第三章 影ありし所…… 2
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話を少しだけ遡る。
近くに知り合いの住処がある、とダスティが言い張り辿り着いた洞窟は、物資溢れるある種の高級宅地を成していた。
地面は値の張りそうな真紅の絨毯で埋め尽くされ、壁には被写体の原型が分からない絵画が貼り付けてある。そこそこ広い室内のあちこちに木箱や樽が積み上げられ、中は食料や武器防具で埋め尽くされていた。誰も、木箱の側に不自然な影がある事には気がつかなかった。
三人はそれぞれ好き勝手に室内を荒らしまわった。アンヌフローラは食料を広げ回り、エリックがアンヌフローラの知らない食べ物を解説する。ダスティは箱に詰められた鎧や斧の類を物色し、室内は騒然としていた。
やがて三人は輪になって食事を済ませると、思い思いに一服する。
そして一服途中、ダスティの放ったこの一言が痴話喧嘩という名の戦争を勃発させる事になる。
「ここで準備を整えたら、お前達二人でザールドルフに行くといい」
「え」
「おい、ダスティ」
「俺がいるとバルトロメオ以外にもいろいろな連中に狙われるからな。こないだの指揮官も逃がしちまったし、きっと俺の正体がバレて、これからさらに厄介な連中に狙われるだろう」
「あのなぁ、ダスティ。こないだの指揮官を逃してしまったからこそ、これからお前の力が必要になるんじゃないか」
「いや、だけどな。パットンの従者ってばれただけで村八分だぞ?」
「しかしだな」
男二人が言い合っていると、アンヌフローラはふらりと立ち上がり、ダスティの前で仁王立ちをした。
「ダスティ」
「ど、どうした」
「嘘つき」
「な!?」
「神託なんですよね? どうせ一緒に行く事になるとか言ってたの、アレ嘘だったんですか!?」
「……そ、そんな事言ったかな」
「言いました!」
「いやまぁ、状況が変わって――」
「嘘つき」
「あ、あのな」
「大体、ダスティは自分勝手すぎます!」
「なに!? お前のために言ってるんだぞ!」
「わたしが何時そんな事を頼みましたか!?」
「まぁまぁ、落ち着けって。愛する仲間達であるお前達が喧嘩するだなんて――」
「お前は黙ってろ」
「愛の戦士は愛だけ説いといてください」
「……ひでぇ。ひでぇよ」
なにやら床に崩れ落ちた愛の戦士を放置して、二人は――もはや手の付けられないアンヌフローラ一人が尚も会話をエスカレートさせていく。
「わたしの事はわたしが決めます! 貴方も、エリックさんも、引き連れて! 必ずわたしの、ブルレックのお城に帰って見せますからね!」
「いや、あのな」
「お黙りなさい。王女のわたしが決めたのよ! バルトロメオが何しようが、ローラント王が何を考えていようが、死神の従者が居ようが、そんなのわたしに関係ない!」
「……そうか。ならば、そうしよう」
ぜぇ、ぜぇ、と息を切らすアニーを見守って、ダスティは自嘲気味な笑みを浮かべた。
そして――、
「誰だ貴様ら! 人ん家で何してやがる!」
入り口でその様子を眺めていた、数人の侵入達。そのごつい男達の一人が大きな声で叫んだ。
そこへ、ダスティがすかさず応酬を入れる。
「なに!? お前達こそ何者だ!」
「なんだと!? ここは俺の、俺達のアジトだぞ!」
「……そうなのか?」
隣のエリックを見る。
「いや、私に聞くなよ」
なんとか立ち直ったエリックが言う。
目の前のアニーを見る。
「は? わたしが知るわけないでしょ」
どこか吹っ切れた様子のアニーが言う。
「…………」
「ええい、もういい、殺っちまえ!」
『オゥ!』
大勢の男達が身を乗り出して、絨毯の紋様が描かれた辺りを、踏んだ。
「出番だ! パっとぉぉぉん!」
ダスティのやる気のない声で、こちらに襲い掛かって来た――指示をだしたリーダー格以外の全てが地面に吸い込まれた。
「ちょっと、酷くない!? いきなり殺しちゃうなんて!」
「いやまあ、冥府に送られたってだけだし」
「は!? それが何だっていうの?」
相当頭にキているのか、アニーはしつこく食い下がる。
「よっぽど悪人じゃない限り、パットンは生き人の魂は扱わない。アレに飲み込まれても、どこか世界の別の場所で吐き出されてるはずなんだが」
「……えーと、どこに?」
「さぁ。世界の果てとかじゃね」
「…………」
曖昧なセリフに彼女がジト目で見つめてくる。そんな彼女を馬鹿にするように、ダスティが両肩を竦めて分かりませんのポーズを取った。
「な、なんて事だ、死神の従者がなんでこんな所に……」
驚愕に震えるリーダー格を、三人はおもむろに取り囲んだ。
「ごめんなさいね。でも、あなたのお知り合いは死んじゃったりはしてないみたいだから」
「いや、あの」
アニーが代表して、やさしくお詫びを口にする。
「なんというか、すまん。コレにはちゃんと反省してもらうから」
「……ひ、ひぃ」
エリックが、物を扱うような態度でダスティの背中をごついた。
「いて! いや正当防衛だろ? 襲い掛かってきてたみたいだし」
「どうか! どうか命だけはお助けをぉ! もう悪さは致しませんからぁぁぁっ」
そう言って、名も分からぬ男は泣き崩れてしまう。
どうしたものかと三人が相談していると、後ろから透き通るように美しい声がした。
「――ああ、あの。ちょっといいか」
振り返ると、黒髪ロングヘアーの美女が、そこに居た。




