第七章 降魔 3
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暗い、暗い闇の中を、一筋の光が落ちていた。
それが流れ星であり、この暗い闇が空である事を彼が知ったのは、遥か下の彼方に、燃え盛る大地が見えてきた為だ。
――地獄――
彼の胸中で囁かれた言葉はそれだった。
『いかにも。これが貴方の新たな故郷、神々の言う、地獄です』
それは、どこから発せられた声なのだろうか。声の居場所は分からない。しかし、つい最近、聞いた覚えのある声だ。
その言葉を理解するよりも、その中の一単語に不快感を覚えていた。
(神なんて言葉。もう、聞きたく無かった)
『これは失礼を。ですが、これから先もこの言葉に憤り、苦しまなければならないでしょう』
(何を言っている)
『ここは地獄です。ダスティ。貴方は地獄へ堕ちているのです』
ダスティ。そう呼ばれて男は目を見開いた。
朦朧としていた意識が急に研ぎ澄まされていく。身体を反転させて空を見上げると、巨大な白銀の球体が見て取れた。
(なんだ、これは)
白く輝く球体は、どこか見覚えがあり、しかし微妙に違う姿形に違和感も同時に覚えていた。
『これは地獄の月。貴方がたが生きていた世界』
(馬鹿、な)
『しかし、事実です』
事実。ダスティはそういわれて眼前の巨大な月を眺め、そしてあることに気が付いて空を見回した。
(星が、無い)
『はい。ありません。地獄に落ちる星は、余りにも少ない』
(何故だ)
『それは、忌々しい神々が、命の循環を無視しているからでしょう』
(命の循環)
その言葉を反芻して、ダスティの脳裏に様々な知識が浮かんでは消えていく。
冥府。死した魂を大地に還元する死者の街。冥土。パットンが作り上げた、死者の為の大地。
輝いていた星々に、流れ落ちる流れ星。人の、生き物の、"魂"。
(馬鹿な。ならば神々がやっている事は!)
『貴方がたの世界は富んでいる。世界は緑に溢れ、失われた魂が再生し、新たな命を無数に育む。更に遥か空の彼方からも新たな命が降り注ぎ、大地は命で溢れている』
(神々が本来堕ちるべき魂を留めているわけか……。ハハッ。ロクでもねぇ。こんな事の為に俺は……、俺の人生は……!)
怒りが、ダスティの心を支配していく。
『今は、抑えるのです。ダスティ。もうじき神々が貴方の魂を呼ぶでしょう。地獄へ堕ちる貴方の魂を冥府へ呼び込もうとするでしょう。そして、そうなれば貴方は別の魂へと再生される』
(必要ない。俺は、地獄へ行く。行って神々(奴ら)を倒す為の力を……)
『貴方には、既に我の魂の一部が宿っている』
(それが何だと言うのだ)
『再生は行われません。貴方はひそかに蘇り、私の魂を宿した貴方は、生きた魔人として復活する』
(生きた、魔人!?)
ふと、ダスティの視界が動きを止めた。彼の魂が地獄へ堕ちるのが止まったのだ。
『神々が貴方の魂を掴んだようですね。時間です』
(忌々しい神々め……)
『怒りを抑えないさい。ダスティ。貴方には神々をやりすごし、地上から地獄への門を開けてもらわねばなりません』
(……どこに行っても所詮は小間走りか)
その吐き出された思念を最後に、ダスティの視界が急上昇を始めた。見下ろす地獄の光景がみるみる小さくなっていく。
『死せる魂を、あるべき場所へ』
その声が、自身の胸の奥深くから響いていると、今のダスティには分かる。




