表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
4/38

第一章 二人の物語 3

 3


 アンヌフローラは頭痛で目を覚ました。じんじんと、頭を何かでえぐり続けているような痛みを感じる。

 まだおぼろげな視界の中で始めに目にしたのは、赤々と燃える焚き火だった。

 寝返りを打つと、暗がりの空に星空が微かに瞬いていた。

 星々を見ていると、何故か荒んでいた心が静かに落ち着いていく。

 何か、ひどく恐ろしい夢を見ていた気がするのだ。それが、なんだったのか。思い出せず、ぼーっとして、空を見続けていた。

 きらきら瞬く星々に、時折流れる流れ星。

 どれくらいそうしていたのだろう。若い男の声が彼女の平穏を遮った。

「目が覚めたのか?」

 慌てて声がした頭上を見上げると、そこには地面に腰掛け、木の枝で焚き火を突付く、一人の男がいた。

「誰!?」

「……あんまりな対応だよな。せっかく助けてやったってのに」

「ここはどこなんですか!? ユージェン! 誰か、誰か居らぬのか!」

 男は、そんな彼女の様子をただ眺めている。

 やがて、彼女は自分が置かれている状況――暗がりの森の中で男と二人きり――を把握すると、見つめてくる男を気まずそうに見つめ返した。

「俺はダスティ」

「…………」

「どこの貴族様かは知らんが、自己紹介くらいは出来るだろう? ……それとも無礼な平民とは口も利けないか」

「……わ、わたしは! アンヌフローラ・ブルレック・カステレード、です……」

「!」

 ダスティと名乗った男は、驚きを顔いっぱいに表し、ややあって動揺したのか座ったまま後退った。

「ブルレック、だと!? 忌々しい神々め! 何が、一人の女を救え、だ! 一国の王女じゃねぇか! ……とんでもねえ厄介事を持ってきやがったな!!」

「あ、あの、あなたは一体……」

 言われてダスティはアンヌフローラを再び見つめなおし、なにやら小声で神を罵ると、頭を振った。

「……ああ、くそっ、すまない。俺はダスティ。……神託でアンタを助けろと言われている」

「神託! では、神々は、私の臣下やブルレックの国民も救って下さるのですか!」

「さて、な。俺が指示されているのは、アンタを救え、という事だけさ」

「そんな」

 項垂れたアンヌフローラを気にした風でもなく、ダスティはなにやら深刻な表情をして、再び焚き火に目をやった。

 彼は焚き火のそばの串刺しの肉を二本、手に取った。ひとつをかじり、もうひとつをアンヌフローラに向けて差し出した。

「とりあえず、食っとけ。明日から強行軍でこの山を脱出する。今のうちに体力をつけておけ」

 肉を強引に手元に押し付けられて、彼女は困り果てた。

「……お皿はないんですか? それにナイフと、ホークは?」

「…………」

 ダスティは短く唸り、やがて座ったまま器用に地面を数回蹴り付けた。一体それに何の意味があるのか、彼はその後無言で肉を頬張り続け、一言も口を利かなくなった。


「だ、ダスティさん……。待って……!」

 翌日の正午ごろ、ダスティは本日数回目のその悲鳴に、深々と溜め息をついて振り返った。

 そこには脚をよろけさせながらも、健気に歩き続けようとするアンヌフローラが、はるか遠くに見て取れていた。

 彼らは翌朝から北へ向けて出発していた。バルトロメオの追っ手から逃れなければならないのだ。一刻の猶予も無かった。しかし――。

 彼女が側にやって来るのを仁王立ちで待ち終えると、静かに口を開いた。

「お前、自分が命を狙われる身だって事を、分かっているのか?」

 ダスティの足元に崩れ落ちたアンヌフローラは、息切れも荒く、その質問には答えそうにもない。

 根気強く待ち続けていると、彼女はぽつ、ぽつ、と呟き始めた。

「……だって……疲れて……もう歩けないです。……帰りたい。お父様。ユージェン。会いたいよ……」

 そのまま泣き崩れたアンヌフローラに、ダスティは苛立たしげに頭をかきむしった。

「もう少し行けば川があるようだ。そこまでは歩け」

 無情にもそういい捨てて、ダスティは歩みを再会した。

 抱えて連れて行かねばならないか、そう思いもしたが、靴裏越しの地面から彼女が歩く足音が伝わってくると、ダスティは振り返らずに先を歩き続けた。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ