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第四章 黄昏た神 1

第四章 黄昏た神


 神々の伝説は数多く、神話は詠う者達の数だけ作られた。

 神自らが定めた己が神性も、人々が詠い、語り継ぐ事で徐々に変容を遂げていく。

 炎の神は、その力の危険性から戦いの場で多くの人々に信仰され、戦いすらも神性とされた。大地の神はその行いから死を蔑ろにしたのだと忌み嫌われた。

 存在すらも忘れ去られ、詠われなくなった神々も存在する。

 

 1


 ザールドルフは一風変わった街並みをしている事で有名だ。騎士文化などでは無く、風車や、おもちゃのかざぐるまが家々の屋根に取り付けられた、回る、街並みなのだ。どこもかしこも風の通り道が意識され、起伏の多い丘陵地帯である事も相成って、人々の営みには直接関係ない空のトンネルが、上下前後左右、どの方向にも張り巡らされている。

 それは風の神ゼーフス信仰の産物であり、それらが織り成す街並みは、街ひとつを使った巨大な迷路のようでもある。


「フィオちゃん。帰ってくるかなー」

 開放的な吹き抜けの途中に作られた、酒場『夏の風亭』にて、アニーは何度目かの呟きを発した。

 盗賊のアジトの一件から丸一日かけてザールドルフに辿り着いた一行は、宿を取り、夏の風亭に集まる事にして各々に散った。フィオは賞金首の引渡しに出かけ、ダスティは盗賊のアジトで手に入れた金目の物を売りに出ている。特に用も無かったアニーとエリックはこの夏の風亭で二人の帰りを待つ事となっていた。

「うーん……、まぁ、普通はこのまま逃げるでしょうね。バルトロメオに追われ、ダスティのような人間を抱え込んだ連中と関わるなんて、普通はありえませんし」

 そう言うエリックは、一枚の絵画の入った額縁を、なにやら念入りに眺めている。盗賊のアジトにあったものだ。

「やっぱそうかー。……それ、いいものなの?」

 アニーが、絵画について話を振る。盗賊のアジトの一件依頼、話し方から少し遠慮が抜けている。

「いえ、この絵の奥に描かれている女の子が可愛いので」

「……そ、そうなのね」

「絵の中に入る力をくれる、絵の神様とか居ないですかね」

 そんな間の抜けた会話をしている所へ、金属の鎧に身を包んだ男がどかっ、と彼女達のテーブルに座った。

 アニーがそれをぎょっとして見る。

「うわっ! ……びっくりした。なんだダスティか」

「……なんでびっくりされるんだ」

「こないだまで無駄に根暗な真っ黒男だったのに」

「…………」

 パスメラの従者にボロボロにされていた、革鎧の事を言っているのだ。

 今の彼は焼け焦げた革の鎧を捨て、鎖を編み込んだチェインメイルを身につけていた。首から足首までをチェインメイルが覆い、その上から黒い布の服の上下と、パスメラの従者の炎でも燃えなかった赤いマントを着込んでいる。その鎧は盗賊のアジトで頂戴したものだ。

 上に着込んだジャケットを開け、風通しを良くして鎧に溜まった熱を逃がしながら、ダスティはきょろきょろと周りを見る。

「フィオはまだなんだな」

「それなんだけど、どうしてフィオちゃんが来るって思うわけ?」

「どうしてって」

「私みたいな追われる身の人間とか、ダスティみたいな人と一緒に旅をしたいなんて、普通思わないと思うんだけど」

 彼女はたった今エリックに聞いた内容を、そのままダスティにぶつけた。

「……来なければ、今頃俺の正体がばらされていて、今晩にでもどっかのややこしい団体から襲撃を受けて、この神に望まれた旅がさらにし辛くなるだろうなあ。だからきっとフィオは来るよ」

「説明になってないんですけど」

「そんな暗い事言ってたら、良い事なんて皆通り過ぎちゃうぜ」

「…………」

 どこか投げ遣りなダスティに、アニーはただ、半眼で睨む。

「そんなことより、自分の今後を心配したらどうなんだ」

「今後」

「どうするんだ? パルトロメオに捕まるのか、ヴァルター王の所まで行くのか、それかどこか違う当てを探すのか」

「うーん、とりあえず、このままヴァルテックのローラント王に会ってみようと思う。結局、わたしにできる事はそれくらいしかないし」

 そう結論付けてから二人を見る。

「二人はそれでいいの?」

「愛する貴女のためならどこへでも」

「こないだ、俺達を引き連れてブルレックに帰ってみせる、なんて宣言してたじゃないか」

「それはそうなんだけど……」

 アニーはどこか不安げに表情を曇らせ、だが次の瞬間には一転させて笑顔を見せた。

「フィオちゃん!」

 アニーが目を輝かせ見つめる先に、フィオが佇んでいた。

「待たせたな」

「もう帰ってこないと思ったよ」

「フッ。これも私の愛の成せる技ですね」

「物好きだよな。わざわざ厄介ごとに巻き込まれるなんて」

 最後のダスティの言葉は余計だった。

「お前が言うか」

「誰のせいでこんな事になってると思ってるのよ」

 エリックとアニーに凹まされるダスティという構図を眺め、フィオはひっそりと笑った。


「にしても、物凄い状況に巻き込まれているんだな」

 バルトロメオに追われる亡国の王女様、大抵の人間から忌み嫌われるパットンの従者。

 この二つの状況を攻略するのは、とてつもない労力が必要になるだろう。

 大まかな状況説明を受けて、フィオはあからさまなため息を付いた。

「そうですね。今のままの戦力では、この先辛いでしょうね」

 エリックが彼女の言葉に相槌を打つ。

「でもさ、わたしはともかく、ダスティに味方する人なんてそうそういないよね」

 アニーが、悪意の無い嫌味をダスティに向ける。

 やれやれ、とでも言いたげにダスティは肩を竦めた。

「いえ、これでも、……ダスティが仕える神に味方する神々は多いのですよ。私が仕える愛の女神、ラブリンもそうです」

 エリックがパットンの名を伏せつつもフォローを入れた。

「へぇ~……」

 しかし、アニーはどこまでも疑わしげにダスティを凝視している。

 当のダスティは神の話題になった事で不機嫌になったのか、仏頂面でアニーを睨み返している。

「とにかく、今後の戦力増強が必要だ、という話ではないのか」

 フィオが冷静にそう話を戻すと、一同は同時に項垂れた。

 事態を楽観的に考えるには、一行には余りにも敵が多すぎるのだ。

「あまり気は進まないが……。一人戦力の当てが無い訳でもない」

「また、誰か巻き込む気か?」

「いい加減にしないと、本気でばちが当ると思うんだけど」

 例によって、ダスティの発言に対しては、あれこれと否定の意が示される。

「そうじゃない。アニーだよ」

「わたし? わたしがなんなの」

「これは勝手な推測なんだけどな、お前、まだ神を契約したりしてないんじゃないのか?」

「おお、私と一緒にラブリンに仕えるのですね!」

「そういえば、お父様には必要ない、って言われて契約させてもらえなかったかな」

 話が飛躍しているエリックを適当にスルーして、アニーは在りし日の王国の生活を思い出す。

「決まりだな。これで一人分神の力が得られる」

「あ、でも、契約ってどうするんです?」

「普通は神殿とかでお祈りするだけだな。そう、実はもうこの街にある神殿はチェックしてきたんだ」

 ダスティがそう言いながら懐から三つ折りにされた一枚の紙を取り出した。神殿のパンフレットである。

「なになに……? 芸と笑いの神エーディ・マフィン……? 却下で」

「せめて、内容くらい読もうぜ……?」

 即答する彼女に、ダスティが切望する。

「というか、明らかな嫌がらせだよね!」

「なにおう!? おまえ、エーディ・マフィンをバカにするなよ。コイツの従者は不幸な人間を幸福な気持ちで満たす事ができるんだぞ!」

「自分でコイツとか言ってるじゃない! だいたい気持ちだけで事態が変わるの!?」

 騒ぎ出す二人を放って、エリックがパンフレットを寄せ、フィオがそれを覗く。

「うーん。時々見るんですけどね。ここの人達」

「うむ。しかし凡庸というか平凡というか、あまり面白い事言う人も見ないというか」

「ですよねー。で、ダスティ、他の神殿はどうだったんだ?」

 それを聞いて、ダスティと言い合っていたアニーが動きを止める。

「え。他の神殿もあるの?」

「小さな神殿なら大抵どこの街にでもいくつかあるものなんですよ」

「あるにはあるが……。でも俺的にはこの笑いの神が一番――」

「あるならそれを見せなさいよ!」

 アニーは嫌がる彼の懐から、残りの三枚のパンフレットを奪いとった。

「やっぱりあるじゃない。ええと、愛の神ラブリン。あ、これパスね」

「……さり気に酷くありませんか?」

「あっ、これは? 風の神ゼーフス」

「風に乗って空を飛んだりしたいなら、いいかもな」

 ダスティは何か思い出す事でもあったのか、遠い目で、感情の篭らない言葉を告げた。

「最後は、歌と踊りの神ギルフェウス」

 その名を聞いて、フィオがどこか興味ありげに目を輝かせるが、誰もそれには気が付かなかった。

「あ、歌の神様とかはいいかも」

「おお、きっと王宮でも美しい歌を披露していたのでしょうね」

「知らない。わたしは城下を覗く事だけが趣味だったから」

「……そうですか」

「ギルフェウスは歌や踊りに相手を魅了させる効果を付加するんだ。でも大丈夫か? ギルフェウスは制約に体力トレーニングを要求するんだぞ」

 フィオが物知りげに解説する。

「歌と踊りなのに、体力なの?」

「多分そこにも書いてあるはずだ。歌と踊りに一番必要なものは、それらを支える基礎体力だ」

「へぇぇ。……でもそれってほとんどの事柄で言える事のような」

「まぁ、俺ら人間達が勝手に解釈してるだけだしな。神サイドで何か別に理由がある事もあるし」

 ダスティが、どこかうんざりした表情を見せる。

「そうなんだ」

「そうだよ。パットンが、なんで人の魂を食わせるような能力を従者に与えるか知ってるか?」

 ダスティが、少しだけ小声になって問題を出す。

「え? えーと、たくさん魂を捕まえるため」

「違うよ。少しでも落ちてくる魂を減らすため」

 ハズレ、とでも言いたげにニヤリ、と笑う。

「え」

「面倒なんだとさ、自分で処理するのが。だから死に際の物に限定して従者達に食わせてる」

「……へぇ」

 どうでもいい事を聞かされた気分で、アニーはいい加減な返事を返した。

「とにかく百聞は一見に如かず、だと思う。ギルフェウスの神殿に行ってみないか」

 どこか楽しそうな声でフィオがそう提案して、話は決着を迎えた。

 一行がぞろぞろと酒場を退出すると、すっかり赤く染まった夕焼け空が迎えてくれていた。

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