第八章 女王と魔人 3
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輝きの女王、アンヌフローラ・ブルレック・カステレードが、神々の力を借り、そして帝王ローラントの助力を得てブルレック奪還を宣言した。
その知らせは伝書鳩、早馬、ゼーフスの風に乗って、あらゆる手段を用いられて各地へと広まっていった。
その当事者達もまた、電光石火の速さで軍備を整えて、ブルレックへと進軍を開始していた。
新興の軍勢は帝都ヴァルテックを立ち、幾つもの村や街を越えて、瞬く間にルクセルントへと辿りついていた。
ルクセルントの町外れに、アンヌフローラ達はお忍びでやってきていた。お忍びのため、その装備は元のリーンに与えられたドレスや革鎧になっている。
「アニー。すぐにも作戦会議が始まる。あまり時間はないですよ」
付いて来ていたエリックがそう告げたが、アンヌフローラは首を横に振るだけだ。
「分かっています」
彼女は口ではそう言うのだが、その脚がルクセルントに用意された前哨基地に向く事は無く、ただ彼女は夕暮れ時に赤く輝くその街並みをあれこれ見て回り、どこかを探しているようだった。
「アニーは、一体何を探しているんだ?」
「我々と会う少し前に、ダスティと共に、この街に来ていたらしいので、その関係ではありませんか」
フィオーレとエリックはそう小声で囁きあっている。
アンヌフローラにもその声は入っていたが、彼女は後ろの彼らを振り返る事もせず、一心不乱に夕暮れの街を見回していた。
やがて、彼女は一軒の家を見つけた。
辺りが暗くなり始め、家々に明かりが灯り始めてようやくそれを見つけられたのだ。
かつてリーンに出会った、あの人の気配の無い家だった。
アンヌフローラは駆け出した。鍵の有無も確認せず、ドアに飛びつくと、勢い良くそれを開けた。
暗がりの木造の家内には、人の気配も、神の存在も確認できなかった。誰も住んでなど居ないのだろう。家具も無く、ただ、うっすらと白い埃が積もっている。
何も無い部屋の真ん中で、アンヌフローラは項垂れた。
「ダスティ……。リーンさま……」
「……リーン。服の神……、そうか! 戦女神レアンドラに会ったんですね!」
追いかけて来ていたエリックが、アンヌフローラの言葉を聞いて言葉を弾ませた。それを聞いたアンヌフローラは飛び上がって振り替えった。
「エリックは知ってるの? リーンさまを」
「戦女神レアンドラ。戦い、迷える者の前に現れるとされる女神です。その別名はリーン。服と商売の神とされていますが、その実態はありません」
「戦い、迷える者の前に……」
アンヌフローラはエリックの言葉を反すうする。あの時、戦い、迷っていたのは誰だったろうか。
――こんな時はアンタに会えると思っていたよ。
ダスティの言葉が脳裏に響いた。
(こんな時? ダスティ。一体、どういう意味だったの?)
脳裏に浮かんだダスティの顔。彼はアンヌフローラを助けていただけだ。
(あの時、迷っていたのはわたし)
そして、今は、目標を定めて戦っている。だから、リーンの小屋へはたどり着けなかったのだとしたら。
(じゃあ、わたしの胸の中の、このもやもやはなんなの?)
その答えを唐突に見つけて、アンヌフローラは俯き、目を閉じた。
「……ダスティ。会いたいよ」
ただ彼に会いたくて、ここまでやってきたのだ。
それに気づいた彼女は、閉じた目蓋から涙をこぼした。短い旅の、粗暴な男との記憶が思い返される度に、彼女はぽろぽろと大粒の涙をこぼした。




