第一章 二人の物語 2
ごつごつとした板金鎧には、赤と黄色で彩られた鷹の紋。鎧に加え、装備している槍鉾や板盾。
人の気配を察して偵察に出たダスティは、バルトロメオ軍の重歩兵隊と遭遇していた。
つい先程拾った女は、木々の合間に静かに佇んでいた小さな泉の畔に置いてきている。
「ブルレックとヴァルターの国境付近に、一国離れたバルトロメオの兵隊か。どうも噂は本当らしいね」
バルトロメオ王国軍がブルレック公国へ侵攻した噂。ここ数年、近隣の国々では両国の関係悪化が噂されており、近々それは最悪の結果をもたらすのではないか、と言われていた。
ダスティの疑問を含んだ言葉は無視されて、だが、槍鉾をこちらに向けた一人が別な言葉を返してきた。
「貴公。この辺りで女を見なかったか?」
「見た、と言ったら」ダスティの言葉に兵士達が一斉に身構えた。「金でもくれんのか?」
ダスティは兵士達の動作には構わず、ニヤニヤと相手の反応を楽しんでいる。
「……有力な情報には報奨金もあろう」
(嘘だな。どいつもこいつも、誰も生かしては返さんってな顔してるぜ)
兵士達の無意味に固くなった口元、武器をきつく握り締めた掌。
ダスティは取り囲む兵士達の雰囲気から、ある種の殺気を感じていた。
「ああ、赤と白の高そうな服の女だろ、さっき見たよ」
その言葉をダスティが吐き捨てるのと、槍鉾の切っ先が彼の首に伸びるのは数瞬の時間差も無かった。
「どこだ! 言え!」
「人にものを尋ねる態度じゃないな」
「……なんだと?」
「それなりの礼儀があるだろう? と言ったんだ」
「貴様! 刃向かう気か! ならば……!」
「待て!」
槍鉾で威嚇していた兵士の腕を、別の兵士が抑えた。
「知っているならば教えて欲しい。我々にはどうしてもその情報が必要だ」
「報奨金の額は?」
鉾槍を突きつけられてから、ダスティは真顔で兵士達に相対している。ただ、淡々と彼らと交渉する素振りと平行して、踵を器用に使って、何やら地面に紋様を書き連ねだしていた。
「平民が一生かかっても得られない額を――、貴様、何をしている?」
「どうも、怪しいんだよな。おたくら。本当に金くれるのか? ……聞き出して殺そう、なんて思ってないか?」
ダスティが音程を下げてそう告げると、幾人かの兵士が動揺したかのようにたじろいだ。
ダスティが、地面の紋様を描き終えた。
「一体それはなんだ?」
「一人くらいは知っている奴がいるだろう? "神の文字"さ」
幾人かの兵士が、その紋様に目を向けた。兵士の誰かが文字を綴り、言葉を紡ぐ。
「……冥府、の、門は、この地、に、開かれし!?」
ダスティが剣を抜いた。
「貴様! まさか、パットンの――」
「もう遅い。パットンよ、この者らの魂、汝が元に送る!」
槍鉾が突き出されるより早く、ダスティの剣が地面の紋様を突き刺した。
神の文字の、突き刺された剣の周りの地面が引き裂かれ、突如として暗き闇が覆った。
ダスティ以外の全ての者達が、闇に手足を奪われて、大地の底へと消えていく。
「おのれ……! 死神パットンの手先め!」
怯えた悲鳴と唸り声が木霊す中で、誰かがそう呪詛の唸り声を発していた。
「……好きで、手先になった訳じゃない」
ダスティがそう暗の籠った声で呟いた時、闇は消え、大地は元通りに収まり、その場には剣を納めたダスティ一人が佇んでいた。
辺りは木々の合間から覗く晴天に覗かれている。これまでの争いなど無かったかのように、どこかで小鳥達が囀っているのが聞こえる。
ダスティは一人、地面に描かれた文様を靴裏で擦り消した。
彼は五感を澄ませ、大地の声に耳を傾けた。
もう、ここに人の気配は無い。
彼は元来た道を戻り、女を置いてきた泉の畔へ向かう事にした。