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第六章 魔人 2

 2


 魔獣の攻撃を辛うじて凌いだ四人とメルホルン隊は、すぐさまその場を離れ、神託の地への行軍を再会した。

 四人にはそれぞれ馬が一頭ずつあてがわれたが、馬に乗れないアニーは、フィオが操る馬の背中に自らの身体を預けていた。

 道すがらレオンハルトの自己紹介と、ローラント王の話を聞かされたアニーは、心なしか真剣な面持ちで頷いた。

「では、ローラント王陛下は、わたしの保護を申し出ておられる、と仰るのですね」

「はっ。このメルホルン。ローラント陛下の命により、そしてブルレック女王の御為、全力を持って貴方様の護衛をさせていただきます!」

 女王、と呼ばれ、アニーは僅かな時間ではあったが、どこか悲しげに顔を伏せた。しかし、すぐさま隣を並走するダスティを見やった。

「ダスティ。構いませんか?」

「……なにがだ?」

「騎士メルホルンをわたしに同行させてもよいですか?」

 言い直したアニーに、ダスティは首を傾げた。

「俺がダメだと言ったら、引き下がるのか?」

「……神託については、わたしは何も知りません。もしも、それが危険を伴なうのであれば、同行者は少ないほうがいいかもしれません。ダスティの方針にお任せします」

「……仲間は多いほうがいいだろう。だが、気を抜かない事だ。神々は、決して無償で人助けなどしない。従者に危険性の無い神託ばかりもありえない。それに、今回の魔獣の動きも、どこかおかしい。背後に魔人の一人くらいはいるかもしれん」

 魔人、と言葉が発せらると、周囲で一瞬、無言の衝撃が走った。

「魔人、ですか」

 ひとり、その意味を理解出来なかったアニーがそう呟いた。

「神々に及びかねない力を持つ、魔の者達だ。奴らは魔獣を操り、群れさせる。ブラックドッグに、ハーピーとマンティコア、既に二回魔獣の群れに襲われていて、そのどれもが一度の襲撃において、似た形の魔獣が集められている事からしても、魔人が意図的に集めている可能性が高い」

「なるほど、流石に死と大地の神に仕える従者は物知りですねぇ!」

 その声は、彼らの遥か上空から現れた。甲高い、男の声だ。

「上だ。上に人がいるぞ!」

 驚きのざわめきが辺りを支配するなか、ダスティはただ前を見据えて呟く。

「魔人、か」

「……いかにも。我は忌々しき神々の言う、魔人。魔人、サヴァス。以後お見知りおきを……!」

「弓を構えろ! 奴を射落とせ!」

「無駄だ、止めろ」

 レオンハルトの命令は、ダスティの静かな呟きによって制止された。

「な、何故です……?」

「大地は警告を発していない。魔の者の穢れた魂はその存在が目立つ。あれが本体なら近づく前にそうと分かるさ」

「しかし、現に魔人が」

「幻か、何かの魔術なんだろう?」

「ご明察。どうやら、以前にも我が同胞とお会いになった事があるようで?」

「ああ、一人、殺したよ。で、魔人様がわざわざ何のようなんだ?」

 サヴァスはダスティの言葉に引かれ、宙に浮いたままふわりとダスティの目の前にまでやってきた。その姿は人のそれで、長い金髪が宙になびき、血の赤を宿した虚ろな目が見つめてくる。

「これは興味深い! 貴方のような濁った魂が、何故また神々の従者などやっておられるのです?」

 彼はダスティの問いには答えず、一人感嘆の声を上げていた。

「貴様と同じさ。好きでこうなった訳ではない」

「なるほど! ハハッ! たしかに好きでこうはなれませんねぇ!」

 彼は宙を舞い踊るように飛び回ると、何が楽しいのか笑い転げた。

「なるほど……」

 そして、一人何かに納得して頷いた。

「我はお礼を言いに来たのです。貴方がたの目的地には我の身体が眠っています。そして、貴方がたは我をこの長い眠りから覚まさせる事となるでしょう。……ようやく! 我は自由になる!!」

「ふむ。あの忌々しい神々め。またどうしようもない厄介ごとを持ってきたな」

「ハハッ! 貴方は実に面白い! 確かに神々は忌々しく、愚かだ!」

 なにやらサヴァスに便乗して頷いているダスティの側に、エリックが馬を寄せてきた。

「おい、ダスティ!」

「黙っていろ。これは俺とコイツの会話だ」

「そうです! 貴方は黙っていただきたい! 純朴な神々の従者など虫唾が走る!!」

「だ、そうだ」

 ダスティはエリックに向けて小さくウインクをした。

 それを見たエリックは眉を上げ、だが静かに引き下がった。

「で、俺はお前を目覚めさせねばならない理由はないんだが、帰ってもいいかな?」

「とんでもない! 帰ろうとしても我が率いる一〇〇の魔獣が貴方がたを追いたてますよ! それに、この我が封印の道連れにした、輝きの神ルーディエを解放しに来たのでしょう? さすれば我を目覚めさせ、復活した我を倒さねば……!」

「ああ、めんどくせ」

 一人盛り上がっているサヴァスを置いて、ダスティは半眼で呟いた。

「おや、何か気に障るような事を致しましたか?」

「お前じゃないよ。面倒なのは神々が、だ。まーた前触れも無く面倒事を押し付けやがる」

「おやおや。では、自らが何をなすべきか知らされて居なかったのですか?」

「ああ、大体あいつ等はそんな感じだ」

「これは、これは、可哀想に」

 魔人に同情され、ダスティは心底項垂れた。

「ああ、どうせなら、当事者同士で決着をつけてほしいもんだが」

「ハハハッ! 興味深い。貴方は実に興味深い! どうです? いっそ"こちら側"へと寝返ってみては?」

「……言ってる意味が伝わっていないらしいな。俺は、神々も貴様らも同レベルだ、と言ってるんだ!」

 その一瞬、ダスティの操る馬が僅かな距離を駆け抜けた。抜かれた小振りの剣が魔人を真っ二つにする。

「この剣っ――! これは、興味深い――」

 遠ざかる笑い声を残し、サヴァスはどこへともなく消え去った。

「チッ」

 ダスティの舌打ちが、あたりの空気を震わすような重みを帯びていた。

「ダスティ……」

「行こう。アイツを殺して、全て終わらせよう」

 エリックの嘆きに、ダスティはただ静かに呟いた。

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