第一章 二人の物語 6
6
綿で作られた素朴な灰色のドレスは、装飾も無く地味だが、ボタンの配置や、生地の織りかたが絶妙な美しさをかもし出している。灰色の羽付き帽子も同じく地味であるが、白い鳥の羽の乗ったワンポイントがどこか愛らしい。
新しく与えられたドレスに身体を通したアンヌフローラは、そよ風に乗ってその場で回り、ドレスが風に揺れるのを楽しんでいた。
そんな時、小屋の中で短い剣戟の音が響いた。かすかに、何者かが言い合う音も続いて聞こえる。
アンヌフローラはその音に驚いて後退り、小屋を前にして立ち竦んだ。
しかし、ぐっと顔を引き締めたアンヌフローラは、意を決すると井戸に立てかけていたダスティの剣を手に取り、小屋の中へ毅然と踏み込んだ。
明かりの灯されていない、狭い廊下を歩いていくと、かすかな、今度は聞き取れる声がした。
「――レアンドラに戦いを挑んだ事。己が誇りとすると同時に、その無知を呪うがいい」
それは老婆、リーンの声だった。しかし、ダスティやアンヌフローラに話しかけていた温和な声ではなく、それは鋭い威厳に満ちていた。
恐る、恐る、歩みを進めていくと、蝋燭の明かりに灯された衣服の間へと出た。その更に奥、彼女らが入ってきた扉の方から何者かが慌てて出て行く複数の足音と、扉を乱暴に開け放つ音がした。
アンヌフローラが部屋に入ると、所在なさげに佇むダスティと、その小柄な体格に似つかわしくないバルトロメオの槍鉾を携えた老婆が居た。
「だ、ダスティさん、これは一体……?」
その様子に老婆には声を掛けづらく、アンヌフローラがダスティにそう尋ねると、ダスティは短く肩を竦めて見せた。
「俺らはバルトロメオ兵に後を付けられていたのさ。で、リーンが撃退してくれた」
「リーンさまが!?」
「着替え終わったようだね。今日はもう遅い。童の寝所で休むといい。朝には食事も用意しよう」
「そんな! 恐れ多くも神様の寝所を……」
「遠慮するなよ、"神託の女"。どうせこの先も神々に世話をさせるんだ。……慣れとくといい」
「神託の女!?」
「リーン。明日の朝にはここを出るよ。助けてもらってばっかで申し訳ないけど、明日はハーナブルクに扉を繋げて欲しい」
老婆は静かに頷き、それを確認したダスティは部屋の奥へと消えた。
その背中に、アンヌフローラは喚きたてる。
「ちょっと! 神託の女ってなんですか!?」
「高貴な御方が、そなたをそう取り扱っておられる」
「……高貴な御方、とは神さまなのですか?」
老婆は僅かに頷くと、機織機械の前に戻り、槍鉾を側に立て掛けると、口を閉ざして機織作業を再会した。
アンヌフローラはしばしその様子を眺め、答えを待ったが、やがてもう会話が終わった事を悟ると、一人、その場で途方に暮れた。