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雪ウサギと川ネズミ

 ハラップとは、その場で別れた。1人で40キロの鉱石を担いでツルペン講へ戻るケラン。

 グラウがメチャクチャになったサーフボードやカヤックを修理しながら悲鳴をあげ、ムカも掃除の真っ最中だ。


「よう、グラウ。どうだい? 良い鉱石だろう?」

 ニヤニヤしながらケランが中に入ると、グラウとムカがつかみかかって来る。

「何てことするんだよ、このバカ! また納期が遅れるじゃないかあっ」

 グラウが泣きながら、砥石でケランをボカボカ殴りつけてくる。それは鉱石で難なく防いだが、続いて飛び込んできたムカがケランにタックルしてきたので、3名とも壁にドスンと衝突してしまった。


 そのままムカがケランの胸倉をつかんで喚く。

「せっかく大地の精霊力が口座に送られてきたのに、なんで全部一気に使ってしまうかなあっ」

 そう叫んでから、耳に挟んでいたマッチ棒を目ざとく見つけて取り上げる。

「こ、こんなものに使ったのかあっ」

 ケランには訳が分からない。

「おいおい……何の話だよ」

 そんなケランの反応を見て、怒り心頭に達するグラウとムカであった。

「お前は、まだ知らないのかーっ」


 しばらく2人がかりでボコボコにされたケランが、ようやく伝統工芸講との契約のことを知った。

「な、なるほど……ぐは」と、気絶する。


「あー、もう、信じられない。信じられないよ、まったく」

 ムカが憮然とした表情で仕事場に戻り、黙々とフライを巻き始めた。時々、殴りすぎて痛めたのか両手をプラプラさせている。多分、これで数日間は口をきいてくれないだろう。

 グラウも気絶したケランを放置して仕事場に戻る。こちらは文句を延々と垂れ流して、砥石でカヤックの船底を砥ぎなおしている。


 しばらくしてケランが気絶から目覚めたが、誰も構ってくれない。仕方がないので、杖を振って治癒法術を自分にかけて回復する。


「なあ」

 ケランがくだんの鉱石を手に持って、ムカとグラウに聞いてみる。

「これ、死者の世界で結晶化させたんだがね。誰か、斧に鍛えてくれそうな知り合いはいないかい?」

 しかしムカは完全に無視したまま、黙々とフライを巻いている。グラウも、これまたつれない。

「知るかよ。そんな石ころ」


「しょうがねえなあ。これ、無属性精霊魔法に対応する無属性オリハルコンの97%結晶なんだけどなあ」

 40キロはある鉱石で、ケランがお手玉をし始める。

「あ? 何だって?」

 早速グランが、興味津々な顔でカヤックの船底を砥ぐのを止めて駆け寄ってきた。

 ムカはチラリとこちらを見たが、やっぱり無視して黙々と作業を続けている。


「へっへっへー」

 自慢げに笑うケランである。簡単にいきさつを説明する。

「魔法使いの世界で派遣消防士をしているオーガから注文を受けてね。そいつの魔法適性が無属性だったんだよ。適性値もなかなか高い」

「ほほう……どれどれ」

 グラウも鉱石を手にとって、しげしげと眺める。

「むう……こんな鉱石があるとはねえ。考えてみたら、これは死者の国特産になるんじゃないかい?」


 ケランがニヤリと笑いながら答える。

「アンデッドや魔族に商売の才能はないよ。大地の精霊魔法も使えないしな。売れば、大した値がつくだろうけどねえ。で、どうだい? 斧に鍛えてくれそうな人、知ってるかい?」

 グラウが腕組みをして呻く。

「今はもう、鍛冶屋は絶滅危惧種だからねえ……」

 少しの間考えにふけっていたが……ぱっと明るい顔になって、教授に連絡を取り始める。

「あ、そうだ。伝統工芸講なら、刀剣職人がいるんじゃないかな」



 その頃、教授はシステムの復旧作業と、プログラムの打ち直し、野外調査の申請と資金調達、パイル製造を依頼した魔法世界の会社への再注文をしていた。

 大学教授なので、研究員や学生の論文の添削と指導もしている。さらに授業もいくつか持っているので、その講義テキストの作成と、学生に課したレポートの評価などなどもある。


 それらを、ほとんど大学に泊り込みで続けていたが……そこにグラウからの連絡が入った。

「……なるほど。話は了解したよ。その鉱石は、そのオーガ君が所有権を持っているわけだね? えーと、名前はハラップ・ドゥルマ……だね。魔法使いの世界で派遣消防士をしている……と。ああ、大丈夫だよ。これだけ情報があれば、彼の個人情報の検索ができる」


 教授によると、彼の骨格や筋肉の量、体重、反射神経の反応速度なんかを調べて、バーチャルなモデルを作るという。そのデータを伝統工芸講の刀剣打ち職人に流すつもりのようだ。

「オーダーメードになるから代金もかなりの高額になると思う。だけどその点は、学会に発表したり、オークションで情報を売ることで、まかなえると思うよ。オーガ族の魔法適性には、まだ不明な点が多いからね」


 教授がディスプレーを通してグラウと話しながら、学生のレポートに目を通していると、ドアが開いて研究員が入ってきた。

「あの、先生。お時間よろしいですか?」

 それを聞いて教授がうなずく。

「うん。分かったよ。グラウ君、では、その鉱石を伝統工芸講まで小包みで送って下さい。うん。ではね」


 そうしてディスプレーの電源を切り、研究員に顔を向ける。

「それで……どうだった?」

「はい。研究室の全員の脳内記憶を全てサーチして、統合処理しました。これです」

 研究員が持っている杖を振る。と、教授と研究員の間に立体的なイメージが湧き上がっていく。そこには、確かにあの時に見たグシャグシャの落書きがあった。


「うん。こんな感じだったね」

 教授がイメージを見つめる。

「脳内記憶のシンクロ率が統計上、強い有意差を示さないのが欠点ですが、サンプル数が少ないので仕方がありません」

 研究員がまず弁解した。

「ですが、確かにこのようなイメージでした」


 教授がうなずく。

「うん。もちろん、これを学会などに持ち込むことはできないけどね。それでも、これで次にパイルをどこに打ち込むと効率的か、観測地域と深度、体積の目安は立てられるだろう。よくやったよ」

 教授が微笑んで、研究員をほめた。

「では、これを基に、次の観測計画を立案してみようか。今はどこの研究室も試験のやり直しをしなくてはならないから、立案ラッシュだそうだよ。早く作成してプレゼンしないと、精霊力の割り当ても先細ってしまうから、急いだ方が良いだろう。私も雑用を片づけたらすぐに立案の議論に参加するよ」



「オッケーだとさ。伝統工芸講まで鉱石を送ってくれと」

 グラウがケランに笑いかける。

「料金も、工夫して安くしてくれるようだよ。ケラン」

 それを聞いてケランも安堵している。

「そうかい。よかったなあ。じゃあ、早速送るよ」


 すぐに杖を振って、ケランが運送会社の使いを呼び出す。ポン、と出てきたのはゴブリンだった。運送会社のユニフォームに身を包んで、身分証を首からかけている。そこの写真は、たった今しがた猟奇殺人を成し遂げたばかりのような表情である。

「お客様、ご利用ありがとうございまーす」

 そつなく営業スマイルで、元気ハツラツな挨拶をするので、なおさら身分証の写真とのギャップが激しくなる。


(社員研修前に写真撮影したんだろうなあ)

 内心苦笑するケランだったが、そんなことは露も表さずに早速注文する。

「うん。元気でいいね。それじゃあ、この鉱石を普通便で伝統工芸講まで送ってくれ」

「はい! 毎度ありがとうございます! お荷物を拝見いたします!」


 社員研修で叩き込まれたのであろう、条件反射のような正確さで、鉱石の重さや魔法特性を計測していく。

「42キロの刀剣用の魔法鉱石ですね。危険物指定はされていませんので、追加料金は発生しません。送り先はクンチ・トゥル・プラボ理事で間違いありませんか?」

「ああ、間違いないよ。代金は着払いで頼む」

「配達の時間指定はなされますか?」

「いや、先方には誰かいるだろう。指定はしないよ」

「はい、かしこまりましたー」


 ゴブリンが杖を振る。すると、空間転移魔法の簡易魔法陣が鉱石の真下に発動していく。伝票に相当するID情報を魔法陣に書き込む。

「これが、お客様の控えになります。どうぞ」

 ゴブリンが礼儀正しくID情報を風魔法に変換して、それをケランの杖に流して読み込ませる。

 ゴブリンもオーガと同じで魔法を使えない種族なのだが、よく杖をコントロールして魔法を使いこなしているようだ。


「荷物の配達状況は、このIDを辿ることで分かります。何かご不明な点がありましたら、何なりとお申しつけ下さいませ」

 同時に鉱石が魔法陣と共に転移した。

「空間転移確認しました。またのご利用をお待ち申しております。ありがとうございました」

 深々と仰々しいまでの礼をして、そのままゴブリンも転移していく。


「ゴブリンも愛想がいいと可愛いもんだな」

 グラウが感心している。

「でも、できれば、結界の外で呼び出してもらいたいもんだけど。ほらみろよ」

 そう言って天井を見上げる。


 ケランも見上げる。不気味な音を立てて、屋根の石組みが共鳴している。

 講堂崩壊の前科者のグラウが、ケランにニヤリと笑いかけた。ゴブリンよりも凶悪な顔だ。

「今度崩れたら、ケラン、お前が修理しろよ」

「へいへい。分かったよ」

 ケランが杖を天井に向けて振ると、ようやく振動が収まった。


「よう、ケラン。元気かあ?」

 やたら元気な声が外から響いてきた。その声の主を見て、ケランが情けない声を上げる。

「わあ……もう受け取りにきたのか? まだ、出来てないよ、クルタス」

「ははは。何だよ、また仕事さぼって遊んでたな、こいつは!」


 クルタスと呼ばれたヒッピーのような姿のノームが大声で笑って、ケランの肩を小突く。仕草からみてケランの友人のようである。

 顔も腕も雪山焼けしてケラン以上に真っ黒になっている。ノームはエルフのように光の精霊も使役できるのだが、エルフほどではないので、どうしても紫外線がきつい環境では日焼けしてしまうのである。当然、髪も日焼けでボロボロである。

 顔だけでなくて、着ている上着や、つぎはぎだらけのズボンも紫外線でボロボロになっている。粉をふいているような状態に繊維が劣化してしまっているようだ。染料も見事に紫外線で分解されてしまっていて、上着もズボンも白くなっている。もうしばらく雪山に居れば、粉々になってしまうだろう。


「新雪滑りに行こうぜケラン。この間の雨で山頂付近じゃ、雪が良い具合に積もったんだ。誰もまだラインを描いていないぞ」

 ケランの目の色が変わっていく。

「何? もう新雪が積もったのかよ」

 慌てて天気予報のチャンネルを、ガチャガチャと杖で呼び出して食い入るように見る。

「うひょう! これか! おおう、積雪5メートル以上かよ。パスチム山脈だな、うおう、近いじゃないかよっ」

 小躍りするケラン。クルタスも興奮してケランを煽る。

「初夏だからな。すぐに溶けてしまうぞ」

「おーう! 準備するから待っててくれ!」

 目を血走らせたケランが防寒具や寝袋、ロープなどをかき集めてバッグに押し込み、倉庫からスキー板を担ぎ出してきた。今回は、岩滑りではなくて雪滑りに出かけるようである。

「よし、行くぞ!」

 そのまま一直線に、クルタスと森の中へ走っていっていく。


「……やれやれ、あの雪ウサギは。ピトンを打ち直すとか何とか言ってなかったっけか?」

 あきれるグラウに、ムカが冷静な突っ込みを入れてくる。

「クルタスが来た時点で、もう仕事のことは頭から吹き飛んでいますよ。雪滑りのクルタスや岩滑りのスハムが姿を見せたら、ケランが仕事を続けるはずがないでしょうに」


「まったく……新雪だって、え?」

 グラウが天気予報のディスプレーを見る。

「おおおわああっ」

 雄叫びが上がった。ムカが「あちゃー」と、頭を垂れる。

「パスチム山脈の隣のアサッデイ山脈にも雪が積もったのは聞いたけど、もう溶けてきやがった! さすがに初夏だなっ、うおおおおっ。川の雪解け増水が2メートルを超えてるうううぅぅ! 爆流のホワイトウォーターじゃねえかっ、待ってろよー」


 これまたサーフボードを放置して、瞬く間に装備を準備していく。そして、激流下り用のスラロームカヤックを結界ビンに押し込んで森へ駆け出していった。ケランよりも俊敏である。天気予報を見てからまだ1分も経過していない。

「おおう、そうだ。ウルスも誘わないとなああっ」

 慌ててグラウが畑の真ん中で杖を取り出して、ブンブン振り回している。光の精霊を呼び出して高速通信をするのだろう。


「は~……」

 ムカのため息がツルペン講堂内にこだまする。

「雪ウサギと川ネズミめ」


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