鉱物探しの旅
ケランが奥の倉庫から2メートルはあろうかという長剣を引きずり出してきた。
「150年ぶりだけど、サビはついていないし使えるだろう」
ひょいと持ち上げて刀身を確かめる。もう片方の手で杖を取り出して剣に当てると、マッチ棒ほどにまで縮んでいく。それを耳に挟むケラン。
いきなり物騒な物が出てきたので不審がるハラップである。それを察してケランが笑った。
「護身用だよ。これから死者の世界に行くわけだからね」
目が点になっているハラップをそのままにして、ケランが講堂の外に出て杖を振る。大仰な門が大地からモリモリと湧き上がってきた。
「闇系に近いと言っただろ? そういうことなんだよ。この手の精霊魔法の使い手には、こいつらが多いんだ。当然、鉱物資源もある。別に泊りがけで行く必要はないから、気軽な服装でいいよ。さて、ゲート魔法発動」
大地から湧き上がってできたゲートに、複雑な多重魔法陣がいくつもまとわりついて発動していく。
「この古臭い術式、何とかならんかね。まったく」
ケランが文句を垂れている。ハラップがその様子に驚いて聞いてみる。
「世界間転移魔法ですか? これは国家が管理する類のものでは」
ケランは平然としている。
「どんな物にも、ステップダウンされたコピーがあるんだよ。さあ、開いたぞ」
ギギーと、軋んだ音を立ててゲートが開く。その向こうには呆れた顔をしている坊主が。目を閉じたカエル顔である。
「海賊コピーのゲート魔術を使って、正規ゲートに接続するか? そんなに使用登録をするのが面倒かね。召喚ナイフの件がなければ、問答無用で排除じゃぞ」
平然とゲートの中に入るケラン。
「たまに使うだけだからな。登録すると、講堂が吹き飛ぶたびに住所の再登録しないといけないから大変なんだよ。これで貸し借りはナシだ。坊さんも、どうせ数百万いるコピーの1つだろ? コピー同士、気にすんなよ」
坊主が苦笑している。
「確かに、毎時数百万件の通関があるのでのう。まあ、こっそり独自ゲートを使う者よりは正々堂々としていてよろしい。さて、どこまで行くんじゃね?」
そう言って坊主がケランとハラップを迎え入れて、ケランの耳を見る。
「耳に、そんな物騒な物まで仕込む旅行かね。ああ……死者の世界か。鉱物探しとな。ほう……無属性精霊の潜在魔力かね、確かに死者の国で探すのが適当じゃな」
さっさと思考を読みきってしまった坊主である。
ケランは別に文句は言わず、しごくマトモな顔で坊主に話しかけた。
「そういうことだよ。向こうのネットに接続すれば、収集方法も分かるだろうし。ああ、ハラップが話していたんだが、仲間のリッチーがナイフを何やらしたそうじゃないか」
「本来の研究をしない不真面目な連中が最近増えてのう。困ったゲーマーばかりじゃよ」
坊主が笑う。
彼の話によると、召喚ナイフは人助けに貢献できるため、リッチー協会としても批判は控えているようだ。
強力な呪いを伴ったケガを治療する際に、前処理としてその呪いを解除する必要がある。しかし実際には、医者や法術神官などの手に余る場合があるらしい。
そういった場合には、リッチーの魔法を召喚して呪いを解除するのが確実だ。リッチー本人を直接召喚しなくて、魔法だけを召喚する事で足りる。召喚ナイフは元々そういう目的で開発されたという。
「まあ当然、その他の使用方法もあるがの。リッチー以外のアンデッドや魔族を召喚するとかな。ワシはその協会には所属しておらぬ故、何とも言う立場にはないんじゃよ」
話を聞いていたケランが坊主に尋ねる。
「坊さん程の高位のリッチーだったら、あのナイフでもっとすごい事ができるんじゃないかい?」
「ワシは人前に出るのが苦手なんじゃよ。さあ、死者の国と接続したぞい。向こうの王からも承諾は取ったが、安全の保証はできぬぞ」
坊主が目配せすると、ケランが毒づいた。
「よくいうよ。もう、狩の準備で大忙しな癖してよ。手ぐすねを引いて待ち構えているんだろ」
坊主も笑ってゲートを開いた。
「そういう事じゃな。長居は無用じゃぞ。ノーム君とオーガ君」
死者の国は意外と光に溢れていた。普通の植物や虫が見られる普通の草原風景だ。
「へえ……思っていたイメージと違いますね」
無邪気に感心するハラップ。ケランがきつい口調で答える。
「全くの偽物だよ、この世界自体が」
上空には、黒い筋のような空間の裂け目のようなものが多数飛び交っている。
「太陽からして偽物だからな、ここは。さて……と」
ケランが杖を振ると、空中にアンティークな意匠が凝らされたディスプレーが現れた。杖をディスプレーに当てる。
「じゃあ、検索してみよう」
「あれ? ケランさんは、死者の世界のネットワークに接続できるんですか?」
「単にハッキングしているだけだよ。知り合いにセマン族の悪友がいてね、ちょいと方法を学んだ」
さらっと説明するケラン。
「連中の得意な闇系魔法は、このネットワークシステムと相性が悪くてね。だから、システム自体が1000年は遅れているんだよ。多分、勉強すれば君でもハックできるよ。ほら、もう侵入できた」
ハラップに笑いかける。
ケランが杖を振ると、独特の色彩と形状をした闇系の魔法陣が地面に描かれ始めた。それが多重構造をなして、立体的な見た目になっていく。
「光でも電子でもない、闇という何もないもので描く魔法陣だよ。おお……気温まで下がってきたな」
ケランがブルブル震えだす。
「そういえば」
ハラップが上空を走る黒い筋を指差した。
「あれも闇魔法ですか? ケランさん」
「そうだな。策敵用の魔法か使い魔だろうね。我らを探しているんだろうよ」
ケランが、気楽な口調で説明する。ハラップが驚いた顔をして辺りを警戒し始めた。
「え? では、もう発見されてしまったのですか」
「多分、大丈夫だよ、まだ。精霊魔法で居場所をごまかしているからね」
「ノームの隠遁術……ですか。あの有名な」
「そんな大それたものじゃないよ。でも、この魔法陣が発動したら、さすがに探知されるだろうな。じゃあ発動」
ケランがヒョイと杖を振った。
「ネット操作して、他のユーザーが使用している回線を全部強制切断する。そうしてから、ホストサーバーとの送受信量をこちらが独占するんだ。すぐに終わるよ」
そう言って、地面をコンコンつつく。すると、地面から見る見る何かの鉱石が結晶体になって盛り上がってきた。
ケランが説明する。
「無属性オリハルコンの結晶鉱石だよ。この世界に広く分布しているのを、闇系の大地の精霊魔法で収集しているんだ」
「へえ……さすがですね」
ケランが話を続ける。
「ノームもね、大地深くの精霊と付き合うことがあるんだ。しかしコイツらは地表面から地殻までの精霊と違って、闇の性質を色濃く持っているんだよ。ちょうど、地球がいくつかの層に分かれているのと同じような分布だね。彼らは凶暴で強力だから、ほとんどのノームは彼らを使役できない」
ちょっと間をおく。
「先日、地質調査チームと山で会ったけど……本当に『調査』しないと分からない精霊なんだよ。でも、ここでは闇の魔法が主流だから、使役する事ができるんだ。なかなかよく、言うことを聞いてくれているよ。アンデッド連中には精霊魔法の適性がないから使いこなせないけどな。おかげで邪魔される事なく独占使用できる」
長々話しているうちに、結晶が40キロ程度の重さにまで成長した。
「よし、こんなもんでいいだろう。ハラップ君。君のだから取りなさい」
ハラップに命じて、結晶鉱石を大地から引き抜かせる。さすがにオーガだけあって、ヒョイと引き抜いた。
「これで、この結晶の所有者は君になった」
ハラップに笑いかけるケラン。
「さて、じゃあ帰ろうか。長居は無用だ」
ゲートに向かって歩いていると、そのゲートを取り囲むように100名もの武装したアンデッドの軍勢が土中と霧の中から現れた。
「ははは、見つけたぞ。このネズミノームめ」
この地域の領主なのだろうか、恰幅の良いアンデッドの貴族が騎士を数名従えて高笑いをした。古代中東風の戦衣装を着ている。
ケランがため息をついた。
「やれやれ……やっぱり出たか」
まるでゴキブリでも出たかのような反応をして、耳に挟んでいたマッチ棒を片手で持つ。
貴族はなおも高笑いしている。
「いつもは、オーク狩しかできないのでね。久しぶりの楽しい狩になりそうだ……よ。う?」
いつの間にか、貴族の上半身と下半身が両断されていた。それどころか100名もの軍勢全員も、同様に両断されていた。100名分もの血が一斉に空一杯に噴き上がり、大地に池を作っていく。
「な、なああ?」
驚愕の表情の貴族と騎士、それに軍隊が、血の泥まみれの大地に転がってもがいている。それを放置して、横をさっさと通り過ぎるケランとハラップ。
「君達はバンパイアじゃないから、そのくらいじゃ死なないでしょ。じゃあね、良い鉱石が手に入ったよ。ありがとう」
ゲートに戻ると、坊主がニヤニヤして待っていた。
「いやあ、躊躇なく切ったもんじゃな。100名を。その剣の銘は何じゃね?」
「特にないよ。どんな結合でも切る光の剣だ。よくある骨董品さ。切って消滅してしまう連中なら、切らないよ」
ケランは平然として言い放った。
坊主がさらにニヤニヤする。
「そうか。光の精霊の剣か。アンデッドには良く効きそうじゃな。効果が切れるまで数日間は、あのままで地面に転がっているじゃろう。良い時間稼ぎをしたのう」
そんな事には関心を示さずにケランが坊主に、ハラップが持っている鉱石を見せた。
「どうだい坊さん。この鉱石。これだけの純度と大きさの物は、そうそうないぜ」
バンバンとハラップの尻を杖で叩いた。
坊主もうなずいて褒める。
「うむ、なかなかじゃな。純度は97%以上あるかの。いい鉱石じゃよ」
ケランがパイプを取り出した。
「さて、あとは……この鉱石を鍛えて斧にできる会社か講を、探さないといけないなあ」