を救った乙女であり、

 神すらも魅了する歌と踊りの持ち主であり、

 人間以上に知恵を付けた動物達でもあった。

 名を馳せ、そして死を迎えた者達の多くが、神へと生まれ変わった。


 戦女神、レアンドラもまた、その一人である。

 服を着飾るのが好きだった一人の村娘は、多くの者達に望まれて、戦場の英雄へと祭り上げられた。

 彼女はかつて、美しくも派手な衣装で多くを魅了し、多くの兵士達を鼓舞した、幾多の戦場を駆けた一人の乙女であった。

 しかし、死して、神へと成り代わった彼女が望んだのは、ただ、衣服に埋もれて暮らすことであった。当初は戦神として大きく崇拝された彼女であったが、一人衣服を作り続ける彼女に信者達は愛想を尽かしていき、時を隔てるごとに、他の神々の神話に埋もれていった。


 レアンドラ神話の記憶が薄れていくのと前後して、一人の女神の神話がひっそりと囁かれた。

 衣服と商売の神リーン。

 彼女は"着こなせる者"の前に現れ、質の良い衣服を与えては消える。

 しかし僅かにではあるが、こうも囁かれる。

 彼女は"戦い、迷える者"の前に現れ、彼らを導くのだ、と。


 レアンドラと、リーン。彼女らが同一人物だと知る者は、ほんの僅かである。


Leandra and Lean


 1


 ハーナブルクは岩山に沿って作られた山間の街で、石造りの建物や岩場をくり貫いた建物が連なる大きな街だ。

 やはり人気の無い一軒の家から現れたダスティとアンヌフローラは、そのまま朝日に彩られた岩の街へと紛れ込んだ。

 同じヴァルター領でも大国である広大なヴァルター領の中で、ルクセルントは西の果て、ハーナブルクは東の果てである。その文化の違いは歴然としていた。

 ルクセルントは、ブルレックやバルトロメオと同じ、騎士国家の建築様式で、どこかすっきりとした印象の整然とした街並みだった。

 しかしハーナブルクでは東からやって来る騎馬民族がもたらした、武士国家の建築様式が紛れ込んでおり、雑多で、不整合な街並みが印象的だ。

 そうしたいつもと雰囲気の違う建物郡を、アンヌフローラはきょろきょろと、興味深げに見回している。

 ダスティは、それを知ってか知らずか、すたすたと歩みを進めていた。

「あの、どちらに向かってるんですか!?」

 どことなく言葉の棘が薄くなったアンヌフローラがそう尋ねているが、ダスティは無視して歩みを早めた。

「ダスティさん!」

 アンヌフローラに回りこまれ、ダスティは天を仰ぎ、仕方ないとでも言いたげに首をもたげた。

「歓楽街、だよ」

「……はい」

「更に言えば娼館だ」

「…………」

 すーっ、と目が細くなるアンヌフローラを眺めて、ダスティはうんざりだと言わんばかりに項垂れた。

「このハーナブルクには、この状況を助けてくれるであろう、仲間が居る。奴は大体そういった所に出没する」

「とか言って、またやましい事考えてるんじゃ」

「これまで俺がお前に何かしたか!?」

「覗きませんでした?」

「あのなぁ……、俺がその気なら今頃……、いや、もういい。好きにしろ。とにかく俺は娼館を当たる」

 口をへの字にして歩みを再会したダスティに、ダスティに劣らぬ仏頂面のアンヌフローラが続く。


 太陽が頭上を通り過ぎ、昼下がりになるまで、ハーナブルクの隅々まで娼館で聞き込みを続けたダスティを見続けて、アニーは少し考えを変えていた。

 確かに、これまでのダスティの行動になんらやましいところは無い。

 それどころか娼婦の誘いを断り続け、熱心に人探しをする彼は、真面目そのものだった。

「ダスティさん……」

「うん? ああ、腹が減ったよな。適当な食い物屋を探そうか」

 アンヌフローラが声を掛けたのはそういった理由ではなかったが、ダスティはそう決め付けて歓楽街から出る道筋へと進行方向を変えた。


 アンヌフローラ・ブルレック・カステレード、亡国の王女。

 彼女が故郷が追われてから、大きく変わった出来事がひとつある。それは食事だ。

 とある宿屋の一階の食堂にて。彼女はテーブル中央に乗った大皿を片手で掴み、もう片方の手に持ったままのホークで中身を口へと流し込む。リーンの家でもそうだったが、彼女は目の前の食料をその小さな身体に取り込むのに、なんの躊躇もしなくなっていた。

 僅か二日、アーロン山を放浪しただけで、彼女は野生を取り戻したのだ。

 上品な貴族の食べ方を棄て、栄養摂取に最も適した行動を選択する。

 音を立てスープを啜り、パンや芋に直接噛り付く。

 自分の顔より大きな皿にかぶり付く少女を、誰が一国のお姫様だったなどと思うだろうか。

 しかしあろう事か、すっかり大食漢になったアニーの元に一人の男が近づいていた。

 アンヌフローラの向かいで、上品な手つきでスープをスプーンで掬っていたダスティは、その姿を見るや目を見開いた。

 男はアンヌフローラの元で跪くと、彼女の細い手をやさしく手に取り、語り始めた。

「おおお、お美しいお嬢さん」

 手を取られた側は、口の周りに付いたケチャップをそのままに、ぎょっとしてそちらを凝視した。

 茶色い皮製の服に、背中に紐でクロスボウをぶら下げた、中背の男性がそこに居た。比較的丹精な顔立ちをしていて、逆立った赤い髪の上に革の帽子を乗せている。年齢は二十台後半くらいだろうか。

「よければ今夜、私と愛を語らいあいませんか」

「!? え。えぇぇ? えぇぇぇぇー!?」

 顔を真っ赤に染めて、どうしたものかわからずにダスティの方を見ると、彼は手を取り合う二人をにやにやと見つめている。

 その様子を見て、頭に何かが走った。

(またこやつの仕業かー!)

 むん、と勢い良く手を振りほどいて、ナプキンで口を拭う。まだ火照りの覚めない顔を隠すように湯飲みを手にとって顔に近づけ、思った。これもきっとこの男の仕組んだ罠に違いない。

 手を振り解かれた男はと言うと、振り解かれた手とアンヌフローラを交互に見つめて、「だめかー」などと呟いていた。

 そこまでただ笑いを堪えていたダスティが、無念な表情を浮かべる謎の男に声をかけた。

「久しぶりだな! 愛の戦士!」

 うひゃひゃ、と下品な笑いが巻き起こる。

「あ、愛の戦士言うな。お前が探してるっつうから、わざわざこちらから出向いてやったんじゃないか!」

 そう、ダスティが探していたのは彼だった。

「悪い悪い。そうなんだ。仕事の依頼なんだけどな」

「お前が仕事とか珍しいな。最後に会った時は隠居するとか言ってなかったけか」

「そうなんだけどな、また厄介ごとに巻き込まれてな」

「……巻き込んだの間違いじゃないのか?」

「…………」

「…………」

 二人がなにやら険悪な表情を浮かべ睨み合う。

「あ、あの、お知り合いー、ですか?」

 二人の会話が途切れたのをいいことに、アンヌフローラが会話を割り込ませると、ダスティがこれまで無愛想だったのが信じられないほどの笑顔をにっこりと見せ、彼らの間に座った男を軽くごついた。

「あ、そうだ。アニー、紹介するよ。こいつはエリック。俺と馴染みの用心棒、じゃなかった愛の戦士さ」

 ダスティの良く分からない冗談は無視して、彼女はエリックに向き直った。

「はい。私はエリック・マンセル。貴女のような人に会うために用心棒家業を続けてきたと言ってもいい……」

 彼はしつこくアンヌフローラの手をやさしく握り、アンヌフローラはそれを退けてはまた掴まれていた。

「姓があるということは、貴族なのですか?」

 貴族には姓がある。平民には、無い。

「はい――」

「いや、こいつはただの偽貴族だよ」

「に、偽」

「いえ、私は貴女との愛の貴族です」

「いや、もうそれ意味分かんないぜ」

 執拗に突っ込みを入れるダスティに、エリックはアンヌフローラの手を掴むのを諦め、今度はダスティに掴みかかった。

「なんで、お前は、いつもいつも、人の楽しみの邪魔をするんだ!」

「お前がそれやってると、話が進まねぇんだよ! 制約の分は最初に済ませたろ、それで十分じゃないか」

「制約?」

「こいつ、愛の女神ラブリンの従者なんだ」

「あ、それで愛の戦士なんですか」

「そゆこと」

 ラブリン。愛を司る女神は、全ての愛し愛される者達を祝福しているのだと言う。

 彼女に仕える従者達は、愛の力によって他者を寄り付けない力場を展開できる能力を与えられる。ただし、制約として一日に一度は愛を語ららねばならない。演技ではなく、本気で。

「ですから、私の愛は本物ですよ!」

「あ、あははは……」

「それはもういいってのに」

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