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第五章 光は其の者を照らし 5

 5


 光は、すぐに収まった。

 戦いは、尚、続いている。

「……あれ?」

 光ったから、何だというのだろうか。

「アニー!」

 返り血で赤黒く染まったダスティが物凄い剣幕で駆け寄ってくる。

「伏せろ!」

 彼がそう言いながら彼女を突き倒すと、たった今まで彼女が居た場所を、翼の羽ばたき音が通り過ぎていった。

「起きて大丈夫なのか」

 彼がそう確認を取ると、彼女は目に涙を浮かべて呟いた。

「何でこう、がさつなのかな」

「大丈夫そうだな」

 その憎まれ口を無事と判断した彼は、戦場に視線を泳がせる。

「――いた。エリック!」

 ダスティが彼を呼ぶと、彼はダスティを見つけ、そして側のアニーを見て、息を切らしながら駆け寄ってきた。

「アニーさん。起きて大丈夫なんですか」

「ええと、はい」

「エリック、コイツを頼むぞ! 後さっきの光の事を聞いておいてくれ」

「ああ。……え? さっきの光はアニーさんが?」

 彼が聞き返した時には既に、ダスティは近くのマンティコアに向かって走り出していた。

「ええと、ルーディエなんです」

「え?」

「ルーディエって叫んだら杖が光って」

「……えーと」

 どこか嬉しそうに語るアニーに、エリックは置いてけぼりを食らっていた。

「と、とにかく、今はそれどころじゃありません。しばらく側でじっとしていてください」

 そう言って、クロスボウに矢を番え始めたエリックを他所に、アニーはもう一度天に杖を掲げた。

「ルーディエ!」

 さきほどよりも強い輝きが辺りを照らし、そしてやはり他にこれといった効果も現れず消えうせる。

「あ、あああ……、アニー!」

 エリックが驚きの声を叫びに変えながら、彼女を押し倒した。

 光りに特に効果はないようだったが、戦場ではひたすらに目立つらしく、ハーピー達が彼女目掛けて飛び掛ってきたのだ。

 なんとか二度目のハーピー達の攻撃を凌ぎ(実際に凌いでいるのは仲間の男達だったが)、アニーは喜色を浮かべて杖を見る。

「すごいな! なんだろコレ」

「アニー……さん。一体それなんなんですか」

「分からないの。ルーディエなんです」

 聞いてる側のほうが分からなくなるような説明を受けて、エリックは顎に手を当てた。

「ひょっとしてそれは誰かの……、人物の名前とかですか」

「かな? 人じゃなくて、なんか光るもやもやだったような」

 それを聞いて、エリックは彼女の両肩を両手でがしり、と掴んだ。

「え、エリック……さん。痛いです」

「アニー、よく聞いてください」

「……はい?」

「通常、我々神々の従者達は、神の力を行使するために宣言を立てます。まず仕える神の名を呼び、次に発動してほしい効果や場所を言葉や態度で表します」

「……えーと、ルーディエは神様って事かな」

「私にはわかりません。ですが、もしそうなら、ただ名前を呼ぶだけではだめです。名前の後に何か願い事をしてみてください」

「願い事」

「例えば、敵を滅ぼせとか、私を守れとかですね。神の能力が分かると願いやすいんですが。後、あまり失礼な言い方をしていると力を貸してくれなくなったりしますので、よほどの事が無い限りダスティみたいな冒涜文を読み上げないでください」

「え、ええと……」

 一度にたくさんの説明を受け、アニーはぶつぶつと口の奥で言われた事を復唱する。

 そして、立ち上がり再び杖を掲げた。

「ルーディエ! みんなを守って!」

 彼女の宣言に呼応して、杖から光が凝縮し空に向かって放たれた。

 空気が焼ける音と共に光が空を一閃する。その一瞬の出来事で体を焼き切られバランスを崩したハーピー達がぼとぼとと地に落ちた。

「うわ、うわわわわ」

「アニー!」

 思わず杖を落としそうになるほどの振動が杖から伝わって、アニーはバランスを崩し、側のエリックに抱き支えられた。

 アニーはまずは異様な力を発揮した両手に持つ杖を驚き見やり、そして次に光が通り過ぎた空を見上げた。そこにはもう、ハーピーはいない。

 続けて、地面を見回すと、未だ続くマンティコアとの戦いのそこかしらで、ハーピーの破片が転がっていた。翼をもがれた女の形が、血塗れで倒れ伏し、血に溺れてもがいている。

 その赤く彩られた光景を見て、その場で固まってしまったアニーを、側のエリックが抱えて走り出した。

 何も反応出来ないままテントの中へと連れて行かれた彼女は、寝袋の上に座らされた。

「アニー。しばらく、ここでじっとしていてください」

 エリックは優しくそう告げて、小走りにテントの外へと駆けだした。

 アニーはその後ろ姿を掴もうと腕を伸ばしたが、掴めたのは空気のひとかけらだけだった。

 しばらく宙に腕を伸ばした状態の彼女だったが、突如脳裏に血の惨状が浮かび上がると、伸ばしていた腕で、その先の手で顔を覆い隠した。

 途端に、何かが胸を、喉を通り過ぎ、そして口からそれは吐き出された。

「うわあああぁぁぁぁぁっ!!」

 外の戦火に劣らぬ、畏怖で塗られた絶叫が、テントの中を支配した。

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