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川ネズミから海ネズミへ

 人間世界での太平洋の西にあるフィリピン諸島は、大海原の暖流が太い流れになって島々に激突する場所にある。ここノーム世界ではナリワール諸島と呼ばれているのだが、この諸島は水深1万メートルの海底から急激にせり上がっている地形だ。

 島の周囲は造礁サンゴが取り囲んでいて、そこでの水深は数メートルほどしかない。波打ち際では純白の砂浜になる。太平洋にそびえ立つ壁のようなものなので、海流が激突している。そのような地形のために、サーフィンを代表としたマリンスポーツやセーリングが人気だ。


 季節風の向きや、巨大な台風などの巨大な自然のうねりによって、10メートルを超えるようなビッグウェーブが巻き起こる島もある。

 もちろん、こうした場所の造礁サンゴは魔法生物に置き換わっていて、成長が管理されている。そうする事で、サーフィンに適した波になるのだ。同時に精霊魔法も発生することができるようになっており、これによって、環境の変化やヒトデ、魚などからの食害、病害虫に対する耐性が高まっている。


 シーズンを迎えると、川ネズミは海ネズミにもなる。海ネズミたちはネットと口コミ情報を駆使して、ビッグウェーブの起きている島に群がってくるものだ。


 グラウとサーファー仲間のグルガシが、「キタキタキター」と絶叫しながらサーフボードの上に腹ばいになって海面を手足でかき、迫り来る巨大なうねりに乗りかかっていくのが見える。

 うねりは高速で岸辺に向かいながら、まるで単子葉植物が大きな種から発芽するように上に成長を加速させていく。


 グラウとグルガシはサーフボードの上に乗って、水面を懸命にかきながら目標の高みを目指す。次第にうねりの背は上に上にと傾斜を強めていき、青い空と青い海しか見えなくなってくる。

 2人は夢中になっているので、他の乗りかかりに失敗して脱落していく、何名ものサーファーの悲哀の声は耳に届いていないようだ。振り向きもしない。


 そして、うねりのてっぺんについに到達した。

 既にうねりは高さ8メートルに達しようとして、なおも成長している……が、この先に待つのは、成長ではなくて崩壊だ。真っ白な砂浜がはるか下に見える。


 てっぺんの水面が丸まって、サーフボードの切っ先が水面から浮かび出た。と同時にうねりのてっぺんが急速に崩れ始める。

「キター!!!!」

 それしか言葉を知らない2匹の海ネズミが、サーフボードの上にすっくと立つ。


 波が生まれる瞬間に、そこにいるという感覚は何度味わっても素晴らしい。足元の海水が、あっという間に真っ白なしぶきに変換されていく。


 そのまま、高さ10メートルを超える真っ青な水の絶壁へ飛び出す海ネズミたち。

 絶壁の頭は丸くなって2人を覆い隠し、青と白に輝く美しいチューブになる。その一瞬後には崩れて消える幻想的なトンネルを高速で飛び出し、見事な海水の絶壁をシャープなラインを描いて滑っていく。


 もはや言葉を発することも忘れたようだ。目をキラキラさせて口を大きくあけて何かを叫びながら、グラウが波の斜面を、上に下にサーフボードで鋭く切るように滑っている。


「おぼるかぶるだおああああっ」

 これまた意味不明な雄叫びを上げながら、グラウの一メートル下をビュウン! と、グルガシが突っ切っていく。

 同時に背中の方から、轟音の音圧が押し寄せて全身を震わせる。チューブが崩壊して、白いしぶきを空高く爆発したように巻き上げているのだ。その連鎖爆発が高速で迫ってきた。


「きえええあひゃあおうわあ」

 グラウも意味不明な雄叫びを返して、グルガシの後を追いかける。が。時すでに遅し。あっという間に波の崩壊に巻き込まれてしまった。


 まるで洗濯機の中に飛び込んだようにグルングルン、ガランガランと捻り回されるグラウ。

 防御障壁を展開したので、海底を覆いつくしている凶器そのものの造礁サンゴの鋭い突起によって体をズタズタにされることは避けられている様子だ。

 目を保護するために普通は競泳用のゴーグルを装着しているのだが……この海ネズミたちは、それすらも気に食わないようである。わざわざ専用の精霊魔法を使って、目の回りを保護する透明の防御障壁を装着している。

 おかげで水中のゴミが目に入ってしまうことはない。しかし紫外線も防いでしまうので、目の回りだけが日に焼けていない『逆さパンダ』の状態になる者が多いのであるが。


挿絵(By みてみん)


 10数秒後。ようやく水面に顔を出して「ぷわあ」と、一息ついたグラウ。後から後から押し寄せてくる十分に力強い白波に何度も飲み込まれながらも、サーフボードを担いで真っ白な砂浜にたどり着く。

 そこには先にサーフィンを無傷で終えたグルガシの、真っ黒に日焼けした笑顔が待っていた。

「いい波だったなあ、グラウ」

「ああ。いい波だった」


 ようやく、まともな会話を始める海ネズミである。脳がようやく、そういえば我々は言葉を話すことができるんだったと思い出したらしい。



 そこへ沿岸警備のたくましい体つきのノームがやってきて、笑いかけた。

「やあ。グルガシにグラウ。さっきのラインは、なかなかだったよ。グラウは残念だったなあ」

 彼の丸太のような太い腕に、グラウがタックルをかけながら挨拶を返す。

「やあ。ハングス。毎日大変だね。今日の波は特にいいよ。情報ありがとう」


 ハングスが日焼けした顔をニッコリと緩ませる。

「喜んでくれると嬉しいね。今週から季節風の向きと強さが、この島周辺で理想的になってきてね。君らのほかにも色々、知らせているんだ。君らのような狂人が多く来ると、話題になって一般人も見物にたくさんやってくるからね」

 そう言って沿岸警備のハングスが、砂浜の奥の防風林の陰に集まってキャーキャー騒いでいる、カラフルな一団をアゴで示した。

「遊園地のアトラクションなんかよりも、面白いってよ」


 グラウとグルガシが苦笑する。

「見世物かよ、おいおい」

 ハングスが笑った。

「そういうなよ。コンサートステージのスターだと思ってくれ。あ、あのバカ」

「ちっ」と、毒づくハングス。

 轟音を上げて崩れた大波に変な角度で巻き込まれた、カラフルな水着のサーファーを目ざとく見つけたようである。すぐに猛然とダッシュをかけて、救助に向かっていく。一際歓声が上がる防風林のギャラリー。


 もう1人の沿岸警備員とバディ(ペア)を組んで救助に向かうハングスのたくましい背中へ、グラウとグルガシが声をかける。

「夜になったら、いつものバーでな」


 グルガシが防風林のギャラリーたちを見て、軽く肩をすくめている。

「むう……確かにアトラクションだな」

 グラウが「うんうん」と、うなずいている。


 グルガシが太陽熱を十分に肌に吸収したので満足したのか、グラウを再び海へ誘った。

「さて。まだまだ波はいい感じだな。もう一度行ってこようぜ」

「ああ、行こう」

 グラウもサーフボードを担いで元気よく答える。

 そして、10メートルを超える大波が次々に砕ける海に向かって再び駆け出していった。


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