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第二章 愛の戦士 5

 5


 その一部始終を、アンヌフローラは草葉の陰から覗いていた。

 まさか死神パットンの従者だなんて。彼女はがくがくと震え、戦闘が終わった今でも草薮に隠れ続けていた。

 パットン。

 死と大地を司るとされる、神々の中での最高位とされる四柱の主神の一。死して大地に溶け込んだ死骸の魂を吸い上げて、それを地上に戻して生者に恵みを与えるとされる。

 その従者は死ぬべき定めの者達の為に冥府への扉をあける力と、死せる魂を食らう能力を授かり、信仰の厚い従者は大地から周囲の僅かな情報を得る事ができるとされる。

 だが魂を食らう、という能力は人々には良く思われず、彼の従者達はほぼ全ての人類国家から敵対視されていた。

 人間達の間では、当然のように根も葉もない噂が流れており、パットンの従者に睨まれた者は全員魂を抜き取られるのだとか、飛躍した解釈がされがちである。

 だからこそアンヌフローラもまた、今まで頼って来た男に本格的な怯えを見せていた。

「アニーさん」

「イヤッ」

 やさしく声を駆けられたが、アンヌフローラは必死に身を隠そうと縮こまった。

「アニーさん、大丈夫ですか」

 今度は声だけでなく、肩にやさしく手が置かれた。

「え、エリックさん……」

「大丈夫、もう戦いは終わりましたよ」

「でも、でも……」

 アンヌフローラはダスティの居る方向に目をやった。

 彼はなにやら剣で草を刈り、そして束にした草を道の端に積み上げている。

「大丈夫です。彼は優しい人間です」

「……でも」

「パットンも恐れられているほど怖い神様ではありません」

「……」

「さ、行きましょう」

「……はい」

 エリックに体を支えられ、アンヌフローラはよろよろと立ち上がった。


 ダスティが辺りの草を刈り取り積み上げた草の束の下には、人の脚が生えていた。

 それを見たアンヌフローラが、ほんの少し後退る。

「ダスティ。何をしてるんだ」

 エリックが問う。

「ん。パスメラの従者だしな。燃やしてやった方がこいつらは喜ぶと思ってな。……あとついでにパスメラも」

「ああ……。そうだな」

「それとな。これを見つけた」

 そう言って、ダスティが小さな紋章の付いた短剣を二人に差し出した。

 五角形の盾が象られ、中には鷹の印。

「バルトロメオ」

「ああ、バルトロメオの紋章だ」

「これは……、まずいな」

 そう言って二人は深刻な表情を露わにして押し黙る。

「……わたしを捕まえるために、ここまで来たんですよね」

 どこか暗い声で、アンヌフローラが言う。

「それもそうだが、それだけじゃないんだ」

 ダスティが彼女の目を見て言うと、彼女は怯えてエリックの影に隠れた。

 それをバツが悪そうに見て、そっぽを向いて続ける。

「噂やゴシップでなく、本当にバルトロメオがヴァルター領内で動いている」

「つまり、ヴァルターは本当にバルトロメオ軍の領内での行動を許可しているんですよ」

 いまいち反応の薄いアンヌフローラに、エリックが補足説明を入れる。

「……それじゃ、ローラント王は……?」

 ますます声を小さくして彼女は言った。

「国を持たない王女より、新しい隣国を取った、という事だな。そもそも王女が生きている事も知るまい」

「ダスティ! それは少し言いすぎだろう」

 はっきりと物を言うダスティに、エリックは声を荒げた。

「何故だ。いずれは言わなくてはならない事だ」

「何を怒ってるんだ? 彼女にパットンの従者と知られた事を、か? そんなのお前らしく――」

「人から目を逸らされ、異端者呼ばわりされるのが俺らしいってのか!」

「……ダスティ」

 エリックが視線でアンヌフローラの方を差した。

 居場所を無くしたアニーが、涙の溢れる目を閉じていた。ただ、掴んでいたエリックの裾をさらに強く握る。

 それを見ていた二人は、視線だけで和解をした。

「くそっ……! ……俺はこの先の様子を見てくる。こいつらを燃やしておいてくれ」

「あぁ、わかった」

 大股で偵察に出たダスティを眺め、エリックは誰にとも無く呟いた。

「本当に、いい奴なんだよ……」

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