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第八章 女王と魔人 1

第八章 女王と魔人


 多くの名のある者達が神へと昇格する中で、英知を極めたとある学者もまた、神へと誘われた。その名はサヴァス。

 彼は生まれてこの方この世の全てを知らんとし、その知識は神をも凌ぐのだと噂された。事実、彼はその知識を買われて神へとなる。

 神となったサヴァスは、この世の理を理解し、過去に起こった全ての出来事を調べつくした。

 世界はどうして出来上がったのか。神とは一体何者なのか。しかし、彼にはひとつ知りえぬ事があった。

 それは、未来だ。

 未だ起こりえぬ未来の出来事だけは、知識を司る神と言えど知る事は出来なかったのだ。

 だから、サヴァスは予言した。知りうる全ての知識を持ってして、未来に起こりうるただひとつの可能性を示したのだ。

 彼は知っていた。過去に神が起こした過ちを。その過ちが未来に一体何をもたらすのかを。

 彼は知ってしまった。全知全能であると思っていた神々が、愚かな偽善者集団である事を。


 彼は、神々の世界の終わりを予言した。


 1


 ヴァルター帝国、首都ヴァルテックでは今、多くの噂話で盛り上がっている。

 魔人を倒し、囚われの神を救い出した英雄達の噂。

 隣国の王女を救い出し、このヴァルテックまでお連れした勇敢な者達の噂。

 そして、魔に見入られ、神々に敵対する、ある王国の噂。

 ヴァルターはバルトロメオとの同盟を破棄した。そして、両者の間では唐突に冷ややかな空気が流れつつある。

 そうした様々な空気が街の人々の間から放たれて、街並みはいろとりどりのざわめきで満ちていた。

 アニーはそんな噂話に満ちた街並みを、大理石をステンドグラスで彩ったヴァルテック中央の王城の一角の、突き出たバルコニーからその街並みを眺めていた。

 それはヴァルテックと呼ばれる、全く見知らぬ街並みだ。

 彼女はとうとう、ヴァルテックへと到達したのだ。しかし――

「ダスティ……」

 彼女は呟いていた。

 国から放逐され、一人になったあの日。疲労で動けなくなったあの時に助けてくれた、初めての城の外で触れた優しさ。

 その優しさをくれた男はもういない。魔人との激闘の跡地のから随分と離れた小さな池に、ダスティの死体は丁寧に沈められた。海と安らぎの女神メイエリンの名を携えて。

 それから――

 神々が去り、メルホルン隊に守られて、彼女はヴァルテックへ難無く到達した。

 彼女とその仲間達の栄光に満ちた噂は、ヴァルテックへまっすぐ進む彼女達よりも早く広がって行った。ヴァルテックへ到着する頃になると、彼女を守るヴァルターの騎士達は、栄光に満ちた噂に導かれて元の数の数倍へと膨れ上がっていた。

 それらは亡国の王女アンヌフローラを輝きの女王と呼び称え、そしてその神々に愛された女王の噂はヴァルター帝王ローラントの心すらも動かした。


「アンヌフローラ様」

 そよ風に揺られて佇むアニーの背後からフィオーレの声がした。

 振り返ると白を基調とした軽装板金鎧に身を包んだフィオーレが直立していた。

「ローラント王陛下の謁見の準備が整ったそうです」

 それを聞いて、アニーは残念そうに項垂れた。

「もう、アニーとは呼んでくれないのね」

「それは――」

 アニーとフィオーレの間にながれた僅かな不穏は、突如現れた騒音に遮られた。

「アニーちゃ~ん!!」

 扉を乱暴に開けて現れたのは、フィオーレと同じく白の板金鎧に身を包んだエリックだった。

「この愛の近衛騎士、エリック・マンセル! 不肖の身ではありますが! この愛を持ってして――、って、あれ?」

 白の鎧の女近衛と、白いドレスの女王が、二人して白い目で彼を見つめていた。

「ア・ン・ヌ・フ・ロ・オ・ラ・さ・ま・だ! どうしてお前はこの大事な局面くらい真面目な顔をできんのだ!」

 フィオーレに怒られて、エリックははっとしてアニーの前に跪いた。

「こ、これは失礼致しました! アンヌフローラ様~!!」

 わざとらしいその仕草に、アニーはふと微笑を浮かべた。

 何も変わっていない。そう思うだけで、彼女は口元から笑みが零れ落ちるのを止められなかった。

 ……何も変わっていないはずなのに、一人、足りない。

 笑いの衝動をおさえ、目に滲んだ水玉を指で払いのけて目の前の二人を見上げると、心配そうな二人の顔があった。

「大丈夫ですか? アニー」

「アニー、具合が悪いのであればローラント王陛下への謁見は見送ってもらうが」

 それを、片手を上げて留める。

「ううん。大丈夫。ローラントさまに会いましょう」

(会わなければ。会って、ここまで来たわたしの存在意義を確認しなければ。……残していった、者達のために!)

 脳裏に、家臣の者達の顔が浮かんでは消える。そして、いつも先を歩いていたダスティの背中。

 心の中の彼は、未だ先を歩き続けている。

 アンヌフローラは、顔を上げた。そこには整然、毅然と佇む女王の顔があった。

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