第五章 光は其の者を照らし 3
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短く刈り上げた赤髪に緑色の目。体格は重厚な鎧に阻まれて分からない。年齢は二十台前後だろうか。その年で隊長とは考えにくいため、見かけの割りに年を重ねているのかもしれない。
レオンハルトは騎兵達と、遅れてやってきた従卒も兼ねた歩兵達に命令を出し、現在も火煙を上げる森林の消火活動を監督し始めた。
燃え広がらないように草木を刈り、切り落とした木材を使って槌を作り、槌で炎の広がった木々を叩き倒す。
その破壊消火が進行するのを一通り確認すると、レオンハルトは火煙が届かない風上の岩陰で休むダスティ達の下にやってきた。
「王女殿下にお会いできますか」
王女であるアニーならともかく、得たいの知れないダスティ達に対しても彼は礼儀正しい。
だがダスティ達が顔を見合わせたのは、彼の言葉遣いに驚いたからではなかった。
「どうか、なさいましたか?」
その様子を見て緊張しているのか、それともただ山火事との熱の相乗効果を得た鎧が暑苦しいのか、レオンハルトは一筋の汗をたらした。
「アニーは、アンヌフローラ姫は気を失ったまま目覚めていない」
彼女は竜騎兵の襲撃で気を失って以来、目を覚まさない。
「まさか! どこかにお怪我でも」
ダスティの言葉を聞いて、彼は慌てて後ろを振り返る。
「お待ちください。今手当ての心得がある者を呼びますので!」
「いや、待て」
「……は?」
「彼女に外傷はない。どこかに頭をぶつけたりもしていない」
「では」
「ただ、目を覚まさないだけだ」
「やはり念のため、部下を呼びます」
「必要ない」
「何故です!?」
レオンハルトは、どこまでも心配そうな表情を浮かべている。
それを、ダスティは疑わしさを露わにして見つめていた。
「……そう、ですか。我々が信用できないのですね」
「平たく言えば、そうだ」
「しかし、我々はローラント王の命により王女殿下の護衛に参っただけです。他に他意はありません」
「かも、知れないな」
「かもではなく、そうなのです!」
彼は、力強く主張した。
「なら、アンタの主、ローラント王はどうなんだろうな」
「……お聞きください」
「ふむ?」
ダスティの疑問を遮って、彼は真剣な表情で語り始めた。
「現在、バルトロメオは同国第三王子ハンスとアンヌフローラ様の王族結婚を宣言することで、ブルレック市民の反感を抑えようとしています」
ダスティが黙って聞いているのを確認して、彼は続ける。
「ですが、バルトロメオはこの王族結婚にアンヌフローラ様を必要とされておりません。この意味が、お分かりになられますか」
「つまり、替え玉を用意した、と」
「そういう事です。我々ヴァルターにはこれに手出しする事はできないと判断していました。ですが、バルトロメオ軍の動向を確認するためにハーナブルクに放っていた草が、王女殿下の御無事を確認したと聞いて我々の方針は変わりました」
彼は大きく息を吸った。
「本物の王女様をお救いし、これを建てる事が出来れば、我々ヴァルターがブルレックの領有権を主張できます!」
拳を握り自身たっぷりのレオンハルトの前を、うっすら寒い風が流れた。
「……いやお前それ、声高々に言う事じゃないだろ」
本来ブルレック王女組に、堂々とヴァルターの利権を主張するものでもない。どちらかと言えば交渉の裏で行われる問題だ。
「あぁ……! 失礼致しました! 他意はありませんので、どうかご寛恕のほどを」
「そりゃあ、他意はないだろうなぁ……」
「あの、それで、我々としては王女殿下にもしもの事があっては、その――」
「ああ、もういいよ。とっとと医者呼んでくれよ」
しどろもどろになったレオンハルトを置いて、ダスティはどこかくだけた仕草で言うのだった。
アニーの診察を終え、山火事を鎮圧した頃には、明るかったはずの空がすっかり更けていた。
従卒達はダスティ達の世話までも買って出て、大掛かりなテントの中、彼らはすっかりと寛いでいた。
「またバルトロメオの来襲があっても困ります。王女殿下と貴方方には今すぐにでもヴァルテックまでご足労願いたいのですが」
テントに入ってくるなりレオンハルトは言った。続けて疑問も口にする。
「その、一体どうしてまた、このカルステ山脈などに来られたのですか」
まっすぐヴァルテックに向かうならカルステ山脈などに来る事はない。
「あぁ、俺は嫌だって言ったんだけどな」
「は? それでは何故」
嫌そうにそっぽを向いたダスティに変わって、エリックが嬉しそうに切り出した。
「我々は、歌と踊りの神ギルフェウスから神託を受けたのですよ!」
「神託! なるほど! それは是が非でも実行しなければなりませんな!」
それを聞いてレオンハルトは熱く受け答える。
「神託! 神の言葉ですか! これは頼もしい!」
なにやら危ない薬が入ったかのように暴走し始めたレオンハルトを他所に、ダスティはやれやれと頭を振った。
翌朝、まだ朝霧が立ち込める山中に、激しい鐘の音が響き渡った。
『敵襲! 敵襲~!』
ダスティ達が目を覚ました頃には、既にテントの外が騒がしくなっていた。
彼らがテントから外に出ると、従卒に自分の鎧を付けさせながらレオンハルトがこちらに向かってくるところだった。
「お起きになられましたか」
「一体どうしたんです?」
エリックが、代表して彼に尋ねた。
「どうやら、魔獣の集団が近くまで来ているようです」
「では、我々も戦わせていただきます」
「いや、貴方がたはどうか王女殿下のお側に待機していてください」
「しかし――」
「その王女殿下なんだがな」
二人の会話にダスティの静かな声が割って入った。寝起きのせいか、声が低く、聞き取りにくい。
「まだ目が覚めないようだ」
テントの中ではフィオに揺らされ、それでも目を覚まさないアニーが横たわっていた。




